第153話 一度でいいから言ってみたい台詞といえばやはり「こんにちは、そしてさようなら」
フクサは朝早くからフミネを連れて行動開始し、この零番街に眼をつけて物色していた。
そしてこの時計塔の平らな屋上で待ち構えることにしたのだが、ただ高くて気分と見晴らしが良く、射角的に優位というだけではない。
この時計塔は奥にある短い階段を下りると、北側の建物に繋がる渡り廊下へ出る。
いざというときはフミネを逃がしてそこから援護してもらうことができるし、もっとヤバければさらに北側の地上にも階段が通じている。そういう場所を選んだのだ。
フミネは放置すると面倒だが、優先的に撃破する必要はないという微妙な存在である。
相手がどう判断するかわからないが、少なくとも迷わせたり目移りさせる効果はあると踏んだ。
そして誇り高き〈ロウル・ロウン〉の参加者に、援護要員を力尽くで脱落させる不埒者などいないということも、フクサは確信している。
差し当たり彼女は、リュージュとデュロンの次の出方を、高みの見物と洒落込むところだった。
「さあどうする!? どうやって攻略してくれる……んんっ!?」
しかし驚いたことに、彼らの判断は早かった。
目配せ一つを交わしただけで、おおよそ東西……つまり左右の二手に分かれたのだ。
しまった! これではいくら素晴らしいコンビネーション攻撃を有していても、片方ずつしか狙えないじゃないか!?
「どどど、どうしようフミネ!? どうすればいいと思う!? なあフミネ!?」
「わたしに訊かないでよぉぉ! フクサさん、考えてこなかったのぉぉ!?」
「逆に訊くが、わたしがみっちり考えて戦うタイプに見えるのか!?」
「見えないですけどもぉぉ……じ、じゃあわたしがこっちを監視するので、フクサさんはあっちを見ていてほしいわけで!!」
「わわわわかった! フミネは賢いなあ!? あとで撫でてやろうな! なあフミネ!?」
「今そういうのいいから集中してよぉぉ!? あっ、ほら、デュロンくんが!?」
「なんだと!?」
フクサが東側を振り向くと、デュロンというらしい人狼くんが三角跳びを繰り返し、早くも東側の建物屋上へ到達するところだった。
しかしここまでは結構距離も高低差もあるので、どうやってここへ渡ってくるつもりなのかは、フクサにはわからなかった。
ただ、なにか企んでいるのは間違いない。
そして現時点では、格好の餌食だ。
「フミネー! フミネーっ!?」
「フミネですけどなんですかぁぁ!? フクサさん、こちらはリュージュさんが姿を消したわけなので!」
「なんだと!? んんん、わからんがどっか死角に入ったんだろう! それより一瞬だけこっち向いて力を貸してくれ!」
「なんなのぉぉ……? ああもう、ほんとに一瞬だけなので!」
フミネがフクサに背後からしがみつき、フクサの陰から顔を出すという基本スタイルに戻ったので、フクサは調子が出てきた。
昨夜二人で考えたコンビネーションの中でも、お気に入りのやつを指定する。
「あれいくぞあれ、全部埋まるやつ!」
「わかりましたぁぁ! いつでもどうぞぉぉ!」
直後、デュロンに向かって
今、デュロンの方から見ると、フクサの体の前面全体から何十発もの朱色の極太光線が発射されているように見えるはずだ。
フミネが固有魔術〈
事実、晴れたフクサの視界では、デュロンがその場にしゃがみ込み、交差した腕でなんとか受け切った様子が伺えた。
両腕に痛々しい内出血が生じ、骨が砕けているのも見て取れる。
しかし人狼の再生能力を考えれば、それもあと数秒で完治するだろう。
なら今決めるしかない!
「フミネ!」
「はいっ!」
もはや以心伝心で、相棒は即座にデュロンの背後へ、虹色の三面鏡を展開した。
正面からの衝撃に備えて力んでいるあの状態で、後ろから押されたらどうなるか?
しかも両腕は地面に激突するまでにギリギリ完治しないだろうから、受け身を取り損ねるはず。
三階程度の高さで人狼の耐久力ならちょうどよく気絶すると見たし、喉の珠を庇う余裕があるとも思えない。
脱落確定、チェックメイトだろう!
