第164話 青き始原の焔を纏いし偉大なる巨人
「……なるほど、ブレントの考えそうなことだな。が、元々さして緊密に連携していないわたしたちには、さしたる影響はないと言えよう」
「だな。そんじゃ、また後で」
「うむ」
普段の仕事でも敵地で二手に分かれるというのはザラなので、リュージュとデュロンは特になんの感慨もなく、ヴェノム・オブ・ツインフレイムの思惑に従い、互いに背を向けて立ち去る。
だがどちらも気がかりだったようで、振り返った横顔同士で軽口を叩き合った。
「わたしのいないところで、勝手に脱落するんじゃないぞ」
「こっちの台詞だぜ。お前が負けたら俺の参加権も自動的に消えちまうんだから、慎重に行動しろよ」
「わかっているとも」
二人は同時に笑みを浮かべ、手を振り合った。
「どうしよ!? これじゃあと30分も、フロスト・シスターズ・ブレッシングが使えないよ! もしかしてこれ、あたしたちに決め打ちされてる!?」
「まずいつの間にそんな技名が付いたの」
地団駄を踏むリョフメトを、念のため5メートルほど離れて見守っているソネシエ。
「やっぱりチャーさん、性格がいやらしくなってるよね! この土地か!? この土地があいつをあんな卑劣なクソ野郎にしたのか!?」
「ごめんなさい……」
「そ、ソネちゃんが謝らなくていいよ! あいつが悪いんだよ、あのキモ眼鏡! だいたい似合ってないんだよ、裸眼で十分見えるくせに!」
ひとしきり怒りを発散したリョフメトは、一転、明らかに寂しそうな視線でソネシエを捉え、すごく否定してほしそうに提案してくる。
「じゃあ、一旦、離れよっか……?」
「そうする……」
しかし承諾するしかなく、相手とは逆方向へ足を向けた吸血鬼の少女を、切羽詰まったような声が呼び止めた。
「あ、あの、ソネちゃん!」
彼女が振り返ると、竜人少女は本当に氷属性かと疑うくらい、顔を真っ赤にして言い募る。
「あたしはソネちゃんのこと、相棒とか関係なく、もう友達だと思ってるから!」
「それは……わたしも、そう……」
ソネシエの答えに満足したようで、リョフメトはにっこり笑った。
「合流したらみんな倒して、あたしたちで優勝しちゃおう!」
「それがよい。わたしも、負けないよう努める」
「おっけー! また後でね!」
こくりと鷹揚に頷いたが、その約束の実現に対して、ソネシエはそこはかとなく嫌な予感がしていたものの、振り払って歩き出す。
「あぶねぇっ!」
「ぶへ!?」
一方ラヴァリールは、姉から毒の発動条件を聞かされるなり、ドエログの顔面に思いっきりドロップキックを繰り出してきた。
地面を滑って一気に距離を取ったドエログに、ラヴァは珍しく険のない声をかけてくる。
「大丈夫か、おっさん!? 痣消えたか!?」
「アッ、ハイ! とっさの機転ありがとうごぜえやす、姐御!」
どうやらサドっ気や悪戯心が疼いたとかでなく、本気で心配しての荒療治だったようだ。
せっかく調教済みなのにさらに新たな扉が開きそうになっているドエログに対し、ラヴァはそのまま背を向けた。
「壁に使えねぇんじゃしょうがねぇや。30分だけ互いに独り立ちだ、おっさん。達者でやれよな」
「えっ、ちょ、別にバラけなくてもいいんじゃないんすか? 2メートルより離れときゃ発症しないんすから、適当に距離取った上で帯同すりゃ……」
「バカ。それをいいことに、たとえばまとめて拘束されたりしちまったら、その時点で詰むだろ。そもそも行動を共にすることで行動の自由度を制限されちまうんじゃ、一緒にやる意味も半減だぜ。ツレだとか相棒ってのは、そういうんじゃねぇだろ」
一度だけ振り返った彼女は、驚くほど優しい笑みを湛えていた。
「あんま無茶な相手に挑むのだけはやめとけ。別に勝手に脱落してたって怒りゃしねぇが、負けるなら負けるで筋は通して負けてくれよ。みっともねぇのだけは勘弁だぜ」
思ったより期待されていることに目頭が熱くなり、ドエログは背筋を伸ばして声を張る。
「ハイッ! 不肖ドエログ、精一杯やらせていただきやす!!」
「肩の力抜いてけっての。あたしもあたしで気楽にやってやらぁ」
小さいのにでっかい背中を見せて、悠々と去っていくラヴァ。
その姿をぼんやり見送ることしかできないドエログは、思わず独り言が漏れ出た。
