第145話 ミレインの街角に現れた新種の妖怪
戦闘妖精はちょうど話が終わると同時に召還されて姿を消したのだが、直後にアクエリカの使い魔が現れて話しかけてきたので、タイミングを計ったのが彼女だとわかった。
『ここでの戦闘は、一段落したようね。お疲れ様。……どうかしら？ うちの部下たち、粒揃いだと思いませんこと？』
青い有翼の蛇に水を向けられ、赤い
『ごきげんよう、グランギニョル猊下。私は運営側なので、主観的なことは申し上げられないが……外ではかなりオッズが動いている、とだけ申し上げておこう』
つまり観戦している闇の金持ちどもが、それなり程度には沸いているということで……まずまずの立ち上がりだと評価されていると考えて良さそうだ。
師匠に媚を売るというだけでなく、どうせ絶対の達成条件なので、リュージュは改めて宣言した。
「ヴァルティユ様。このリュージュ、必ず優勝することをお約束いたします」
『うむ。客観的に見て、お前たちなら可能だと思うぞ。励めよ、そして不覚を取るな』
本当に単なる客観的見解なのだろうが、はっきりそう言ってもらえるとやる気も起きる。
武者震いを自覚するリュージュはヴァルティユに一礼し、ヒメキアに手を振って、デュロンの肩を軽く叩いた。
「ありがとうございます。……ではゆっくりと他の出方を見ながら、落とせる者は落としていこう。
我々は優勝を義務付けられているのだ、緒戦で死闘などやっていられん。中堅や中盤までは一方的な狩猟が望ましい。あくまで理想ではあるがな」
「お前ほんっと戦闘では頼りになるよな。んじゃ、軽く蹴散らしてやるか。ヒメキア、行ってくるぜ」
「うん！ リュージュさん、デュロン、行ってらっしゃい！ がんばってね！」
「うむ、行ってくる。……あー、ンン、今夜は遅くなーる……」
「やめろその亭主気取り、ヒメキアを束縛すんな」
頼りになるだと？ こちらの台詞だ。
……というのは口には出さず、リュージュはデュロンと二人して拳をバキバキ鳴らしながら、
寮を脱したリラクタは、周囲を気にせずデタラメに街中を走り回ったつもりだったが、とある小さな広場にて、ラヴァリールとリョフメトというあまりにも見知った顔ぶれとともに、また雁首揃えることになった。腐れ縁というのはまさにこういうことを指すのだろう。
「あらー。二人とも、さっきぶりねー」
「ほんとだよ。ていうかラーちゃんタフすぎ、気絶からの覚醒早すぎ。あたしとリラちゃんが出てきたとき、もう姿消してたからさ、びっくりしたよ」
「バァカ、あんな色ボケ野郎のヘナチョコキックが、このあたしに効くかっての。
まぁあんとき変貌で鱗出してたってのもでけぇけどな。
……さて、それはそうと……」
こういう状況になった以上は言うまでもないことだが、ラヴァはあえて口火を切ってくれる。
「いくら相手がお前らとはいえ、さすがにこれ以上つるんでると姉ちゃんに怒られそうだからな。やることはやっとこうや、ここらで。手加減なんざ期待すんなよ」
「まあね。いずれにせよ優勝を狙うなら、互いに大きな障壁となることは間違いないわけだし、ある意味では天の配剤ではあるかも」
「里の訓練では散々やり合った仲だけど……これを機会に、もう一度はっきり序列をつけておくというのも、悪くはないかもね」
これ以上はこの三者の間に、余計な言葉は必要ない。
語るべきことは拳が靴が、爪が鱗が、そして
三属性の魔力が三つ巴で相克し、爆発しそうなオーラ同士がそれぞれ限界張力に到達したとき……不意になんらかの存在が、彼女たちの均衡を外部から揺るがした。
「！？」「誰……？」「なにか、いる……！」
それはまさに
ゆっくりと現れたその男は、小広場を席巻する空気に気づいたようで、右手で頭を掻きつつ、左手を軽く挙げながら、即座に回れ右する。
「あー、悪い。邪魔するつもりはねえんだ。元気にやんな、ガキども」
「……ッ！ 待てよ、おっさん！」
いや待つのはお前だよ？ なに呼び止めてんの？ バカなの？ 死ぬの？ と今日二回目のラヴァのこのやらかしに対し、リラクタとリョフメトは今度は声を出さずに……いや、出せずに、口パクでラヴァの背中へ念波を送るが、当然もはや手遅れだ。
さっきのギデオンとかいう奴は、あくまでこの三人やリュージュやデュロンと実力的にほぼ同列だったので、結果的にああして良さげなマッチアップに落ち着いただけだ。
だが……長い黒髪を馬のたてがみのようなソフトモヒカンに整えた筋骨隆々の大男が今、ほんのわずかでも本気の敵意を湛えた眼光を振り向けてくるに際し、寒さには滅法強いはずのリョフメトは震えが止まらなくなり、リラクタに至っては危うく本当にオムツが必要になる一歩手前まで行った。
そして言い出した手前引っ込みがつかなくなったようで、常にない滝のような汗を流しながら、ラヴァリールは精一杯の挑発を口にする。
「やろうぜ、喧嘩をよ。袖振り合うも他生の縁って東洋のことわざをよぉ、うちのニンジャかぶれに教わったんだよ、あたしは！」
「んー、鎧袖一触の間違いじゃないのかな……」
「バカが半端な知恵つけると、これだから……」
「うるせぇよ！？ そして悪ぃが、またしても予定変更だ！ お前ら、もうちょっとだけ付き合っていけよ！ こいつを狩るのは骨が折れるって、見りゃわかんだろ！？」
リョフメトもリラクタもため息を吐くしかない。見りゃわかんなら仕掛けんなとまず言いたいが、この跳ねっ返りを放っておくと自滅まっしぐらだ、それはさすがに面白くない。ここまで含めての腐れ縁なのだろう。
こちらの心は決まった。そしてあちらも売り物を買う気はあるようだ。
「俺は構わねえが……先に一つだけ言っておくぞ。俺は今からそこの路地を抜けた先にある〈喫茶ニルヴァーナ〉へ行くところなんだが……」
「へっ。こんな時間にブランチたぁ、優雅なご身分じゃねぇの。羨ましいね！」
「ちげえわバカ野郎。俺は今日、朝早くからずっとデスクに縛りつけられてんだ。午前のおやつくれえ許されてしかるべきだろ」
「なるほど、ティーブレイクでも洒落込もうってのか」
「それもあるが……ま、山育ちのお前らには都会の流儀は難しかったかもな」
「なんだと！？ バカにしやがって！ じゃあ教えてくれよ、田舎モンのあたしらによ！ ご立派なミレイン市民様は、いったいなにをご注文あそばすつもりなのかをよ！？」
これ以上意味もなく煽るな！ という他の二人の願いは届かない。
そして、わざわざ調べずとも三人ともが知っている、〈教会都市〉ミレインを守る砦の一角、ベルエフ・ダマシニコフは深いオリーブ色の眼をカッと見開き、怪獣のごとき面相で喝破した。
「決まってんだろ……
「うおおお！ 赤い果実への到達を賭けて戦うなんて、
「わかってんじゃねえか、ガキのくせに！」
「うるせぇぇガキじゃねぇわぁあ！！」
「「えーっ……」」
最後の最後でどういうつもりでかかっていけばいいのかまったくわからなくなった。
思っていたのとは別の意味でヤバいおっさんに関わってしまったことで、リラクタとリョフメトの心には、早くも後悔ばかりが満ち溢れていた。
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