第159話 存在自体が罪という死ぬべき者


「あれ……? なんだこれ、どうなってんだ?」


 一味の全滅を機に盗賊稼業から足を洗い、〈教会都市〉ミレインへやってきたドエログ・ドグロスは、まるでゴーストタウン時代を思い出したかのような、やけに閑散とした街の様子を前に、途方に暮れているところだった。


「なんか雰囲気がおかしいし、あんま誰もいねえし……戒厳令でも出てんのか? ひょっとして、俺、めちゃくちゃやべえ時期に来ちまったんじゃ……?」


 さっきは北の方にバカでかい狼のような幻影が立ち上がったと思ったら、今度は竜人と思しき連中が三つ巴の空中戦を始めた。

 ……というか、そのうちの二人に激しく見覚えがあるのは気のせいだろうか? いや、あれは確かに……。


「うおっ!? なんだ!?」


 花火でも打ち上がったのか、空でなにかが爆発したと思ったら、さっきまで宙を舞っていた三つの影が弾き飛ばされ、そのうち一つがドエログの方へ落ちてくる。

 しかもよりによって、あのワイルドな戦化粧を施したご尊顔は……。


「だぁっ、クッソがぁ! ふざけんじゃねぇぞあいつら、おちょくりやがって、ブッ殺す!」


 轟音を立てて地面を凹ませ、着地と同時に罵言を吐き散らかすのは、誰あろう、あのお方であった。

 あのお方はすぐにドエログの姿を見つけられて、破顔一笑あそばすので、不肖ドエログは揉み手してお迎えするしかない。


「おぉい、おっさーん……誰かと思えば、ドエロのおっさんじゃねぇか、あぁん!?」

「あっハイ……へへ、そーなんす、あっしっす……姐御は本日もご機嫌麗しゅう……」

「あたしのご機嫌だとぉ!? ちょうど今ホットに虫の居所が最悪なんだよっ!

 つーかてめぇ、次会ったときは玉全部潰すぞって言ったよな!?

 こんなちょうどいいタイミングで現れるってことは、憂さ晴らしに付き合ってくれる準備は万端かこの野郎!?

 歯ぁ食い縛って舌噛まねぇように死ね!!」


 会って早々めちゃくちゃ高度なことを要求しながら、半分ほど竜化変貌して飛び掛かってくる姐御に対し、ドエログになすすべはなかった。

 即刻押し倒され、地面に丸まって必死で急所を守るくらいだ。


「ひいいいっ!? やめてくだせえ、俺っちの金玉なんか潰したって、なんも面白くねえでやんしょ! もっと楽しい遊びが他に色々あると思うんす!」

「だぁまぁれぇ〜! 元はと言えばてめぇらがあの村にガチャガチャちょっかいかけてやがったから、色々あって今朝こっちに到着するのが遅れちまったんだろうがぁ〜!」

「色々ってなんすか!? さては助けた村娘ちゃんたちとエロいことでもしたんでしょ? その話聞かせて!」

「これから死ぬてめぇに、地獄の手土産として持たせてやるには贅沢すぎんだよボケェ!」

「ギャアアお助けええ! なんでもしやすからどうか命だけは! あと各種玉も!」

「この期に及んで業突く張りのクソ野郎が、命以外は……ん? 今なんでもするって言った?」

「えっ? は、ハイイッ、そりゃなんでも……ではないでがんすけども!」

「どっちなんだよ……だが、いいことを思いついたぜ?」

「はひ?」


 急に冷静になった姐御は足をどけてくださるが、むしろ一層怖い。

 姐御は容赦とかそういうのがないタイプ人なので、なにをさせられるかわかったものではない。

 しかしドエログは逃げられなかった!