「……今、俺がやるべきことってなんだろ……やっぱり姐御と再合流するまで、どこかに隠れてるのがベターかなあ……?」
となるとそういうのは、やはり土地勘のある地元の者に訊くのが一番なのだが……あいにく今はほとんど通行者がいない。
しかし天の助けか、すぐに街角へ誰かが現れた。
「んっ!?」
まず灰朱色の髪のガタイの良い女が眼に入ったので、すわ敵襲かと身構えるドエログだったが、よく見ると女は首のチョーカーに嵌められた珠が、すでに割れてなくなっている。
そして身に着けている戦闘服がやけにボロボロで、心なしかしょんぼりとして、連れに慰められている様子だった。
連れの方のライム色の髪の小柄な少女も珠の割れたチョーカーを着けているので、敗退した参加者とその相棒らしいというのがわかった。
ドエログはドS炎竜人姉妹に教わった〈ロウル・ロウン〉のルールを思い出す。
敗退者に助けてもらうのはダメだが、教えてもらうのはOKだったはずだ。
もしかしたらこの二人なら、ちょうどいい潜伏場所なんかを知っているかもしれない。
なのでドエログは全速力で駆け寄りながら、大声で話しかけた。
「あのおおお! ハア、ハア……! 教えて、教えてほしいんすけどおおお!!」
「ひゅっ……!? な、なんなのぉぉ……!? どうしてわたしはこういう変な人にばっかり絡まれるのでぇぇ……!?」
「フミネよ……それひょっとして、わたしも含まれてるか……?」
「ち、違うわけで! フクサさん、傷つけたのならごめんなさいぃぃ」
「ゼエ、ゼエ……あ、俺もなんか急にすいやせん」
「あっ、いえ、わたしも早とちりしたかもなので」
デカいお姉さんの落ち込みっぷりに引きずられ、ドエログと
落ち着いて話してみると、フミネというらしい女の子は親身になって考えてくれる。やさしい。
「隠れ場所……わたしの普段の散歩コースが、隠密行動の参考になるかもしれないわけで」
「なんで普段の散歩コースが、隠密行動の役に立っちまうんだ、お嬢ちゃん」
「それは、わたしの固有魔術に関わるので……」
しかし、おそらくフミネが簡単に説明を続けようとしてくれたところで、横から胡乱な声が割って入ってきた。
「おや? フミネではないですか。こんなところでどうしました、危ないですよ」
ぞわり、とドエログは全身が総毛立った。
時間は真っ昼間、晴天は紺碧であるにもかかわらず、まるで真っ暗闇の中から抜け出してきたような、黒髪黒眼に黒服眼帯、美形に痩躯の優男が、あまり良いとはいえない姿勢で、通りの向こう端に立っている。
黒い帽子の下から、肌を刺すような膨大な魔力が漂ってくるのがわかった。
殴り合いならまず負けない。だがその距離へ辿り着くまでに、ドエログなど100回は殺されるに違いない。
どう足掻いても勝てない相手というやつに、ドエログはまたしても出くわしてしまったのを、したくもないのに確信させられる。
そして相手も目敏く、ドエログの首元に光る緋色の珠に気づいたようだった。
ちなみに眼帯男の珠は藍色だ。
ヴェノムオブなんとかをバラ撒いたという、姐御いわく「ウンコ眼鏡」のクソ野郎の、相棒がこいつというわけで、絶対にろくな奴ではない。
「……なるほど、状況はわかりました。そのままで結構です、フミネ。あなたとお連れは巻き込みませんので」
「ま、待って、イリャヒさん……!」
フミネもドエログと同じくらい、心底怯えきっていた。
どうやらフミネにとって知り合い以上の相手ではあるものの、戦闘モードに入っている彼を見るのは初めてだったようだ。
フミネの方からも魔力が漏出し、それは眼帯男の背後で幻影の虚像を結んだ。
「問答無用、排除します!」
まるで男が負った業そのものであるかのように、全身を青い炎に覆われた、筋骨隆々の巨人が立ち現れた。
無音のはずなのに、ドエログは耳を
実態も質量もない虚仮威しなのは見ればわかったが、それでもドエログの本能は、自分がそいつに踏み潰される未来を幻視した。
ここからどうするもこうするもない。
逃げの一手を決め込んで、一目散に尻尾を巻くのだ。
「ひいいい……っぎゃあああああ!!」
「あっ、待ちなさい!」
ドエログは脇目も振らず、脱兎のごとく街を駆けていった。
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