ロウル・ロウン 1日目 転の段・双焔砂魔

第162話 こんにちは、そろそろ出番かなと思って、今からそっち行きまーす!


 跡形もなく溶け消え、ただの白っぽい屑液と化したユアヒムに、誰も追悼の祈りを捧げない。

 すでに終わったこととして扱われ、イリャヒが綺麗に掃除をしてくれた後、ヴァルティユがこの場を総括した。


『ご苦労、チャールド。また不穏分子を処理したくなったときは、お前を指名するからな』

「今はお祭りだからいいですけどね、仕事中は勘弁してくださいよ。

 イリャヒくん、君のことも妙なことに巻き込んで悪かったね」

「いえいえ。興味深いものが最前列で見られましたし、むしろ役得でしたよ」

「そうかい。ところで今さらだけど、君、全然やる気ないよね?」


 結構いきなり突っ込んでみたのだが、イリャヒが動揺の色を見せないことに、ブレントは素直に感心した。


「はい。あなたも薄々お察しのように、私は猊下のご命令で、あなたを制御し、あわよくば穏当に敗退させるために組んでいます。私も〈天罰〉で死ぬというのは御免なので、手を抜きはしませんがね」

「そんなところだろうと思ったよ。アクエリカ様のご命令なら仕方ない……と言いたいところだけど、あまり僕を舐めない方がいい。

 相棒同士で殺し合ってはいけないというルールはないんだ。見ての通り、つまらない者は死に様すらつまらない。君がそうでないことを祈るよ」

「それは恐ろしい。せいぜい肝に銘じ、背後に気を配るとしましょう」


 飄々とした態度とは裏腹に、イリャヒは眼の奥に炎を宿して豪語する。


「しかしあなたも、私の酔狂を甘く見ないでいただきたいですね。上手くプランや相手が嵌まればの話ですが、私なりの博打をご覧いただきたく」

「へえ……それは素直に楽しみだな。期待していますよ」


 イリャヒの情熱に我知らず感銘を受けたようで、ブレントもある閃きを得た。


「そうだ。ユアヒムの敗因の一つから、僕もいいことを思いつきましたよ。ねえ、ヴァルティユさん、使い魔の作成や使役ってアリでしたっけ?」


 赤い蜥蜴は気難しい顔で腕を組んでいるのだが、もはやあまりに二足歩行に躊躇がなさすぎて普通に気持ち悪い。言ったら殴られるので言わないが。


『頭数を増やすに等しい行為だから、当然ナシだ。と言いたいところだが、実は今朝ちょうどを作ってしまった。なので、モノによってはアリとする』

「誰だか知りませんが、その子に感謝します。

 それで、こういうのなんですけど……」


 実物を見せて一通り説明すると、赤い蜥蜴は器用に指を鳴らして即答した。


『良いじゃないか、やれ。ただし効果などに関して申告に虚偽が見られた場合は、その時点で敗退とするがな』

「そこは曲がりなりにも毒使いとしての矜持に賭けて、嘘は吐かないので、それで構いません」

「あー、確かにこれなら、私たちに格別有利なわけではないですが、不利にもならないですね」

「そう。そして普通にやり合うと僕たちじゃ突破が難しい相手に対し、紛れを起こして実力勝負ができる……かもしれない。運にもよるけどね」


 ブレントはイリャヒと、悪辣な笑みを交わした。相棒というのはこうでないといけない。


「では、今からやられます?」

「そうしたいとこだけど、街中に散布するのに少し時間がかかるんですよね。あとヴァルティユさん、毒の発動条件と制限時間は、即刻全員に通達するというのはどうでしょう? お願いできます?」