「どうせ今から必死こいて探したところで、まともに使えそうな連中は全員取られちまってる。

 となるとあたしもそろそろ妥協して、それなりの駒を仕立てるべき時間なんだろうな……」

「なになに、なんの話でやんす!? 俺っち、生贄とかにされちゃう感じ!?」

「いや、さすがにそこまで酷くはねぇよ。いい子にしてりゃ、命まで失うことはねぇ。

 気が変わった。おっさんの玉潰すのはやめにしとくわ」

「やったぜ! さすが姐御、お心が広いっ!」

「ウン。で、なんだけど、代わりに玉増やしてやるから感謝しろやコラァ」

「ぎょえええ!? これ以上そっちだけ強くなったところで、俺っちに需要ないんですけど!?」

「バカ、金玉の方じゃねぇよ。おっさん、第三の眼って興味ある? 今なら無料で開いてやるぜ」

「そっち!? そっちもそっちで怖いよ! 明らかになんらかのやべえ勧誘! 額に埋め込む用のは誰のやつなの!? それも抉ったやつ!?」

「それもってなんだよ、目ん玉を抉った経験なんかねぇよ。冗談だっての。ほら、こいつを喉んとこに巻きな。ちなみに拒否権とかねぇから!!」

「ですよねー。ドエログ、いっきまーす!」


 仮にこれが隷属の首輪だろうと、おっさんは装着するしかないのだ。

 自分で命令しておいてなぜか不満そうな顔をしているラヴァの様子も、調教済みのおっさんにとってはご褒美である。


「別にどっち側から言ってもいいんだが……あたしから言うと、なんかお前に告白してるみてぇで腹が立つし、今から教える口上を、首輪着けた後で繰り返せボケクズ」

「っへへ、姐御も意外と乙女なとこドクパァ!?」

「おい、始める前から死んでんじゃねぇぞ。唱えるのはこうだ、『我ら魂の伴侶とならん』」

「えーと、こうっすね。準備完了! では、んん! 我ら、魂の伴侶とならんっ!」

「誰がてめぇと伴侶だゴラァ!?」

「姐御が言えっつったんすよ!?」


 ひとしきりド突かれた後で、ドエログはひときわ凶悪に笑うラヴァから、さらに理不尽な宣告を受けた。


「選ばせてやるよ、おっさん。あたしに殺されるか、あたしを守って死ぬかをな!」


 それはもう、どちらも本望な二択だった。




 一方同じ頃、なんとか落下途中で翼の制御を取り戻したブレントは、他の二人とはまた異なる地点に軟着陸を遂げていた。

 冷静に立ち上がり、汚れた膝を手で払う。


「やれやれ、派手にやってくれますね。とはいえ、眼前の敵に集中しすぎるのも考えものだという教訓を与えてくれたあの二人には、感謝しないといけません。そうでしょう、イリャヒくん?」


 墜落の軌跡を辿ったのであろう、追いかけてきた相棒バディを振り返ると、彼は悪びれもせずに答えた。


「おっしゃる通りですが……私は正直あれを見て、一人で爆笑していました」

「ふふ。僕は君のそういうところ、嫌いじゃないですよ」

「恐縮です。それで、ここからどうします? さっきの子たちのうち、誰かを探しますか?」

「いや、彼らへのリベンジにこだわる必要はないと思うよ。因縁というのは強いて結ぼうとしなくても、自ずと引き寄せられるものです。たとえば……ん?」


 ふと、殺しの臭いがした。

 それもいかにもド汚い、この神聖なる〈教会都市〉に相応しいとは思えない、下劣な履歴が空気中にしたためられている。


 これは一刻も早く浄化した方が、公衆衛生的にもよろしいと思われた。

 イリャヒはこのタイプの相手への感度は高くないようで、無邪気に尋ねてくる。


「どうかなさいましたか?」

「いやー、いけませんね……アクエリカ様が治めるこの街に、害虫が入り込んでいる。こっちだ、行きましょうイリャヒくん」


 なにか嫌な予感がしたため、ブレントは足を速めた。

 そしてそれはあいにく当たっていて、ドブのような気配は、かつてアクエリカが副院長を務めていたことで有名な、彼女の遍歴を語るには欠かせない聖域の一つである、聖ウラード修道院から漂ってきていた。これ自体が許しがたい冒涜行為である。


 礼拝堂の前に見知った中年の修道女が立っていて、二人の姿を見るなり、歓声に近い嘆願を発してくる。

 こういう態度を取られると、実にやる気が出る。


「ブレント様、リャルリャドネ様、よくお越しくださいました! どうかお助けください! 街の外から来たらしき不埒者が、中を占拠していまして」

「お任せあれ、シスター。事案はゴキブリゴソゴソ大行進といったところかな? 駆除する理由なら、『脂ぎっていて気持ち悪い』で十分。存在自体が罪という死ぬべき者は、残念ながら現実にいるんですよね」

「シスター、もしまだ周囲にどなたかいらっしゃるようでしたら、皆さんで避難してください」

「わ、わかりました、ありがとうございます!」

「お気になさらず。……うーん、これは競技というよりは、仕事寄りの案件かな?」

「かもしれませんね」


 礼拝堂の扉を開けると、ツンとえた臭いが鼻をついた。これを人狼に嗅がせるのは酷だと想像できる。

 腐った性根を治す方法は、死ぬまで待つというのが、回り道のようで一番手っ取り早い。


 なのでブレントはそうする。もちろん、たっぷり毒を盛った上でだが。

 薄暗い堂内の、よりによって聖像のド真ん前に陣取る生きたゴミが、開口一番、その本質を自己紹介するかのように、醜い自己弁護を垂れ流した。


「……なんだ? 文句があるのか? なんでもありなんだろ? 教会に潜んでなにが悪い!?」


 今からコレの相手をしなければならないかと思うと、ブレントは早くも頭痛を覚えた。

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