「もらったああああ!!」
勝利の咆哮とともに放たれた光芒は……しかし、不意に視界から消えた標的を捉え損ねる。
「!?」
一瞬後、まだ照射を続けている最中である息吹の少し手前になにかが接触し、血飛沫が散った。
フクサは「判断がワンテンポ遅い」とよく言われる。
なにが起きたのか悟った彼女が、息吹を中断したときは、やはりすべてが終わった後だった。
「くっ……!」
中天を見上げた彼女は、降り注ぐ陽光の眩しさに耐えかねたように、額に左手を
そこへ両腕と左足が潰れたままの人狼が飛来し、右足で思い切り蹴り込んでくる。
鉄槌でも振りかぶったような重い一撃をなんとか受け切り、フクサはその場で構え直した。
四方四メートルほど、地上からの高さは四階程度に位置する時計塔屋上に着地したデュロンは、しゃがんだ姿勢からゆっくりと立ち上がる。
そのわずか数秒で、彼の四肢はすべてが完治しており、不敵に笑って話しかけてきた。
「よー、フクサの姐さん。カッコイイ息吹持ってんじゃねーか、羨ましいぜ」
「貴様、そのわたしのロマン溢れる素敵な息吹を、足場に……渡り廊下に使っただろう!?」
触れたものを破壊し吹き飛ばすフクサの
デュロンにとっては片足の一時損傷と引き換えに敵陣に到達するか、失敗して落下し両足を一時損傷する代わりに詰んだ状況をやり直すかという、安い賭けに過ぎなかったのだろう。
ただ体が頑丈なだけでここまで無茶が利き、相手に迫られた択の中から抜け出せるとは恐れ入る。
とにかくここまで接近を許したからには、採るべき施策は一つだ。
「フミ……あれ!? フミネは!?」
いつの間にか抱きつかれる感触が消えていると思ったら、小さな相棒が忽然と消えていた。
デュロンが若干呆れつつも、律儀に行方を教えてくれる。
「俺がこっち跳んでくるのと同時に、あっちの階段から逃げてったぞ」
「なんだと……!? なんっ……て賢い子なんだ! 自己判断が冴えてるっ! 後でお菓子を買ってやろう!」
「あ、そこはそういう認識なのな……確かにこっちとしても、逃がしたら逃がしたで厄介だ」
「だろうとも!? ……ん? 見ていたのなら、なぜ追わなかった?」
デュロンの笑みが凶悪に深まり、突き刺す無数の針のように剣呑なオーラを垂れ流してくる。
「そりゃ、姐さんよ……アンタを倒せば、フミネも自動的に落ちるからだろうがよ」
しかしその殺気がブラフだと、なぜかフクサにはわかった。
頭が良くないことは自認しているが、同時に勘が良いことも自負しているのだ。
「!」
生じた閃きに従い、フクサが前のめりの姿勢になると、うなじの筋肉が風を感じて、寒気が背筋まで下りてくる。
振り返ると、まだ半分翼を広げたままのリュージュが、悔しげな顔で蹴り足を戻すところだった。
「くそ……相変わらず反射速度は光そのものであるな、フクサ!」
危なかった! 地上から一気に飛んで登ってきたリュージュの上段蹴りは、フクサの首に後ろから足の甲を巻きつけるようにして、靴先で喉の珠を砕くべく放たれたものだったのだ。もう少しで一発敗退させられていたところだ。
そして二人に対しそれぞれ半身を向けるよう構え直そうとして、フクサは……これも「ようやく」なのだろう、自らの足元に気づきが及んだ。
「んんっ!?」
デュロンに向かって脚を開いて対峙した姿勢で、彼女はブーツの足首までが、頑丈な蔓性植物に雁字搦めに縛りつけられている!
フクサは脚力にも自信があるのだが、単純な引っ張り強度なのだろう、ビクとも動かない!
フクサはリュージュがどこでなにをしていたかを理解した。時計塔の屋上から死角になる地点に隠れていたというところまでは合っているだろう。
デュロンが囮としてフクサとフミネの眼を引いている間、リュージュはそこで、手持ちの蔓性植物を地道に
フクサの
完璧にタイミングを合わせて放たれたデュロンとリュージュの挟撃に対して、フクサの取れる対策は……一つだけあった。
「ああああっ!!」
威力を絞れないなら、いっそ絞らなければいい!
フクサは躊躇いなく顔を伏せ、真下に向かって
「ぐおっ!?」「なにっ……!」
蔓草の一掃とともに、自分の爪先もちょっとだけ削ってしまい、めちゃくちゃ痛いが我慢する。
フクサは時計塔の上部を丸々爆破することで拘束状態から脱出し、朱色の翼を展開して地上へ降下した。
余波だけで吹っ飛ばされたリュージュとデュロンも同じく屋上から滑落し、前者はフクサと同じように、後者は持ち前の耐久力で強引に着地する。
「「「…………」」」
フクサとデュロンの自己再生が終わる。
フクサは南側の建物を背にして、今度こそ二人を同時に相手取る姿勢で、どっしり構えた。
「仕切り直しだな。二対一など気にするな、どっからでもかかって来い!!」
勇壮な言葉とは裏腹に、フクサの筋密度の高い脳の中では、純粋な近接格闘における格付けがおおよそ済んでいる。
フクサ自身とデュロンはほぼ同格、リュージュが二者にやや劣るという感じだろう。
なるべく同時に相手をしないよう気をつけさえすれば、やってやれないことはない。
それにこの位置取りなら、逃げたフミネの援護も期待できるという計算もあった。
我ながら今日は結構冴えているよな!? というフクサの自画自賛は……しかし、二人の反応によって中断された。
「「ッ!?」」
リュージュとデュロンは恐怖の表情を浮かべて、またしても左右に分かれて逃げていったのだ。
しかも動き出す直前、二人の背後にはそれぞれ、フミネの〈共有幻想〉によって『逃げて!』と光る文字が表示されていた。
這う這うの体で尻尾を巻いた二人を、フクサは複雑な気分で見送った。いきなりなんだというのだ。
この段になって実力差を思い知り、撤収したとでもいうのか? フミネの信号がそれを後押ししたとでも?
……いや、ちょっと待て? フミネが彼らの背後に表示した文字は、彼ら自身には見えない。
では、あれは誰に向けたメッセージなのかというと、考えるまでもないことにフクサは気づいた。
不意に背中に冷気を感じて、フクサは背を向けていた南側の建物を振り返る。
彼女はそれが脅威の予兆であり、同時に純粋な温感の所産であることを知る。
「むふん」
「むむっ」
屋根の上には子供が二人。
片方は同胞であるおちびの雪ん子、リョフメトである。
そしてもう片方は長い黒髪に黒い眼の、そちらも小柄な少女だが、なにやら氷でできた大きな器具を、旗のように掲げている。
あれは武器ではないが、絶対にヤバいものだ。
リョフメトは、完全に獲物を捉えたときの冷酷な瞳を悪意剥き出しで細めて、いつも里で会うときのように気さくに挨拶してきた。
「やっほーフクちゃん、元気?
そして、お疲れ様でしたあ♫」
ガキどもがろくでもないことをしようとしているというのには、さすがのフクサにもはっきりとわかってしまった。
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