第152話 動物さんたち、力を貸しておーくれっ!
建物の陰から顔を出し、デュロンは改めて女を観察した。
リュージュに事前に聞いていた特徴から、それがフクサという名の女だと思い当たる。
目測で身長は180センチ程度あり、体重や筋量はデュロンと同じか少し下くらいだろう。
リョフメトのものにやや似た露出度の高い戦闘服に身を包んでいるが、能力の関係ではなく、単にバキバキに割れた腹筋を見せつけるためにああしているのだとか。
総じてバカというのがリュージュの評価だったが、
距離で減衰するらしいので、至近に迫ればなお要注意だろう。
そして攻撃速度も問題である。いくら魔族の運動能力が高いと言っても、破壊光線を見てから避けることはかなり難しいため、
かつ、問題はもう一つあった。
「なあ、リュージュ……」
「ああ……いるな」
フクサは戦闘服の上に申し訳程度に上着を羽織っており、風で靡くその裾に隠れるように、フードを被った小柄な人物が、大柄な彼女の背後にしゃがみ込んでいるのだ。
顔は不明瞭だが、フードの奥の首元に、朱色の光がチラリと見えた。疑いなくフクサの
光芒の煽りを受けて辟易し、壁際にしゃがみ込みながらリュージュが指摘する。
「フクサのことをバカだと言ったが、あいつは光使いのくせに思考がワンテンポ遅いだけでなく、妙なこだわりを持っている。
なんというか、意味のない独自の
たとえばあいつは昔、『わたしがわたしの代の〈ロウル・ロウン〉に出るときは、相棒は名前が自分と同じ、イニシャルがFの奴としか組まない!』とか言っていたな」
「ハッタリじゃねーの?」
「逆に訊くが、あれが日常会話に罠を仕込むタイプに見えるか?」
なにか叫び始めたフクサの声に対して、リュージュが指で示してみせる。
「どうしたどうした!? 勇者たちよ、奮い立て! この旧市街は実に美しい古戦場だな、さしずめ強者どもが夢の跡と言ったところか!? 最高のロケーションに相応しい闘いを繰り広げようじゃないか! さあ! 今すぐ! ショー! タイム! を! 始めよおおおうっ! よし始めよう!」
「……んー、わかった。ねーな。むしろあいつそのうち血管切れて死にそうで心配になるわ……」
「ついでに言うと、ああして自分の思い込みで勝手に盛り上がるタイプだな。旧市街でもなければ古戦場でもないのだが……言って聞くまい。面倒だからさっさと落としてしまいたいな」
リュージュの言に頷きつつも、デュロンはもう一度フードの人物を盗み見る。
「それはそうだが……やっぱあの
「うむ。……ん? なあデュロン、この前イリャヒとソネシエが護衛に行っていた屋敷の執事が、確か名前をフク……」
答え合わせでもするかのように、紫電が一筋飛来して、デュロンの靴先のかなり際どい手前に着弾した。
完全に無音で、かつ落雷に伴う独特の異臭がしないことに、彼は違和感を覚える。
「まずいな……いずれにせよ雷霆系なのは間違いなさそうである……」
「いや、ちょっと待て。なんか変だったぞ。たぶんこれは、当たっても大したダメージはねーと思う。それよりフクサの
「ふむ……わかった。お前がそう言うのなら、そうしてみよう」
デュロンとリュージュはフクサたちに向けて、横から近づけるよう、慎重に移動し始めた。遮蔽物となる建物の切れ目に差し掛かったところで、案の定フクサが
「そこだああああ!!」
彼女の
事実、フクサの顔の向きと口の動きさえ見ていれば、狙いもタイミングも結構読める。
今、自分に向かって撃ってくることを察し、デュロンは予測射線上から横移動で回避を試みた。
「デュロン!」
リュージュが叫んだが、彼女も注意喚起で名前を呼ぶのが精一杯で、具体的に指示する余裕がなかったのだろう。
「うおっ!?」
正面から飛来した光線は、確かに避けたはずだ。しかし、なぜかデュロンの背中を斜め後ろから銃撃でもされたような激痛が襲い、前のめりに転ばされることになった。人狼の筋密度がなければ、肉が抉れていてもおかしくない威力だ。
「……なんだこりゃ?」
慌てて後ろを振り向いたデュロンの眼に、奇妙なものが映った。彼を背後から囲うような形で、かなり大きな三面鏡のような形をした、たとえば結界石の隔壁なんかともまた質感の異なる、虹色に輝く光の壁が展開されていたのだ。
リュージュに腕を掴まれて建造物の陰に引きずり込まれると、それはなにごともなかったかのように消滅した。
おそらく、相手……フードの人物の視界内にあることが、それの発動・維持条件なのだろう。
「大丈夫か?」
「ああ……でもこれ、結構効いたぞ。あんま何発も食らうわけにはいかねーや……」
どういう仕組みか知らないが、あの虹色の光でできた衝立には、フクサの
それをまるで逃げ道を塞ぐように、背面に設置されたのではたまらない。
