第147話 しなやかなこの手に魔弾を
一人に一つしかなく、撤回も変更も利かない外部協力者作成権を、今この場で使う決断を下せと?
しかもよりによって、いちごパフェ代を払うかどうかという、クソどうでもいいちっちゃな分水嶺でか? バカなのだろうか??
重ねて、相手が相手だ。もちろんベルエフという強力な男が
……優勝決定戦である最終戦、相棒同士の、一番多くの猛者たちの眼が集まり、絶対に手抜きや示し合わせが不可能という、地獄の晒し者となるべき塩試合を迎える、その直前まではの話だが。
自分よりはるかに格上の者と
それを完全に把握した上で、リラクタはにっこり笑って元気に挙手した。
「はーい♡ わたし、立候補しまーす♡」
「「は!?」」
ラヴァとリョフメトが両脇から「マジかこいつ?」「ほんとそういうとこあるよね」という驚愕の視線を向けてくるのがわかるが、どうということはない、いつものことだ。
リラクタは昔から、
そして優勝が絶望的になるというのも、裏を返せば、端から優勝を狙っていなければ、いくらでも自由な立ち回りが可能ということだ。
リラクタの参加動機はどちらかというと、喧嘩祭りそのものを楽しむことにあるので、ルールや〈誇り〉に抵触しない限りは、わりとなんでもやるつもりで来ている。
「おっ、思い切りがいいね。好きだぜ、そういう女は」
「よく言われるわー。それじゃ、早速……」
早くもイチャつきながらチョーカーを差し出そうとしたが、その腕を両脇からガッと掴まれた。
「リラ、てめぇふざけんな! 考え直せ!」
「そうだよ! あたしたちの〈ロウル・ロウン〉が妖怪いちごパフェおじさんにめちゃくちゃに掻き回されちゃってもいいの!?」
「えー、ごめんなしゃーい。わたち、オムツも取れない赤ちゃんだから、そんな難しいことわかんないでちゅー。バブー」
「……やべぇこいつ、ちょっと勝てねぇ……」
「うん……十年来の付き合いだけど、ここまでブッチギリにイカれた女だとは知らなかったよ……」
「ていうかこいつ、リュージュに言われたことすげぇ根に持ってんな」
「そういう性格なんだよ。雷属性のくせに、ジメジメタイプなんだよ」
外野がやかましい。隙を突いてベルエフにチョーカーを投げつけ、おバカ二人に押さえつけられながらも、リラクタは迫真の表情と声音で叫んだ。
「さあ、それを着けて! 宣誓の言葉もあなたなら知ってるでしょう!?」
「なんでこいつ悲劇のヒロインみてぇな台詞吐いてんだ!? 面の皮の厚さおかしくねぇか!?」
「追い詰められて塔の屋上で投身寸前のお姫様みたいな雰囲気出してるけど、ド汚すぎるからね!?」
なんとでも言うがいい。そしてそうこうしているうちにベルエフがチョーカーを着けて、野太い声で朗々と宣誓した。
「我、魂の伴侶とならん!」
「ぎゃあっ!? やりやがった!?」
「本当にやりやがっちゃったよ!」
力が抜けた二人を押し退け、なにごともなかったかのように微笑んで、リラクタはさっそくいちごパフェを
優位に立った上での、冷たい甘味の心地良さといったらない。
「ほら、ラヴァとリョフも、アイス溶けちゃうから早く食べなさい?」
「おかんかよ……」
「それも闇のおかんだよ。おかんが悪女とか嫌だよあたし……」
「うるさいわね。はい、ベルエフさん、あーん♫」
聖職者だしそういうのは、とでも断られるかと思ったのだが、リラクタの
よく見ると授けた珠の輝きは、彼の眼と色合いが似ている。元々相性が良かったのかもしれないと、リラクタはなんだか嬉しくなった。
「どう、おいしい?」
「美味いな。そして、こういうのも悪くねえ。娘ができた気分だぜ」
「敗退までに嫁と言わせてみせるわー。ねえ……? 病めるときも健やかなるときも、えーと……なんか色々あって若干アレなときも、いい感じにアレすると誓いますか?」
「大事なとこが全部フワフワすぎるだろ。そして、俺はいちおう聖職者だし、そういうのは言葉の上でも遠慮しとくわ。むしろ神父さん寄りだから、そういうのに立ち会う側なわけでね」
「うふふ、そこが一線なのね……いいわ、ビジネスライクにやりましょー」
上目遣いで頰を赤らめてみせ、大きな胸を両腕でギュッとやるという、地元の同年代の男が相手なら2億%落とせるやつをやってみたのだが、大人の
元から恋愛や結婚に幻想を抱いていないリラクタにとって、付き合いやすい相手のようで助かる。
一方、出遅れた負け犬どもが
「ちくしょう! だがせっかくだからいただくぜ! うめぇなこのいちごパフェの野郎!」
「あーもー、がっつかないの。ていうかラーちゃん食べるの早っ!」
「うう、あたしも
「リョフちゃんは氷属性なのに、なんで冷たいものに弱いのかしら……?」
「おかん、そこのいちごソース取ってくれ」
「あなたはおかん呼びやめて!? あといちごオンいちごはどうなの!?」
あははうふふと戯れる、戦士たちに束の間訪れた休息はしかし、やはり束の間だったようで、店内へ颯爽と舞い込んだ、生温く薄気味の悪い隙間風によって中断された。
服は漆黒、オーラは薄闇、珠の光は藍色だ。
どこまでも暗色のその二人組は、装いだけは紳士気取りで、ただし隠し切れない狂気を纏って、降り注ぐ安穏な午前の陽光を遮り、早すぎた死神のように、陽気に靴を鳴らして訪れる。
眼帯の男を後ろに控えさせて、眼鏡の男は人狼の椅子の背に触れ、囁くように伺いを立てた。
「こんにちは。相席いいですか?」
ベルエフは首だけで振り返り、いちご味のウエハースを勢いよく噛み砕きながら、彼らに対しても絶対に譲れない一線を提示した。
「構わねえがよ……てめえらも注文はいちごパフェ以外認めねえからな!」
「なんですかその新種の圧力」
「いいからよ、イリャヒ、チャールド、てめえらもさっさと座れや!」
「機嫌良すぎて怖いのですけど……まあ、では失礼しますね?」
「おぉ、誰だか知らねぇが座れ座れ!」
「あたしたちにはもはや、これ以上怖いものなんてなーいっ!」
「うふふー、破れかぶれになっててウケるわー」
状況は混沌を増すが、リラクタはもう動じない。それは最強の相棒を得たからというだけの理由ではない。
ここはとっくに蠱毒の壺の中なのだから、今さら足掻いても仕方がないのだ。
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