第188話 派手にやるってそういう意味じゃねーぞ

「オラァッ! 敗けちまったぜこの野郎がぁ!」

「ラヴァさあ、もうそれ敗けた人の勢いじゃないよね?」「むしろ勝ってるよね?」

「敗けたっつってんだろニゲヨケルルル! てめぇらよりは粘ったけどな!」

「喧嘩? 喧嘩売ってんの?」「あとうちらをくっつけて足増やすのやめて?」

「おぉ上等だぜ、二対一だろうが二人四脚だろうがかかって……」

「やっかましいわボケがあああ!」

「ぶげぇっ!?」


 いつの間にか起きていたオルガが、ラヴァの側頭部にドロップキックを食らわせた。

 これはいつものパターンだなと、タピオラ姉妹は即座に関心を失う。


「なんですかぁてめぇが購入しますかあぁっ!?」

「いつでも高価買取中だゴラッ!」


 仲良しの二人には楽しくやらせておくとして、姉妹はアイス配布業務に戻る。

 ところでフィリアーノはこの騒ぎの中でもなお熟睡していて、この子は結構大物だ。


「ねーえ、変態さんたちにアイス食べるっていう文化はある?」「むしろ文明?」

「いくらなんでも言い方ひどくない!? へ、変態じゃないから!」

「わたしは変態だけどもらう……はぁ……あ、普通においしい……」

「うわ、どうということもなく普通に食べてる……」「やっぱ変態は感性が違うんだね」

「ターニャちゃん、あなた怒っていいのよ。……え? なにこれ? インコの匂いが、する……くっ、ふふ、あはははははは! なんで!? なんでインコなの!? あははは、あは、ひひひひ……」

「うーわっ、なんで爆笑してんの?」「やっぱ変態は感性がイカレてんだね」


 そういえばリラクタは普段から笑いの沸点が低いというか、ツボが浅い女なのを忘れていた。

 お腹を抱えて転げ回る彼女のことも、タピオラのタピッとした脳ではちょっと理解できない。


 仕方がないので、二人は決着がついた様子の喧嘩仲良したちに歩み寄る。

 性懲りもなくやられて気絶中のオルガは放置するとして、鼻息荒い火蜥蜴ちゃんに話しかけた。


「ラヴァ、アイス食べる?」「沸いた頭を冷やすのにもってこいだと思うよ☆」

「どういう意味だてめぇら!? ……えっ、なに、くれんの? 悪ぃな……金払わなくていい?」

「ラヴァはさ、基本的に感情と理性が乖離してるよね」「当然のように複数の人格飼ってない?」

「失礼な奴らだなぁ……おっ、美味……んぁ!? なんっだこりゃ、インコじゃねぇか!? なんっでアイスから鳥の味がすんだよ、ふざけてんのか!?」


 予想通りの反応を示してキレ散らかすラヴァに、むしろ安堵すら抱くタピオラ姉妹だったが、せっかく落ち着いたばかりだった雪ん子ちゃんが、火が点いたように泣き出してしまう。


「わあっ!? ラーちゃんが、ラーちゃんがかわいそうな鳥さんを食べちゃった! なんで!? なんで食べちゃうの!?」

「あっ!? ち、違うんだリョフ、あたしも騙されて……おい、なんだこれは!? どうしてこんな仕打ちができる!? これが教会都市のやり方かぁ!?」


 なんかどうしようもなくなってきたし飽きてきたので、タピオラ姉妹は談話室内をウロウロ彷徨った挙げ句、エプロン姿のヒメキアが通りかかるのを見つけたため、勢い急襲した。