「背面……」
ふと気になることがあり、デュロンはすぐに腰を上げる。
「ちょっともう一回だけ、試しに避けてみる」
「……わかった。無理はするなよ」
すでに集中し始めていて答える余裕がないため、彼は無言でもう一度建物の切れ目となる十字路に走り出て、フクサを手振りのみで挑発する。
うるさくて眩しい返事が飛んできた。
「いい度胸だあああ!」
デュロンは今度は横移動でなく、光線が足下を素通りするように……かつ背後にあるであろう三面鏡を体当たりで壊すつもりで、横回転しながら後ろへ向かって跳んだ。
結果、デュロンは三面鏡に触れることなく、なにごともなく着地した。しかし虹色の三面鏡は、振り返るとやはりそこにある。
そして地面には反射されたらしき光芒息吹による破壊痕が、やけに不自然な角度で穿たれていた。
「……!」
デュロンの頭にあった疑念が、確信に変わった。次の一発を口腔に湛えるフクサを見て、彼の取った対応は跳ぶでも走るでも、防ぐでもしゃがむでもなく……光の砲口に背を向けることだった。
「なっ!?」
フクサが狼狽とともに吐き出した光芒が、しかしデュロンに届くことはなかった。
衝撃音を耳にした彼が振り返ると、破壊痕が生じているのはまたしても地面だが、今度は入射角から素直に反射された角度で亀裂が生じている。
これではっきりした。この三面鏡は任意の空間に設置できるわけではなく、彼女が視認した人物に対し、背後霊のようにくっつける形となるのだろう。
なので対象となるデュロンが彼女たちに背を向けると、裏面で光芒を跳ね返す防壁として機能してしまったのだ。
そして、その使い手が誰なのかもわかる。
「なんか聞いてた話とはちょっと違うが……相手の背後に幻影を映し出す、名前の頭文字がFで、変な奴にナンパされがちっつったら、お前っきゃいねーだろ……」
フードの下で怯える瞳に向かって、デュロンは人差し指を突きつけ、最近ときどき寮に遊びに来ている、彼女の名を呼んだ。
「よーフミネ、どーしたよ? そいつにスカウトという名の拉致でもされちまったか?」
「……そ……」
言い当ててもらうのを待っていたかのようにフードが外され、切り揃えたライム色の髪と、隈の消えないオレンジ色の眼、そして首元で光る朱色の珠が露わになった。
小柄な
「そうなのぉぉ……! デュロン、くん……聞いてほしい……! わたし、なんにも悪いことしてないのに……ただ仕事で能力使ってただけなのに、気がついたら眼をすんごいキラキラさせてるこの不審者さんがかぶりつきで見てて……!
しかもなにか、最近聞いたことのある喧嘩祭り? に参加して、相棒? になってくれ、みたいなことを言われて……いや、わたし戦えないんですけどぉぉ! って言っても聞いてくれないし……!
勝手に家来て泊まってくし、ごはんをおかわりするし、ママは友達だと思ってるのか全然止めてくれないし……理由を聞いても『波長が合った』の一点張りだし……気がついたらここにいたっていうのがわたしの認識なわけなので……!」
デュロンは純粋な同情で嘆息しつつも、伝えるべきことは伝えておくことにした。
「災難だったな。でも参加しちまってるからには、その固有魔術を全力で使いまくった上で敗退しろよ。これ、手を抜いたら死ぬシステムだから」
「!!?」フミネの表情筋が半笑いのような状態で凍結した。「なな、なんでなのぉ……!?」
「いや、俺も昨日聞いて引いたんだが、なんかそういうことだから、頑張ってくれ」
「うそぉぉ……!? ていうかフクサさん、わたしそんなの説明されてない……!」
「ん? あー! 言ってなかったかもしれない! すまんな! あっはっは!」
「もうやだぁこの人……おうち帰りたいぃ」
しくしく泣き始めるフミネと肩を組み……というよりどちらかというと脱力する彼女を抱き留めながら、フクサはやたら誇らしげに語る。
「いやー、まっことミレインは素晴らしい、異能の坩堝だな! こんなにもわたしにぴったりの相棒が見つかるとは思わなかったぞ!? なあフミネ!? わたしたち、魂の伴侶だよな!?」
「違うんですけどぉぉ……確かに、勢いに流されて言ったけど、撤回したいんですけどぉぉ」
「あはは、残念だったな、それはできん! お前はもうわたしの色に染まってしまったのだからっ!」
「こぉわぁいぃよぉぉ……変な意味に聞こえるからぁぁ……ソネシエに誤解されたくないぃ……」
「まあそう言うな! おい聞いてくれリュージュ、そして人狼くん! フミネは口ではこう言っているが、実際はまんざらでもないんだ!」
「その言い方いかがわしいよぉ……!」
デュロンとリュージュがシラーっとした眼を向けると、フクサは慌てて弁解し始めた。
