ロウル・ロウン 優勝決定戦

第187話 暇を持て余した戦士たちの束の間の戯れ②

 リュージュはラヴァのかわいらしい寝顔を眺めて眼を細め、髪を優しく撫でる。


 彼女が今回の〈ロウル・ロウン〉でなにを狙っていたかは、おおよその見当がつく。

 彼女に相談もなく故郷を出て行ったリュージュを直接ブチのめしたいというのも、単純に力を示して優勝したいというのも、嘘ではないだろう。


 しかし彼女にとって重要なのは、優勝者はその世代をまとめる若長を任命する権利を得る、という点だ。

 なのでそれらは、ラヴァにとっては最大の屈辱となる「リュージュが優勝して『ラヴァあたりにしとくか』と適当に担ぎ上げられる」という事態を彼女自身の手で避けることができるし、彼女自身が優勝すれば「リュージュを若長に任命して、故郷に連れ帰ってやるぜ!」という一見無理筋な暴挙が可能となることを意味していたのだ。


 それはつまり祓魔官エクソシストを辞めさせて引きずって行く形になるわけだが……ミレインは今後ラグロウルと連帯する意思があり、場所まで貸して、開催期間中は街全体のレベルで〈ロウル・ロウン〉のローカルルールに準ずる姿勢を示していることから、教会側が強く止めない可能性もけっして低くはない。

 ただでさえリュージュは普段から怠惰で、上からの覚えが芳しいとは考えにくいのだ。これを機に解職というのも、ありえないとは言えない。


 しかし、話は簡単だ。リュージュの方も一族の、魔族の、そしてベナンダンテの掟に則り、ただ勝ち抜いて我を通せばいい。


 相手が意識を失い、聞いていないのがわかっていながら、リュージュは別れの、そして誓いの言葉を置き去りにする。


「すまんな、ラヴァ。もはやミレインは、わたしの第二の故郷だ。たとえ銀の鎖が解かれようと、わたしはこの街に心を繋ぐぞ。他ならぬ、わたし自身の意思で」


 感傷に浸り続ける余裕はない。リュージュは意識して、強く鋭くきびすを返した。

 最後に立ちはだかる相手こそが、ある意味では最大の難敵なのだから。




 その頃、昨日と同じように街中を散策していたタピオラ姉妹は、優勝決定戦にデュロンとリュージュの二人が残ったことをヴァルティユの赤蜥蜴から聞かされ、まさか真っ先にうちらを倒したあの二人が……と、感慨深いものを覚えていた。


 優勝決定戦は少し休憩時間を置いた後、街の南にあるビリタヌス広場というところの闘技場で行われるらしい。

 ひとまず同郷各自の反応を確かめるべく、二人は急ぎ寮へと取って返し、ドバーン! と扉を開いて入っていく。


「みんなーっ!」「タピ……」

「しーっ! 静かにして、ニゲル、ヨケル!」


 みなまで言う前にリョフメトが注意してくるので、二人は揃って口を噤んだ。


 今、談話室にたむろしているのは、ヒメキアの猫たちを別にすれば、リョフメトとベナク、そして疲れた様子でソファに横たわり、眠っているオルガとフィリアーノだけだった。

 なるほど、とさすがの姉妹も小声になり、リョフメトに近づいてひそひそ話しかけた。


「ごめんごめん……他のみんなは?」「あと、リラクタとタチアナは来てない?」

「えーっとね、昨日落ちたうちんとこの子たちは、ほとんどみんな闘技場に行ったよ。ソネちゃんとかオノさんとかは、普通に新しい仕事が入ったって、試合は見れないって言ってた」

「えー、もったいないなー」「薄情か? 薄情者なのか?」

「うーん、ていうかね、さっきヒメちゃんに訊いたんだけど、デュロンくんとリューちゃん、どっちを応援したらいいかわかんないって言ってたよ。イリャヒさんとか、妖怪いちごパフェおじさんとかも、きっとそんな感じなんじゃないかなあ」

