第167話 出合え出合え、曲者じゃ


「「!!?」」


 しかしあと三歩というところで、横合いから飛来した影がチャールドの側頭部を蹴り飛ばした。

 獲物を横取りされたリュージュも、掌を突き出したまま硬直するしかない。


 現れたるは灰黒色の髪に変則戦闘服の、似非えせかぶれもどき少女だった。


「やあやあ我こそはドヌキヴ・ナバリスキー、誇り高き忍びの王にござるっ!」

「高らかに名乗りを上げるニンジャがありますか、再現度低すぎるでしょ……」


 言いつつ対処するチャールドの手捌きを、リュージュは置いてきぼりで傍観する羽目になる。


 おそらくドヌキヴはチャールドへのリベンジを果たすだけでなく、チャンスを与えて見逃してくれたリュージュの恩に報いるつもりで、このタイミングを狙ったのだろう。その気持ちはありがたく受け取っておく。


 が、強襲を掛けた後のことはなにも考えていなかったようで、またしてもチャールドの毒をなんらかの経路で食らったらしく、ドヌキヴの動きが徐々に鈍ってくる。


「あ、あれ……? しびれる……お、おかしいな、にんじゃはすばやいのに……」

「そして、もう一つ……君、昼間の正面戦闘は得意じゃないはずなのに、どうして飛び出してきてしまったんです? 次からもっと持ち味を活かし、立ち回りを工夫しなさい。先生との約束だよ」


 呆気なく捕捉され、チョーカーの珠を砕かれてしまったドヌキヴは、諦念の笑みを浮かべ、前のめりに倒れ伏した。


「も……もとより拾ったこの命……リューちゃんのために使えて、わたし、幸せでした……」

「散り際は確かに立派にニンジャしてるけども……安心しなさい、僕もちゃんと反省してます。今打った毒はしばらく経つと自然に消える強度のやつですから、ドヌちゃん、どうか気を確かに」

「くっ……敵に情けをかけられちゃった……拙者、恥ずか死……」

「キャラ保つのか崩すのかどっちかにしなさい」


 近視眼的には、ドヌキヴは助けたつもりで、リュージュが一発逆転の手を放つチャンスを邪魔したことにすらなるかもしれない。

 しかし眼と気の長いリュージュは、別の可能性に思い至ったため、それを否定する。


 もしかしたら今、自分が掴みかけたと思っていた勝機は、チャールドの掌の上にあったものかもしれない、というのが一点。

 一方で、ここでチャールドを倒してしまったら、リュージュにとって後々不利になりうる要素を発見したというのがもう一点だ。


 なので彼女がドヌキヴにかけるべき言葉は、素直に感謝と労いしかなかった。


「すまん、ドヌ! 助かった!」

「あ、あひ……リューひゃん、わらひのことは日の当たらない涼しい場所に置いへ……」


 ちょっと呂律が回らなくなっているドヌキヴを要望通りに移動させると、夜通し活動していたのか、普通に昼寝を始めた。大物すぎる。


 そして視線を戻すと、チャールドのリュージュに対する警戒が、明らかに強まっていた。

「手の内を知り尽くした与しやすい同郷の後輩」から「切り札を伏せている油断のならない強敵」へと認識を改めたのだろう。


 ニンジャの乱入がこの場の……いや、下手すれば今期〈ロウル・ロウン〉全体の流れを、大きく変化させたのだ。


「……うーん、このまま戦闘を続行するのは、僕にとっても君にとっても良くなさそうですね。

 どうかな、ここは手打ちといきませんか、リュージュ?