「……ちょっと待って? なんだその、いじめの現場を目撃しているような顔は!? 違うからな!? 昨夜わたしたちは意気投合した! わたしも彼女の能力から多大なインスピレーションを受け取ったが、彼女の方もわたしが庭で放ってみせた輝かしい光芒を見て感動してくれたのか、彼女の固有魔術〈
これぞ相乗効果! 互いを高め合うまさに魂の伴侶! そしてわたしたち二人だけが可能とする! 光の! イッ! リュー! ジョンッッ!!」
仰け反ってビクンビクンしだしたフクサの奇態を見て、フミネはただただドン引きしている。
「うぅぅこわいこわいこわいこわいぃぃ……山育ちの人ってみんなこうなのぉ……? 脳の茹で上がる沸点が低すぎるよぉ……陽のオーラやめて……陽の者すぎて眩しさで干からびるぅぅ……この立ち位置わたしみたいな一般キノコには重すぎるよぉぉ……ソネシエ代わってぇぇ……」
固有魔術の覚醒……。そういうことがあるという話は何度か耳にしたが、このケースはフクサの言うようなソウルどうこうというか、いきなり庭でブッ放されて命の危機を感じたフミネのリミッターが外れただけなのではないだろうか。庭で放つな。
しかし原因を究明したところで、脅威の質が変わるわけではない。
先ほどデュロンの背後に展開され、フクサの息吹攻撃をアシストした三面鏡はおそらく、フミネが相手の背後に任意のイメージを投影できるようになったという証左なのだろう。
しかしそれだけではその前に飛んできた、無音で無臭、そしておそらく無威力な紫電の方は説明できない。
「さあフミネ、とくと見せてやれ! お前の新たな力の精髄を!!」
フクサの宣告を受け、狙いを散らしてデュロンに的を絞らせないためだろう、リュージュも壁の陰から出てきて、彼に並び立ち身構える。
フミネは怯えつつもやる気がないわけではないようで、おそらくは閉じてしまいたいであろう眼を逆にカッ開き、半ばヤケクソで細腕を振った。
「ごめんなさいぃぃ!! わたし死にたくないのでぇぇ!!」
途端、フミネがデュロンたちに向かって、炎や氷、風や雷、あらゆる属性の魔術攻撃……に見えるものが次々に放たれた。
凄まじい視覚効果を伴って二人や地面に直撃するが、それらもやはり幻影に過ぎないため、音も匂いもダメージもない。
そして降り注ぐ贋物魔術の雨を裂いて、本物の
狙いは……方針をフミネと合わせて、反応を見るハッタリの意味が強いのだろう、デュロンとリュージュのちょうど真ん中だ。
デュロンが脇を通過していく光芒を眼で追って振り返ると、今は背後に虹色三面鏡は設置されていなかった。
どうやら空間上に飛ばしてくるタイプの幻影と、背後に設置してくるタイプの幻影は、それぞれ別の技であり、少なくとも今のフミネは、二つを同時に展開することはできないようだ。
「ほう……タネが半ば割れているとはいえ、
フミネ、次行こう! 次、あれやってくれ、動物さん大パレード! わたしあれ好きなんだ!!」
「いいけど、やる前に演目バラすのやめてよおぉ! 驚き半減しちゃうでしょぉぉ!?」
しかしそれでもなお、デュロンとリュージュを瞠目させるのに十分なパフォーマンスが発揮された。
フクサが予告した通り、猫や犬、羊や兎など、さまざまな動物の幻影が空中にどんどん形成され、地上に向かって
質量も実体もないとわかっているが、石畳に激突すると光の粒に還ってしまうのは、なんだかグロテスクで可哀想に思えてしまう。
これだけだと先ほどと同じ目くらましにしかならないが……と思っていたら、すぐにその真価が発揮された。
「動物さんたち、力を貸しておーくれっ!」
ふざけたことを言いながら放たれる、フクサの
いまだ空中を飛んでいる動物幻影たちを、新しい星座をでっち上げるようにデタラメに中継する形で、まったく読めないめちゃくちゃな軌道を描き、まるで反応できていないリュージュの頰を掠めて、背後の地面に着弾したのだ。
絵面がわちゃわちゃしすぎていてわかりにくいが、一つだけ確実に言えることがある。
フミネの〈
光の触媒となるのか、光そのものを操っているのかはわからないが、そういう性質を持つ幻影系固有魔術なのだ。
「ちっ、外れたか……。まあ問題はない。フミネ、次で修正してくれ」
「了解なので……!」
フクサはふてくされたように髪をいじっていたが、フミネの返事を聞いてニヤッと笑い、愉快げに両腕を広げてみせ、デュロンとリュージュには相棒には見せない、獰猛な嗜虐を向けてくる。
「おいおい、なんだそのシケたツラは? 祭りなんだから派手にやろうじゃないか? 花火の打ち上げならわたしたちに任せて、お前たちは騒ぎ、歌い、そして我々の掌の上で踊れよ。
楽しい〈ロウル・ロウン〉にしようじゃないか。なあ、同胞?」
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