「ヒメキアちゃん!」「やっぱりきみだけが癒しだよ!」

「わー! どうしたの、ニゲルちゃん、ヨケルちゃん?」


 ひとしきり頭を撫でて慰めてもらった姉妹は、リョフメトを抱きしめたままのラヴァが話しかけてきたことで、ようやく場が落ち着いてきたことを察する。


「そういや、チャールドの野郎は? ここには来てねぇのか?」

「チャーさんはそもそもここに住んでるわけじゃないから、来ないと思うよ」「家に帰ってるか、アクエリカさんに報告にでも行ってるんじゃない?」

「そうか……まぁ、いいや。じゃ、あたしらもそろそろ、闘技場に行かねぇか? リュージュと狼野郎のよ、地味〜な戦闘を冷やかしてやろうぜ」

「動機が不純……でも実際それはある」「興行的には若干盛り上がりに欠けるかなーみたいな?」

「ね、ねえねえ……ヒメちゃんが聞いてるのにさ、そんなこと言うのやめようよ……」


 リョフメトの指摘で一同はハッと振り返るものの、ヒメキアは気にした感じもなかったが、それが逆に気まずくなってしまう。


「いいんだよー。昨日デュロンとリュージュさんも、『なんか派手なこととかやった方がいいのか?』『気にせず普通に戦いなさい』って話し合ってたから」

「なんかマジでごめん……ていうか、ほんとにヒメキアちゃんは観に行かなくていいの?」「どっちを応援していいかわかんないなら、どっちも応援しちゃったら?」

「うーん……でも、両方応援しても、どっちかは敗けちゃうから……」


 しょんぼりとはにかむ様子を見るに、そもそも彼女はやるにしても観るにしても、勝負ごとにあまり向いていない性格なのかもしれない。タピオラ的に無理強いは面白くない。


「よっしゃ! うちらが代わりに見届けてきてあげるよ!」「あの二人の勇姿と決着をね!」

「ありがとー! みんなー、行ってらっしゃーい! あたし、昼ごはん作って待ってるからね!」

「わりぃな、ひよこちゃん!」

「は、はい! で、でも誰……あっ! 昨日あたしをくそざこ呼ばわりして、ねこたちを燃やそうとしてデュロンを燃やした人だ! あたしまだ許してないからね! あなただけごはん抜きだから!!」

「げっ!? そ、その……すいませんっしたぁ!」

「へへ……謝ってくれるなら、いいよ! 許した! あたしもう許したよ!」

「早すぎるよヒメキアちゃん!?」「もっと怒っていいよそれは!」


 結局ヒメキアがニコニコ見送ってくれる中、ラグロウル族の竜人たちは、ゾロゾロとビリタヌス広場へ移動し始めた。




 ビリタヌス広場の闘技場はほぼ円形をしている。階段状の観客席が擂鉢状に下へと伸び、底にある戦闘フロアに立っているデュロンは、試合開始までぼんやりと周囲を見回して過ごした。休息と補給はしっかり済ませたので、体は万全に復調している。


 観客席は満員御礼という感じなのだが、敗退したラグロウルの子たちや、どこかの名士と思しき人物だけでなく、ミレインの一般市民までもが大勢姿を見せていた。

 本来は他所の祭りのはずが、勝ち残ったのがどちらも地元の祓魔官エクソシストというのは、悪い気分にはならないのだろう。


 ワッと上がった歓声に眼を向けると、東西に二つある貴賓席のうち、今デュロンの左側にある西の方に、アクエリカが優雅に腰を下ろすところだった。

 彼女の右脇にはパルテノイ、左脇にはヴェロニカが侍り、そして豪奢な椅子の後ろにはメリクリーゼが腕を組んで睥睨している。


 やけに側近を信奉者で固めているなと思ったら、どうやら護衛の観点からだけではないようで、その理由のせいで再度、今度は会場の反対側から歓声が上がった。


 東の空から、四人の竜人が皮膜の翼を閉じながら舞い降りてくる。

 四人とも女で、なにより眼に引くのが貴賓席に座って長い脚を組んだ、灰紅色の長い髪を靡かせる、荒々しくもどこか気品のある容貌の女だった。


 説明されなくてもデュロンにはそれが誰だかわかったが、観客のざわめきが治まるのを待って、彼女は勢いよく椅子から立ち、堂々と名乗りを上げた。


「お集まりの皆さん、少々お耳を拝借! 私はヴァルティユ・グリザリオーネ、今期〈ロウル・ロウン〉の主催者をやっている者だ!」


 肉声で十分に響く竜の咆哮が、会場の隅々まで浸透するのがわかる。

 しかしその声音に威圧感はなく、朗々と語りかけるような口調は耳に心地良くすらあった。


「そちらにおわします親愛なるグランギニョル猊下の温情により、今回ここ〈教会都市〉ミレインにおける開催という多大なる名誉を賜ったことを、まずここに改めて御礼申し上げる!

 そしてこの約一日半の間、市民の皆様には参加者であるうちの者たちが、ドタバタガチャガチャと、さぞご迷惑をおかけしたものと存じ上げる!

 今、会場にいる連中の中に、見覚えのあるふてぶてしい顔がチラホラたむろしているなという向きもあろうかと思う!

 我々が田舎へノコノコ引っ込む前に、ムカつく奴がいたら何発かブン殴っておいていただいても構いません! いや、本当に!」


 会場からクスクスと和やかな笑い声が漏れる中、デュロンも観客席を見回してみると、確かに直接戦った竜の子らを何人か見つけることができた。

 ブレントの姿もあったので気にかかるが、機嫌を損ねているという感じではなく、むしろどこか憑き物が落ちたような、険のない笑みを浮かべているので、デュロンは安心を覚える。


 その他に警備に当たる黒服たちの中に、イリャヒとギデオンの姿を発見した。

 イリャヒはいつも通りニヤニヤしているが、ギデオンは素の赤帽妖精レッドキャップがウロついていると怖がられるという配慮なのだろう、いつものオーバーオールの上に祓魔官エクソシストの黒コートを羽織らされていて、そのせいか心持ち、いつにも増してしかめっ面に見える。


 デュロンがボーッとしている間に、ヴァルティユの能書きは締めに入ろうとしていた。


「私はここまで使い魔を通して経過を把握していたが、我らラグロウル族の誇りに恥じない戦いが繰り広げられ、その結果もっとも力と知恵を示した二人こそが、今ここに残っているという事実を大変嬉しく思う!