『んー、そうだな。隠しルールを解明するとかいう頭脳戦要素は、うちのノリじゃないからな』

「さすが戦闘民族、割り切りが潔いです」

「まあ、そういうことで……ここは一つ、中盤戦を盛り上げる出し物といきますか」


 ブレントの手から放たれた無数の使い魔たちが、今期〈ロウル・ロウン〉の参加者及びその相棒らを求めて、真っ青な昼空へと飛び立っていった。


 時刻は午後一時、今日はここからが正念場だ。




 ブレントが使い魔たちを散布する少し前のこと。一人の竜人戦士が、いまだ相棒を見つけられないまま、ミレインの街をトボトボと歩いていた。


 ベナク・ユーガリティという名の彼は、灰茶色の髪を真ん中分けにして顎髭を少し伸ばした、自他ともに認める平凡な顔立ちの青年だ。

 同い年である奇抜なユアヒムは、この前起こした問題のため、今回処理されることになったらしい。友達ではないので、特になにも思わないが。


 ベナクは体だけはデカく、腕っ節には自信があるのだが、なにせ肺の使い方がからっきしだ。

 彼の砂礫息吹グラヴェルブレスは攻撃タイプではあるものの、威力はそこそこ程度で、内部循環も結構練習したのだが、いまだにコツが掴めていない。


 ヴァルティユにはシンプルに「向いていない」と言われていて、地味に傷つく。

 息吹の苦手な竜人ってなんなんだ? とは自分でも思ってはいるのだ。


 しかしそんなことを考えている場合ではないというのも、もちろんわかってはいる。


「やべ……マジでほぼ誰も出歩いてないじゃん……どうしよ……誰か俺と組んでくれよー……」


 そしてこんなことをブツブツ言っていても、向こうから寄ってきたりはしないことも理解していた。

 ついでに言うと、向こうから寄ってきてくれる、で連想してしまうのが、ある人懐っこい女の子で、ベナクは浮ついた自分自身にげんなりした。


『ベナくんはさ、パワーじゃあたしたちの中でナンバーワンなんだから、もっと自信持ちなよ。一人で戦い抜くのは苦手でも、ミレインでぴったりの相棒ちゃんを見つけられたら、大化けするかもよ?』


 そう言ってにっこり笑ってくれたリョフメトは、今どこにいるのだろう?

 あの子が簡単に脱落するとは考えにくいが、同格同士で当たっていればわからない。


 一方でベナク自身は正直なところ、この時点で、結局相棒すら見つからず、ひっそり敗退していくことを、半ば以上に覚悟していた。

 ……裏通りのさらに奥まった薄暗がりからかけられた、気風きっぷのいい声を聞くまでは。


「アタシで良ければ組んでやってもいいよ、素敵なガタイのお兄さん」

「おひょっ!? 誰だ!?」

「あはは、妙な声を出すもんだね! ほら、もっとこっちへ来なよ!」


 扉を開けて、営業時間外のバーと思しき店内へ連れ込まれたベナクは、その隠れ家的内装にロマンを見出した。それに香でも焚いているのか、なんだかいい匂いがする。


 しかし同時に、板張りの床に不自然な修繕箇所を見つけた。

 その様子を見て、女が薄暗がりの中で息を漏らすのが聞こえる。


「へえ……」

「な、なんでしょう、お姉さん?」

「いや、結構目端の利くタイプなんだなと思って。改めて気に入ったよ。どうだい? アンタさえ良ければ、アタシにしとかない?」


 オイルランプに火が灯り、女の容貌が明らかになった。

 赤土色の髪を乱雑にまとめた、鼻が高く気が強そうな顔立ちだが、それを打ち消すような柔和な微笑みを浮かべている。

 意外に取っ付きやすそうな相手と思えたが、逆にベナクは気を引き締めて尋ねた。


「ここは……なんなんだ? 反体制派のアジトか? 俺は旅行者みたいなものだから、政治的なドグマに関わる気はないぞ。どうせ明日か明後日には、もうこの街にはいないわけだし」

「早合点なさんな、お兄さん。確かにここはあっちこっちの地面に穴を掘っては埋めて出たり入ったりしてるが、大人数を引き込んでるわけじゃない……少なくとも今は、だけどね。

 あ、申し遅れた。アタシの名はイザボー・アンコラッド。本名聞かせてやるのは珍しいから、感謝しなよ?」

「そうか、俺はベナクという。……アンコラッドって言ったか? それって確か、ミレイン教区の商業都市ルルーノに拠点を構える、宝石商かなにかの一家じゃなかったか?」

「よく知ってるじゃないか。これじゃあますます、お兄さんに惚れ込んじまいそうで困ったな」

「と言っても、この前うちの地元に来た旅人からの受け売りなんだけど」

「そうかい、それは良かった。すでに熱烈な想い人がいる男に、横恋慕というのも品がないからね」


 いきなり図星を突かれ、ベナクは度肝を抜かれた。


「そう言うあなたは、読心術者か!?」

「ふふ、わかりやすすぎだよ。……ま、ぶっちゃけアタシの一族は、鉱山仕切ってちょいと阿漕あこぎなことをしたり、売ったり買ったりなんやかんやする、若干アウトローな生業なりわいをやってる」

「うーん……あんまり悪党には関わりたくないな」

「そう言うと思ったけどさ、まあ待ちなよ、いいのかい? このままいくとアンタ、勝ち星一つも挙げられないばかりか、誰の記憶にも活躍が残らないまま敗退だ。その意中のかわいこちゃんも、お前さんのことをどう思うかな?」

「そ、それは……」


 別にどうも思わない、というのが答えだろうし、それが一番堪えるのも事実だ。

 ベナクの表情を読み取ったようで、イザボーは我が意を得たりとさらに攻め立てる。


「いや、そんな考えすら悠長かもしれないよ。お前さんたちの喧嘩祭りには、外部協力者を募る制度があるんだろう? お前さんのお目当てちゃんも、今頃ミレインのイケメン捕まえて、その、言いにくいんだけど、魂じゃない方の伴侶にしちゃってるかもね?」