「スッと妖怪挟むのやめて?」「怖いんですけど、それはなんなの?」

「あ、それで、リラとターちゃんなら奥で着替えてるよ」

「着替え……ん?」「なんで着替え……あれ? 着替……え?」


 姉妹が揃って首をかしげると、リョフメトは腰に手を当てて胸を張った。この雪ん子は姉妹よりも背が低くてかわいい。


「言いたいことはわかる。むふん……結論から言うと、リラは全裸コート、ターちゃんは堂々の全裸で入ってきたよ!」

「逆にリョフ、きみはよくそれを冷静に受け止めたよね!?」「聞いてはいたけどさ……ターちゃんはいつものこととしても、リラはほんとどうしたの!?」

「魔が差したって言ってたよ。あ、出てきた」


 浴場に繋がっている奥の扉が開き、あくまで普段通りのゆったりした物腰で、リラクタが優雅に歩いてくる。

 露出の少ないいつもの戦闘服をきちんと着ているが、経緯をだいたい聞いてしまっている姉妹は、イジらないわけにはいかなかった。だってタピオラだもの。


「出た、露出魔のキス魔だ!」「今に脱ぎだすぞ! みんな気をつけろ!」

「脱がないわよ!? もうほんとあれは忘れて、なかったことにして!」


 全部終わっていったん冷静になると死ぬほど恥ずかしいようで、耳まで真っ赤になったリラが叫ぶ。姉妹が寝ている二人を指差して無言で注意すると、自分の口を塞いでプルプル震えていてかわいい。


「そんなこと言っていいのかな?」「ターちゃんが聞いたら悲しむと思うよ」

「……はぁ……そうでも、ないよ……」


 続いてタチアナが現れたのだが、その姿に姉妹は度肝を抜かれた。


「えっ、嘘……?」「服を着ている、だと……?」


 どれくらい珍しいかというと、姉妹はタチアナの戦闘服のデザイン自体を初めて知ったくらいだ。

 お腹のあたりの生地がおしゃれに切り抜かれていて、キュートでセクシーなのはいいが、透明化に対応しているわけではないため、タチアナにとって戦闘中に着る意味がないという無用の長物のはず。

 しかし今日はお行儀よく着ている。なぜだ。


「はぁ……なにを言ってるの……? 裸で外を出歩くわけないでしょ……常識ってものがないのかな、これだからタピオラは……」

「なんば言うとんねこの子は?」「あまりにすべてがこちらの台詞すぎるんですけど?」


 どういう心境の変化があったのかは知らないが、彼女も都市での行動に順応したようで、姉妹としてもなによりである。

 二人でうんうん頷きつつ、さっきから他者事ひとごとのように聞いている男に、いきなり水を向けてみた。


「ところでベナくんも、この二人が痴態晒しながら入ってくるのを見てたんだよね?」

「もうちょっと他に言い方ないかしら!?」


 リラの抗議は無視して、姉妹はベナクの反応に集中する。案の定、いい顔で狼狽えてくれる。


「お、俺!? 俺はなにも見てない! そのときたまたまほら、両眼が爆散してたもんだから!」

「なかなか大胆な嘘を吐くよね!? あーそっか、ベナくんはリョフとイチャイチャするのに夢中で、他の女の裸なんか眼中なかったか? ねー、雪ん子ちゃん?」


 今度はリョフメトに向けてみると、その血色で氷属性は無理でしょという赤面ぶりである。


「うへっ!? い、イチャイチャなんかしてないんれひゅけお!?」

「うわ、噛みまくってるよこのドチビ……」「マジかよ……生意気だなー、潰すぞ?」

「ブチギレすぎじゃない!? あたしとベナくんがなにをしたっていうの!?」

「それはきみの胸に訊きなよ」「あーそうだ、お土産にアイス買ってきたんだった。ほーら」

「また!? またあの残酷なやつ買ってきたの!? なんで!? なんでとりさんをたくさん殺すの!? かわいそうだと思わないの!?」

「なんでってそりゃきみのその反応を見たかったからさ」「リョフ頭いいのに何回説明してもそこだけ理解しないのなんなの?」


 そして場の流れを一切無視して新たな竜人戦士がドバーン! と突入してきた。

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