 次に当たるまでに、改めて互いへの対策を考えておくことを、互いの宿題としよう。

 もっとも、次があればの話だけどね」

「そうしよう。そしてやはり、お前とは二度と当たりたくないな」

「僕も今、そう思っているところですよ。では、また……できれば今度は、祭りの後に会いましょう」

「ああ」


 立ち去るチャールドの後ろ姿を見送ったリュージュは、ひとまず危機を脱したことに、安堵のため息を漏らす。

 その隣では夢心地のドヌキヴが、「眠いでござる……」という謎の寝言を発した。




 ほぼ同じ頃、ミレイン祓魔寮。

 仕事が一段落したヒメキアは通称「王様の椅子」に体を投げ出し、さっそく寄ってきた猫たちを順に撫で回す。

 膝の上に乗ってきた一匹……テオドールちゃんを存分にもふもふした後、眼の前に抱き上げ、ヒメキアは首をかしげた。


「テオドールはもふもふだねー。ねこはどうして、こんなにもふもふでかわいいのかな?」

「にゃぁん?」

「ねこにもわかんないよねー。あたしもわかんないやー」


 へへー、と笑っていると……いきなりヒメキアの首元から小さな破裂音が発生して、反応したテオドールが超速で離脱したため、ヒメキアは二重にびっくりした。


「わー! なに!? なんなの!? あ、これか!」


 チョーカーに嵌められていた黒い光を放つ珠が、透明な欠片となって散らばったのだ。

 ちなみに、どうやらそういう素材を採用しているようで、砂粒くらいまで粉々に砕けているため、ヒメキアにも猫たちにも怪我はなかった。


 ヒメキアは簡単に受けたルール説明を思い出し、相棒となった自分の珠が、自動処理で遠隔破棄されたことの意味を理解した。


「そっかー……ドヌキヴちゃん、負けちゃったんだね。体は大丈夫かな?」


 近くにいた四匹の猫たちは警戒して距離を取っているが、遠くにいた八匹は逆に「なんだなんだ」「どうしたどうした」という感じで集まってくる。

 正面から眼が合った別の一匹……プリマリーに、ヒメキアはなんとなく話しかけてみた。


「ドヌキヴちゃん、後でまたこの寮に来てくれるかな?」

「にゃっ……」

「来てくれるといいなー。他の子たちも集まってくるかもしれないから、晩ごはん多めに作ってもいいかなって、ネモネモちゃんに相談してみようかな。プリマリーはどう思う?」


 それがいいよと言いたげに、プリマリーが黙って眼を細めたので、ヒメキアもつられて笑った。




 さらにほぼ同じ頃。

 ミレイン市外、リャルリャドネ邸へ勝手に出入りする、あるはずのない姿があった。

 だがそれはお化けではなく、実体はあるし、いちおう鍵も持っている。

 今また買い出しから戻った少女が軋む扉を開き、食糧の詰まった袋をテーブルに投げ出して言った。


「ただいま。次、あんた行きなさいよ?」


 視線の先には、銀髪碧眼の青年が古びたソファに寝そべっていて、両眼を右手で覆ったまま、左手を振って返事をしてくる。


「お帰りーい。お疲れー。わーかってるって、まだちょっとこれに集中させてよ」


 金髪を丁寧に結い上げ、鳶色の眼をした小柄な少女の名前はエモリーリ・ウルラプープラ。ちょっと未来予知が可能なだけの鳥人族の占い師なのだが、なんの縁あってか留守中の邸宅へ侵入してしまっている。普通にただの犯罪である。


 そして彼女を悪の道へといざなった青年の名前は、ヴィクター・ヴィトゲンライツ。こいつの口車に乗せられたことを後悔してはいないが、エモリーリはいまだに彼を胡散臭く思っていた。


 彼女は試しに手を振ってみるが、ヴィクターは遠地に飛ばしている自分の視界に集中していて、まったく見えていない様子である。

 趣味に夢中になった男の子というのは、だいたいこんなものなので、仕方ない。


「また見てるの? 首尾はどうなわけ?」

「微妙かな。ていうか本命の方、砂嵐でなんも見えなくなっちゃったし」


 ひとまず諸々の活動資金を大きく得たいということで、ヴィクターはそれなりに溜まったなけなしの路銀を、持ち前の闇ネットワークに掛け合うことで、ミレインで開催されているなんとかいう喧嘩祭りの、ある参加者にオールインしたのだとか。

 彼自身が稼いだ分なので文句はないため、エモリーリとしてはヴィクターに博才があることを祈りつつ、ひとまず成り行きを見守るしかない。


 様々な感情を含むため息を吐いた彼女は、食糧の袋を脇にどけたテーブルの上に水晶玉を置き、予知のビジョンを映し出した。

 ヴィクターは使い魔を飛ばして観戦しているが、エモリーリはその視野を共有できないため、自分なりの状況把握に努めるのだ。


 ひとまず最重要となる、ヴィクターの現状のほぼ全財産の行方を勝手に担わされている人物の名前を、彼女は改めて訊いてみる。


「で、誰に賭けてるんだっけ?」

「デュロン・ハザーク、優勝に一点張り!」


 その声はもはやお化け屋敷に等しいリャルリャドネ邸内にやたら反響し、エモリーリは痛みを訴える頭を抱えるしかなかった。

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