第184話 なんかわからんけど回ってきた

 対ラヴァ戦に備え、リュージュが用意していた武器は主に二つあった。


 一つは、青い花を咲かせる吸血植物。種子が耐火性を持つため何度燃えても灰の中から蔓を伸ばし、その先端は竜人の硬い鱗をも貫いて、ひとたび捉えれば相手の体力を直接奪うという凶悪な代物だ。


 もう一つはカタバミの一種で、こちらも簡単に焼き切れてしまうが、死ぬ寸前に大量の種子を、小さな銃弾のように飛散するというものである。


 これらを中心にラヴァの行動を制限するよう組み立てていくのだが……敵もさるもの、リュージュの意図を読んで見切り、躱し、繰り出した手を次々に潰してくる。


 些少のダメージは与え、血や汗を流させることはできているが、ラヴァの内部循環含めた強靭な肉体活性の前には、ほとんど微差でしかない。


 攻めあぐねて停滞するリュージュに対して、若干機嫌を直した様子で、ラヴァが話しかけてきた。


「しかし、災難だねぇ」

「相性が悪いのは承知だと言ったろう。だが……」

「あぁ、お前のことじゃねぇよ。お前の相棒バディのことさ。なまじ頑丈なのがいけねぇ。あいつ、死んだぜ?」


 脅しのつもりで口にしたのかもしれないが、逆にリュージュには口元を緩める余裕が生まれた。


「なんだ、そっちか。あいつのことなら、心配していない。あいつは毒も薬も、なんでも喰ってデカくなる。チャールドがあいつに与えるのも、タンパク質の塊に過ぎないということだ」


 黙って聞いていたラヴァの表情が一転、再び炎に彩られた。

 なにがそんなに気に入らないのか、リュージュは理解しているが、配慮してやることもできない。


「……大した信頼じゃねぇの……いいぜ、だったらあたしも、狼野郎が眼鏡をブッ飛ばす方に張ってやるよ」


 完全竜化変貌を遂げるラヴァは、緋色の怒髪と、その生え際から伸び上がる一本角が天を突く。


「てめぇが敗けりゃ、狼野郎も同時に落ちる。

 だからいいんだ。あたしがお前を倒しさえすりゃあな!」


 そして、その万丈の気炎を、ラヴァは冷静に制御してみせた。


「そしてもう一つ不利な要素があるのを、忘れてやしねぇか、リュージュ?」


 即座に理解したからこそ、感じた脅威で息をヒュッと吸ってしまう。

 動物である限り埋められない弱点を、ラヴァは容赦なく突いてきた。




 見かけの体格を明らかに上回る膂力を発揮して、ブレントが近接格闘で食らいついてくるのを、デュロンはもはや疑問に感じなかった。


 リュージュが言っていた通り、三色三バカと同じように、内部循環で運動能力を底上げしているのだろう。素のウォルコやギデオンと遜色ない手応えが突きや蹴り、受けや捌きを行う手足に返ってくる。


 それでもわずかながらデュロンが押しており、すでに何発か良いのを入れてやったはずだが……ブレントの浮かべた笑みは、内心の歓喜を発露するものだった。


「良いですよ、デュロンくん! 君はやはり最高の素体だ!」

「その実験、なんとか中止になんねーかな!?」

「できない相談だね! だけど、安心してほしい。君を殺すだなんてもったいないことを、僕は絶対にしませんから!!」


 勢いよく腕を払って距離を取り、ブレントは実に活き活きと破顔してくる。


「君が死ねば、大勢の者が悲しむというのもそうだけど……僕の練り上げた毒を君にたったの一回しか試せないだなんて、そんな理不尽があっていいはずないじゃないですか? まったく、想像しただけで悲しくなってしまいましたよ」


 笑いながら涙を流す、明らかに正常な精神状態でないブレントに対し、デュロンは可能な限り堂々と胸を張って、迎え撃つ姿勢を示した。


「いいぜ、いくらでも受けてやる。どっからでもかかって来いよ」


 要求を了承してやったというのに、なぜだかブレントは奇妙なほど真顔になり、脱力したようにゆらりと動いた。

 眼鏡が逆光を反射し、眼の表情が判別できなくなる。


「……そうかい? ではお言葉に甘えて……」


〈毒殺神父〉はその二つ名に相応しく、五指それぞれの間にアンプルを挟んだ両手を翻しつつ、じりじりと距離を詰めてきた。


「いいですか? 致死性のものばかり打ちますが、本当に死ぬのはナシですからね。

 せめて順番くらいは選ばせてあげよう。どれからどれを経てどれがいいですか?」

「言われたところで、どれがなんだかわかんねーよ!」

「はは、確かに! では僕の任意でっ!!」


 嘆いていてもどうにもならない。デュロンは迅速な対処に移った。


 一蹴りでアンプルが束になって吹っ飛び、砕けて飛散した硝子と毒物に閉口する。どれかはわからないが、確実に貰ってしまった。


 折られた左腕を気にも留めず、ブレントは右手で持っていた四本を投擲する。

 すべてを躱したつもりのデュロンだったが、一本だけが太ももに突き立っている。


 抜いて捨てながら、すでに体が鈍りつつあるのを自覚する。

 しかし恐怖で足を止めれば、それこそ命を諦める瞬間となってしまう。


「元気で結構! 元気があればなんでも盛れる!」


 アンプルをすべて消費したブレントは、次に謎の小さなキューブを大量に投げつけてきた。

 サイラスら喰屍鬼グールが持っていた肉の賽子に似ているが、どちらかというと植物質の危険物のようだ。


 経皮毒というのはわかったので慎重に避けるが、これも一つだけは甘受せざるを得なかった。


「はしゃぎすぎだぜ!!」


 なんとか接近したデュロンは、終わりにするべく拳を振るうも、狙いが喉だと完全に読まれており、ブレントは的確に防御してくる。


「……っ!」


 掲げた彼の右腕を、やけに簡単に破壊できてしまったことで、逆にデュロンは顔をしかめた。


 たとえば、昨日の朝。あれだけギデオンと互角の打撃戦を繰り広げていたラヴァが、寮から叩き出される一蹴りを食らったときだけ、大げさなほど吹っ飛ばされていたのは……あの瞬間、外部放出の最中だった彼女は、内部循環による身体強化が作用しておらず、素の筋力のみで受けてしまったせいだ。


 まずい。ブレントはさっきから、内部循環をまったく使っていない。つまり……。

 そして、この攻防を無呼吸で切り抜けることなどできず、デュロンはたっぷりと劇毒息吹ポイズンブレスを肺からも取り込んでしまった。

 しかも途中でその臭いが一度変化した気がする。


 果たしてブレントは、開放骨折して再生中である右腕の激痛すら眼中にないくらい、自らの学究肌に没頭している様子で、治ったばかりの左手で、デュロンに込めた死を数えている。


「五つか……まあこんなものかな。

 さて、どれから効いてくるかな?」


 どれかはわからないが、なにかが全身に回ってきた。

 意識が遠ざかり、大量の脂汗が流れるのを自覚する。

 ただもはや暑いのか、寒いのかすらわからなかった。

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