 そしてここからリュージュ・ゼボヴィッチとデュロン・ハザーク、どちらが勝っても、我々は彼女または彼の決定に従う!

 内輪の話で恐縮ではあるが、我々の次の世代におけるリーダーを選ぶ権利が、この二人のどちらかに委ねられるのです!」


〈ロウル・ロウン〉の主旨が公言されるのは初めてだったのか、会場から感嘆の声が漏れる。

 デュロン自身の口からも、自然と言いようのない嘆息が吐き出された。


 思えばこの喧嘩祭りには散々手こずらされたが、もうおしまいとなると俄然寂しさが募る。

 しかし、いつまでもこうして楽しく戦っているわけにもいかない。

 アクエリカからの密命を思い出したデュロンは、改めて正面に視線を戻した。


 リュージュは……もはや明鏡止水の心境にあるようで、うっすらと穏やかな笑みすら浮かべて、デュロンをまっすぐに見返してくる。

 その表情とは裏腹に、沸き起こる彼女の闘気を、デュロンの嗅覚はしっかりと捉えていた。


 相手にとって不足なし、互いにそれはわかっている。

 泣いても笑っても、この一戦ですべてが決まるのだ。


 アクエリカが世界の鉄火場を上手く整えられたかはわからない。

 だがすべてが丸く収まるよう祈り、彼女を信じて勝つしかない。


「もはや言葉では語るべくもない! あとは二人に預けよう! 優勝決定戦、ここに開始する!」


 ヴァルティユの高らかな宣言を受けたデュロンとリュージュは、表情を引き締め、構えを取る。


 二人の体に異変が起きたのは、その直後だった。




 メリクリーゼが気になっているのは、さっきからヴァルティユの取り巻きの女たちが、妙に対抗意識丸出しの視線を、こちら側へ飛ばしてくることだった。

 というかこちら側にもあちらをやたら睨みつけているバカがいるので、聖騎士はその緑色の癖っ毛を乱暴に撫で回す。


「おいやめろヴェロニカ、感じ悪いぞ」

「だーってさー! あいつら稀代の天才であるこのボクに向かって、生意気にも眼光ガンガン飛ばしてくるんだもん!

 それに猊下だって、こうやってボクたちを親衛隊みたいに連れてきているのは、あのヴァルティユとかいう仕切り屋にマウント取られないためだろ? 知ってるぞー天才だからなーボクは!」

「そんな理由だったのか……!? いや、それにしても仕切り屋はやめろ、彼女も役割としてやっているだけだろうから」


 この世代の女傑は年下の女を侍らかせてハーレム作らないと気が済まないのか? とアクエリカを白い目で見てみるが、気づかないふりをして微笑むばかりなので、メリクリーゼは諦めた。

 ヴァルティユが試合開始の号令を発したため、聖騎士は戦闘フロアに眼を戻す。


 ちょうどデュロンが獣化変貌、リュージュが竜化変貌を始めるところだったが……その様子がおかしいことに気づいたのは彼女だけではなく、会場全体が動揺でどよめきを見せる。


「な……なんだ、あれは……!?」


 金毛に包まれるはずのデュロンの体表が、やけにつるりとした質感の組織に覆われ、赤・白・黒のまだら模様に染められていく。

 魚人のそれに似ているといえば似ているが、鮫などの流線形のフォルムではなく、やけに丸みを帯びていくのが逆に不気味だった。


 リュージュの方も普段展開する灰紫色の鱗の間から、羽毛らしきものが生えてきて、青・緑・紫で構成された遠目には美しい、よく見ると気持ち悪い目玉模様を形成している。

 観客席で灰白色の髪の綺麗な女の子が「ギャアッ!?」と叫んで気絶してしまったが、正直メリクリーゼも似たような気分だった。


 いや、そんなことを言っている場合ではない。これは、おそらく……。

 アクエリカはまるで動じた様子がなく、三人目の側近に尋ねるところだった。


「パルちゃん、どう?」

「はい、エリカ様! 二人とも悪魔が憑依しています!」

「あらあら、困ったわねえ。ベナクくんの件で闇の金持ちたちに、外部から干渉する手段を学習させてしまったみたい。かと言って別に、彼が悪いというわけでもないのだけど」

「呑気に喋っている場合か!? 対処するぞ!?」


 固有魔術である光の剣を生成するメリクリーゼに加えて、ヴェロニカもやべーおくすりを取り出して舌舐めずりし、身を乗り出している。

 しかし彼女たちの主はあくまで泰然と、手振りで窘めてみせた。


「いいえ。彼らを信じて、もう少し様子を見てみましょう」


 その玲瓏な群青の眼が捉えるビジョンを、メリクリーゼはいつも共有することができない。

 しかしアクエリカが真剣に口にする言葉が、的外れだったためしは今までなかった。


 メリクリーゼは結局ヴェロニカを背後から抱き止め、一緒に腰を落ち着け直すしかない。

 とはいえ彼女自身、後輩たちへの期待ゆえ、心情的にはやぶさかな判断ではないというのも、一方でまた問題ではあると言えた。

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