第165話 昼夜の寒暖差にご注意くだウェ〜イ☆
どうやら毒の散布が上手く運んだらしいことに、ブレントは一人で満足の表情を浮かべていた。
彼自身はほとんどの毒物に対して耐性を獲得しているので効かないが、実質的に同程度の不利を被るよう、イリャヒにも同じものを刺して二手に分かれたため、ヴァルティユから文句を言われることはなかった。
「そろそろみんなバラけた頃かな? 誰とぶつかれるか楽しみですね」
しばらく街中をそぞろ歩いていた彼は、まさに天の配剤と呼ぶべきか、一回くらい当たっておきたいと思っていた相手と、ものの見事に行き合うことに成功する。
リュージュ・ゼボヴィッチは屈託のない笑みを浮かべて、気さくに話しかけてくる。
「チャールド、お前のことをヴァルティユ様が褒めておられたぞ。昔は真面目が取り柄のつまらない男だったが、ずいぶん面白い奴になったなと」
「ふふ、ありがとう。では君と僕でティータイムと洒落込みましょうか。無論、毒入りのだが」
「良いではないか、ちょうど休憩したいと思っていたところである。好みのハーブをブチ込んでお前を眠らせ、その間にわたしは菓子でも食うか」
互いに自覚している。手数が取り柄のテクニックタイプは、事前にどれだけ準備や対策が及ぶかで、戦う前に勝負は決まっているのだと。
既定された未来で答え合わせを得るため、二人は静かに距離を詰めた。
もちろん、ヴェノム・オブ・ツインフレイムは、発動する兆候もない。
一方、両脇を壁に挟まれた大通りの真ん中で、デュロンもまた見覚えのある顔に出くわしていた。
「よー、姐さん。アンタは確か、リラクタだっけ」
「あら、奇遇ねー。覚えてくれてありがとう。そういうあなたは、デュロンくんだったわね」
灰緑色の髪を洒脱に搔き上げ、冷静に微笑んでみせる彼女は、なぜだか朝見たときと比べて、微妙に雰囲気が変わっているように感じられた。
特に服装などに違いはないので、デュロンの気のせいかもしれない。
「んじゃ、一発やっとくか?」
「そうするしかないわよねー」
互いに構え、機先を制すべく出方を見合う二人だが……横合いから近づく異様な気配を察知して、両者ともに思わずそちらへ顔を向けてしまう。
「……」
一人の男が、やけにフラついた足取りで、ゆっくりと近づいてくるところだった。
灰茶色の髪に琥珀色の眼、首には髪と同色の珠。大柄なその竜人戦士の体は、ぴったりした袖なしの戦闘服を通して、鍛え上げられた筋骨の形が見て取れた。
「イッ……」
男は歯を食い縛る恐ろしい形相で、丸太のように太い両腕を掲げたかと思うと、表情とまったく合わない陽気で軽薄な口調で喋り始めた。
「……エーイ☆ 盛り上がってるぅ〜!? 今期の〈ロウル・ロウン〉、ボクちんが優勝したりなんかしちゃったりして、若長になっちゃおっかな〜!? みたいな!? フッフゥ〜♤」
どうやらあれは、彼なりに満面の笑みを浮かべているらしい。
その場で跳ね始める巨体にどうコメントしたものかとデュロンが振り向くと、リラクタは普段眠そうな半眼をこのときは見開き、異様なほどの警戒を示していた。
「ちょっと待って……? なんかおかしいわ」
「え? ああいう奴なんじゃねーのか?」
「違う違う! ベナクくん、あんな喋り方じゃないし、絶対あんなこと言わない! それに気配っていうか、魔力の感じがいつもと違うもの……」
「なんだと……? まさか、そいつ……」
ピタリと動きを止めた巨漢は、急に真顔になったかと思えば、手を叩いて爆笑し始める。
「アハァ♡ バレちったか〜? そんじゃ正式に自己紹介と行きまっしょい!!
このベナクくんの体を借りてるボクちんは〜……ハイッ、ド〜ン! 聞いて慄け、見て喚け! ってなもんでね!
