第157話 後の祭りの他にない
一方、リュージュとともに零番街を脱出したデュロンは、ひとまず見渡せる高いところへ上がろうということで、〈恩赦祭〉の二日目夕方にも来た、あまり良くない思い出のある高台に登っていた。
最初の脱落者であるタピオラ姉妹を敗退させたのが自分たちだったのでわからなかったが、他のペア同士の戦闘で脱落者が出ると、それ以外のペアに赤い蜥蜴が教えてくれることになっているらしい。
デュロンはフクサがリョフメトにブッ飛ばされるところも隠れて直接見ていたので、要らなかったといえばそうなのだが……リュージュによるとそれが他の全員に伝えられているとわかっていることも重要だそうで、彼女は市街地の上空を指差した。
「そら見ろ、もうフクサが落ちた影響が出てきた。さっそくはしゃいでいるバカどもがいるぞ」
「あー、そうか……重力気にせず仰角で、かつ飛んでる奴らを捉えられるくらい高速で撃てるのって、かなり息吹の属性が限られてくるからな……」
「それこそ光と雷くらいなわけだ。で、リラクタはフクサだけ警戒していればいいわけだから、その
「そんでそれを見たブレントとイリャヒが、これを好機と乱入したって感じか」
今、息吹による地対空射撃を恐れる必要のなくなった翼持つ者どもが、のびのびと空中戦を繰り広げていた。
リラクタ、ラヴァ、ブレントの三人が地上二十メートルほどの高さを自由に飛び回り、爪や拳、靴による交誼を図っては、
ちなみにイリャヒは大外から炎で焚きつけているのだが、あまりブレントに貢献しているとは言えない。
「……あ、イリャヒが落ちたぞ。やられたか?」
「いや、あいつ翼の保持時間短いから、バテてダメんなったか、自分で離脱したんだと思うぜ」
「そうか……わたしは空中では攻撃手段が乏しいから、あの中に混ざる気にはなれんな」
しばらく三つ巴の戦いを眺めていた二人だったが、デュロンはポツリと呟いた。
「うーん、なんだろ……なんかあいつら、調子乗っててムカつかねーか?」
「奇遇だな。わたしも同感である」
「あれって別に横槍入れられたりすんのを想定してねーわけじゃねーよな?」
「むしろしていないといけないだろうな。地上から攻撃されるのを警戒すべきという点に変わりはないはずだ」
「じゃー、それを教えてやんなきゃなんねーよな。なんとかちょっかいかける方法ねーんすか、リュージュ姐さん」
「さあ、そこで取り出しましたるは、良い子は真似してはいけない、邪悪なポプリ〜。を、今から作りま〜す」
「おっ、思ったよりだいぶヤベーもん出してきやがった。興奮してきたな」
リュージュが開陳したのは、麻薬的なのとは別の意味合いでヤベーハーブの数十種類のセットと、二つ重ねられた陶器の器だった。
器の片方が底側のようで、それにヤベーハーブを厳選して詰めていくリュージュ。
「えー、炎に雷に毒であろう。ならこれとこれと、この辺であろうか……よし、できた」
そうして、いくつか空気穴の空いているもう片方を蓋として被せ、
連中の吐く息吹に感応して起爆する設計なのだろうが、残念ながらデュロンの腕力でも、あの高度と距離は全力で投げてもちょっと届きそうにない。
が、リュージュはそこも考えていた。
「はい、続いて取り出しましたるは……あー、ちょっと待て、すぐ膨らますから。……よし、これだよこれ!」
次に彼女は、やたらもちもちした質感の蔓性植物を仕上げたかと思うと、どうやら緩衝材の役目を果たすようで、ハーブ爆弾をぐるぐる巻きにした。
雑な作業で隙間だらけだが、球形になるにつれてデュロンは思い至る。
「あ、見たことある。運動の授業でボールに使われてた素材に似てるな」
「その通り。この蔓はものすごく弾性があるから、思いっ切り蹴っても大丈夫だぞ。それでお前の脚力ならもう飛ぶことは飛ぶだろうから、あとはタイミングと狙いの方に集中してくれればよい」
「おっしゃ、やるぞ!」
「ちなみに外しても、まだあと2個くらいなら同じの作れるからな」
「それまでにあっちが解散してなきゃだけどな……リュージュ、お前の判断で合図してくれよ」
「わたしが決めるのかー。困ったなー、責任重大であるなー」
台詞とは裏腹に、ニヤニヤしつつ空中戦を見張るリュージュ。
デュロンは地面にボールをセットして、予備動作を繰り返した。
やがて乱戦を繰り広げていた三者が、三方向へ離れる瞬間が来る。
解散の流れかとも思ったが、再度中心点へ向かう気の起こりを感じた。
それを見逃すリュージュではなく、明朗な声で鋭く叫ぶ。
「今だ!」
「しゃー……らっ!!」
デュロンが渾身の力を込めて蹴り飛ばすと、ポプリボールは風もないのにグングン飛距離を伸ばし、高度を上げていく。
竜人たちはまだそれに気づかない。
リラクタが
そのド真ん中にドンピシャのタイミングで、リュージュ特製のお邪魔爆弾が到達した。
「「「!!?」」」
三人の驚く様は、かなりの距離を隔てても、はっきりと見て取れるほどだった。
直後、中のハーブが炸裂し(そもそもハーブが炸裂するというのがどういうことなのかがわからない)、砕けた陶器の破片はもち蔓が対内的にもクッションとなって飛散防止する設計だったようで、甚大な爆風と衝撃波が発生した。
それが三者を方々へ吹き飛ばし、翼の制御を失わせてキリキリ舞いさせ、別々の地点への自由落下を強いていく。
「「……」」
自分たちでやっておいて唖然としながら見ていたデュロンとリュージュは、ついに堪えきれず、地面に転がって爆笑し始めた。
「ぎゃーっはっはっはっは!! やべー、やっちまった! あいつらぜってーめちゃくちゃキレてるんですけど!? だっははははは!」
「ちょ、おま……ぶふーっ!! ぶははははは!! いや、マジでか!? 普通あんな上手くいくか!? デュロンお前コントロールすごいな!?」
「おーよ……俺は中等部でも、運動の授業でだけは英雄だったんだよ」
「そうか……ふふ……ふっくっく……あーダメだ、腹が痛い……」
涙を流して体を震わせ、地面に寝転んだリュージュは、急に静かになり、ふと感慨深げに呟いた。
「……ああ、いいなあ……ずっとここでこうしていたいよ、わたしは」
リュージュの感情を察し、彼女がなにを想定して言っているのかわかってしまったが……デュロンは気づかないふりをして、あえて茶化した。
「おいおい、今のは失言だぜ? いくらミレインが年中祭りばっかやってるアホな街とはいえ、こんな危ねーのはそうそう開催できねーよ」
「いや……はは、そうだな。あんまり長引かせても一般市民の皆様に迷惑だ。さっさと全員落として、終わらせようではないか」
デュロンはここで彼女に、本当のことを話してしまいたくなった。しかし、アクエリカに授けられたこの密命は、秘していること自体にも意味がある代物なのだ。
現時点で明かすと〈天罰〉が下り、共倒れになりかねない。
なので優勝という結果を出した、後の祭りの他にないのだ。
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