第150話 殺伐とした街に新たな天使が降臨!


 一方、チャールドとイリャヒの追撃から逃げ果せたリョフメトは、ラヴァリールとともに建物の陰に隠れ、乱れた息を整えていた。


 というかあいつら、普通に足が遅い。追い込んでいるのかとも思ったが、どうやらなにかを仕掛けてくる感じではないようだった。


 そんなことより今のリョフメトは、自分を庇ってくれた幼馴染の容態が心配だった。


「ラーちゃん、さっき変なの刺されてたけど、平気なの?」

「ん? あぁ、これか」


 肩に刺さったアンプルを引き抜き、地面に落とし踏み潰して、ラヴァはなんでもない様子で笑ってみせた。


「能力には相性ってのがあらぁな。実際食らってみてわかったが、確かにこいつはお前には効果覿面……つーか、あたし以外ならヤバかったな。

 ただし当然、属性が逆なら、お前しか耐えられなかったってパターンもあり得ただろうよ。

 だからそう拗ねんな、むくれんな。あのクソ眼鏡には、あたしがちゃーんと仕返ししてやっから」


 言いながら頭を撫でられて、リョフメトは嬉しいながら、複雑な気分になる。


「も、もう……またそうやって、あたしのことを弱っちい子分みたいに扱うんだから。ラーちゃんは小さい頃からずーっとそうだよね、あたし困っちゃうな」

「あれ、顔が赤いぞ? お前、まださっきのやつ残ってるのか?」

「か、からかわないでよ! 冷静! あたしは超クールだから!」


 リョフメトが照れ隠しでジタバタしていると、ラヴァが優しげな微笑みで見つめてくる。

 みんなには荒くれ者だと思われている彼女の、こんな表情を自分だけが知っていることに、リョフメトはそこはかとない優越感を抱いていた。


 しかし今回ばかりはそれも長く続かないようで、ラヴァはやがてなにも言わずに背を向け、二人だけの小さな安全地帯から出て行く素振りを見せた。

 その小さくも頼もしい手を、リョフメトは気づけば掴んで引き止めていた。


「……リョフ」

「ねえ、ラーちゃん……あたしたち、このまま一緒にやることってできないかな……?」


 こんな駄々ばかり捏ねているから、いつまで経っても子供扱いされてしまうのだ。

 それはわかっているのだが、リョフメトは寂しさが募り、声を出さずに泣いてしまう。


 流れる涙が雪の結晶と化し、はらはらと足元に落ちていくのを、ラヴァは黙って見ていたが、やがてリョフメトの肩を優しく掴み、額を合わせて言い聞かせてきた。


「リョフ、悪ぃがあたしたちも、ここで別れよう。次に会ったら敵同士だ、いいな?」


 うつむいたままなにも答えないリョフメトを置いて、ラヴァリールは日向に踏み込んだ。

 なにか言わなきゃと焦るリョフメトだが、なにを言うべきかに思い至る。

 大きく息を吸って、幼馴染の後ろ姿に発破をかけた。


「ら、ラーちゃん! うかうかしてるとラーちゃんより先に、あたしがリューちゃんを倒しちゃうからね!」


 立ち止まり、振り返ったラヴァは、いつも通りの快活な笑みを向けてきた。


「その意気だぜ、リョフ。お前こそあたしと当たるまで、他の誰にもやられんじゃねぇぞ!」


 叫ぶなり跳躍して消えた彼女の残像を、リョフメトはぼんやりと眺めていたが、すぐに動き出さなければならないことを思い出す。


 しかし、彼女は急に不安になってきた。知らない街に一人きり。暑さに弱い彼女の体がそう錯覚させているのか、実際には立ってもいない陽炎を錯視する。

 要するにこれは眩暈めまいなので、リョフメトはひとまず日陰にペタッと座り込み、自分の頰を叩いた。


「ううう……しっかりしろー、あたしー……」


 リョフメトはよく「地頭は良い」「おつむ自体は賢い」と言われるのだが、裏を返せば戦闘意欲が高まるごとに知性が若干アレになっていくという、氷系の狂戦士バーサーカーなのだ。

 そして逆に今のように頭が冷静なときは、反面、心は弱気になってしまう。


 優勝したい! という気持ちはある。しかし、現状……少なくとも目立った不利はなかったはずのリラクタは、いちごパフェおじさんとかいう妖怪を味方につけてしまうし……属性的にどうしても苦手な相手であるラヴァも、次に会ったときは強力な相棒を連れているに違いない。


「んんん……あたしのおつむちゃんおつむちゃん、あたしはどうしたらいいでしょう?」


 クレバータイムを迎えているリョフメトの脳が、分析だけは明晰にやってくれる。


 今のリョフメトに必要なのは、特殊な戦術を可能とするような、ぴったりなシナジーのある相手ではなく……。

 かと言って餌や囮、壁と呼ぶような、チャンスを作ってくれる肉弾特化の頑丈な相手でもなく……。

 そう……相性の優劣をゴリ押しで覆せるような、単純火力を上乗せしてくれる……それこそ、相棒や伴侶と呼ぶべき、片割れ的存在なのだ。


「……なんて、そんな都合のいい人がさ、その辺をフラッと歩いてたら苦労はしないよ。あーあ、あたしにもニゲちゃんヨケちゃんみたいに、お姉ちゃんや妹がいたら良かったのになあ……」


 蹲ってぼやいていると、また弱気の虫が疼いてくる。ぐずぐずと鼻をすすっていたリョフメトは……不意に強烈な魔力の放射を感じ、警戒してその場で身構えた。


 しかし、遅れて理解する。これほどの手練れが、うっかり気配を漏らして近づいてくることなどあるわけがない。こちらへ意図的に存在を知らせてきているのだ。


 果たしてリョフメトが日陰から出てみると……正面建物の屋上に、小柄な女の子が真っ黒い髪と裾を靡かせて、めちゃくちゃカッコつけた感じで突っ立っていた。


 さっき会った眼帯の男に、どことなく雰囲気が似ている気がする。女の子は、背中から魔力構造物である真っ黒い翼を広げて、ゆっくりと地面に舞い降りてくる。


 その様子は天使かと思われるほど神秘的だし、近くで見ると驚くほど美しい顔立ちをしているが……等身大の距離で出会った彼女は、やたらとまごまごしていた。


「あの、ええと……」

「な、なあに……?」

「……むっ……むむ」


 たぶん、知らない人に一対一で話しかけるのが、あんまり得意ではないのだ。

 リョフメト自身も平常時はそうなので、わかる。


 しばらく小さな手をわちゃわちゃしていた女の子は、言うことがまとまったようで、情熱的な瞳でリョフメトをじっと見つめ、薄い唇を再び開いた。


「単刀直入に提案する。わたしをあなたの相棒バディにするというのは、どう……」


 自信なさげに消え入る語尾が、しかし今のリョフメトには、この上ない頼もしさで響いた。

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