形象は
「……マジかよ……よりによってこんな街中でやりやがったのか……!?」
デュロンの反応に気を良くした様子の悪魔ツァーリオは、ベナクというらしい依代の主導権を完全に握っているらしく、一気に全身表面へ鱗を張り巡らせた。
悪魔に憑依されていると、変貌形態に悪魔の形象が混ざると聞いたことがあるが、本当だった。
ベナクの両手が鉤爪でなく鋏状になり、腹には櫛のような形をした板状器官が見られ、長大化した尾の先端に宿る危険な輝きは毒のそれだろう。
「そそ。まま、挨拶は抜きにしよ。ボクちんの活動限界も数分後に迫ってるんでね〜♢ 肉体の気質はともかく、魔力の相性はバッチシのピッタリコン! 今すぐ実力見せちゃるけん、愚民どもは平伏すのがよろし〜♧ あっそ〜れ!」
同時に襲いかかろうとしたデュロンとリラクタを、ツァーリオは巨大な砂嵐で迎え撃ち、二人まとめて呑み込んだ。
「うぐっ!」「きゃあ!」
竜人の使う息吹ではなく、悪魔の魔術だ。規模も通常魔族のそれとは段違いで、周囲一帯、一ブロックほどが丸々砂塵で覆われてしまう。
しかも結構粒径が粗く、ガリガリ皮膚を削ってきて、範囲内にいると看過できない流血とダメージを受け続ける羽目になる。
防御のためにデュロンは獣化変貌。リラクタも竜化変貌するのが伺えた。
「くっそ……ヤベーわこりゃ……わぷっ!」
ろくに眼も口も開けられない上に、音も匂いも、ついでに魔力や気配もほぼ遮られ、ツァーリオの位置がわからなくなる。
あの野郎、さっきまであれだけ騒がしかったくせに、いざ戦闘となれば途端に無駄口を閉じやがった。悪魔もまた戦闘種族なのだ。
もはや砂の壁と呼ぶべき濃密な圧力に対抗し、デュロンは前進し始める。
リラクタも同様の行動を取っていることが、わずかに通る視覚と聴覚から伺えた。
だが二人して必死で歩を進めても、ツァーリオ入りのベナクにまったく辿り着けない。
おそらく二人の移動に合わせて、奴が砂嵐の範囲を修正しているのだろう。
たぶん脱出を試み、後退しても同じことをしてくる。
ならばこのまま悪魔憑依の時間切れまで耐えようかと思ったところで、次の変化が起こった。
……やけに暑い。おそらく乾燥のせいだろうが、それにしてはあまりに高温を感じる。
次第にそれは灼熱と呼べる領域に到達し、苦痛と朦朧が同時に襲いくる。
かと思えば数秒後には、急激に温度が下がってきた。寒い、ありえないくらい冷えていく。
人狼の被毛でも防ぎ切れず、全身の震えが止まらなくなったデュロンは、急激に眠気を感じてきた。そして早くもまた熱気がぶり返してくる。
この寒暖差はまずい。おそらく砂漠の昼夜を再現するような能力なのだろうが、このスパンと振れ幅で繰り返されると、数分待たずに致命となる。
デュロンは相手に近づけなければ攻撃できないし……リラクタに期待しようにも、彼女の息吹は雷ゆえ、この砂塵を貫通できるかは……いや、そもそも呼吸もままならないのに、まともな外部放出が可能とは思えない。
そんなことを考えつつ、薄れかけていたデュロンの意識を、側頭部への衝撃が強引に呼び戻した。
「!?」
なんとか薄眼を開けると、ぼんやりとしたシルエットで、それがリラクタであることはわかった。
彼女は右手で口と鼻を覆いつつ、左手と左足で突きや蹴りを繰り出してきているようだ。
体力が低下しているのはお互い様で、受けるデュロンの動きも精彩を欠くが、相手の方も万全とは呼べない。
そうして肉体言語によるやり取りを交わしていると、リラクタは咳き込みながら、なにごとかを必死で叫んできた。
「ゴッホゴホ! ……をし……ゲホ! に……って! ……のは、ゴホッ! ……か……よ! オエッ!」
聞いていられないくらい苦しそうなのが気がかりだが、ひとまず内容は聞き取れた。
そして彼女の掌底を受け止めたとき、デュロンは彼女の、そして彼自身の意思を明瞭に確認することができた。
垣間見えたリラクタの掌とデュロン自身の腕に、どちらも藍色の痣が浮かび上がっていたのだ。
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