「なん、だと……!? ふざけ……どわあっ!?」


 力の入るままに踏みしめたことで、地面の一部が蟻地獄のように陥没し、気づけばベナクは身長の倍ほどの深さがある大穴の底でひっくり返っていた。

 イザボーが土煙を手で払いつつ、ベナクの間抜けな様を覗き下ろしてくる。


「ごめん、そこまだ埋まり切ってなかったかも……手、貸そうか?」


 頑張ってよじ登れば普通に出られる深さだが、もはやベナクは気力を失っていた。

 穴の底で惨めに這いつくばる彼に発破をかける意図なのか、頭上から聞いた名前が降ってくる。


「ベナク……アンタ、デュロン・ハザークっていう祓魔官エクソシストを知ってるかい?」

「俺もそこまで情報不足じゃないよ。俺よりだいぶ背が小さいのに、俺よりパワーがあるって聞いた。会ったこともないけど……彼、きっとめちゃくちゃモテるんだろうな……」

「まあモテるのはモテるんだろうけどさ、童貞だって聞いたよ」

「そうなのか……聖職者だしな……でも急に親近感湧いてきたな……」

「あっ、でも、あっちの方はとっくに童貞じゃなくなっちまったけどね」

「あっちってどっち!? 俺の知識不足か!?」

「どっちもこっちもないよ、憑依童貞のことさね。東の森の祭壇で、奴は穢れちまった。もっとも状況を加味して、謹慎処分で済んだらしいけどね」


 話が本題に入ったことを察し、ベナクは穴の底で姿勢を正した。

 その様子を可笑しそうに見下ろして、イザボーは酒杯を傾けている。

 ダメ男の情けない絵面は、いいさかなになるらしい。

 しかし続きを聞かせてくれるなら、ベナクの安いプライドなど即日売却である。


「ただし、引き換えに得た力は絶大だったようだ。あの〈ミレインの彗星〉〈ミレイン最強の爪〉と呼ばれたウォルコ・ウィラプスと互角以上の戦いを繰り広げ、最後は圧倒しちまったんだとか」

「マジかよ……!? 結構格上のはずだよな……? ……いや、でもそんなのズルだし……」

「そう言うだろうと思って、もう一つ、理論武装を用意してあるから聞きな。

 今、アンタが嵌まってる穴のさらにその下には地下水路が通ってるんだが、〈恩赦祭〉の日にアタシが奴をそこへ叩き落とした」

「怖……完全にプロの工作員じゃん……」

「あのときはそういう仕事だったからね。正確には奴らをだ。

 そのときのデュロンは仲間の一人……というか正確には護衛対象だが……とにかくその子と連携し、アタシの雇い主である男が悪魔憑き状態で襲ってくるところを、二対一の形で返り討ちにしたそうだ。

 いや、正確にはを含めると、実質二対二と換算して良さそうだけどね」


 話が見えてきたベナクが黙りこくると、彼の理解に比例するように、イザボーの笑みが一層深まった。


「言いたいことはわかるだろ? これからアタシはアンタの相棒バディになるわけだが、人土竜ワーモウルらしくこの狭い室内に引き篭もり、を除いてはアンタの手助けをしないから、公平性は崩れないって寸法なわけよ。

 もっともそれは相手が二人の場合で、三人がかりで来たらアタシも出るけどね。

 やっぱり喧嘩は、同数揃えるのが一番盛り上がるからねえ」


「……目的はなんだ?」


「いいところに気がつく。だが着眼点の鋭さなら、アタシらの方も褒めてほしいとこだね。

 簡単に言うと、アンタに。一番デカくて強そうというのは、そんなに変わった理由でもないと思わないかい?

 外からの介入が不可能なら、文字通り潜り込んで参加しようってわけだ。それもこうして、すこぶるこっそりだけどね。

 ああ、ただ、賭けてる連中は勝手にやってるだけだから、別に敗退したからって、アンタに累が及ぶことはないよ。逆に優勝したところで、アンタにはびた一ペリシも入らないってことでもあるけど、それは別に構わないはずだね?」


「ああ。金は問題じゃない」


「だろうさ。アンタが手に入れるのは、地位と名誉だけ。若長の肩書きと……意中のかわいこちゃんが惚れちまう、強者の称号ってやつだけさ」


「それだ。それこそ俺が喉から手が出るほど欲しいものだ」


 焚かれている香のせいもあるかもしれないが、なんだか良い気分になってきた。

 いけないことだとわかりつつ、そこに高揚を得てしまう。


 ベナクの全身に力が漲り、軽い跳躍一つで地上へ帰還した。

 神官へ傅くような着地姿勢のまま、彼がチョーカーを取り出すのを見て、イザボーは満足そうに尋ねる。


「さて、作法ではどっちが先だい?」


 彼女が手で示したカウンターの上には、小さな水盤が鎮座している。

 作法では、嵌めて唱えるのが先だ。

 ベナクはイザボーに誓いの輪を手渡して、巨大な拳を差し出し、実質的な、文字通りの意味における悪魔との契約を宣言した。


「我ら、魂の伴侶とならん!!」

「上出来だ。始めようじゃないか、アタシたちの時間ってやつをさ!」

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