第143話 三者三様三色三光


 まずは様子見だ。ギデオンは空間踏破能力を使って前進し、ラヴァの生意気なツラ目がけて右上段回し蹴りを放った。


「オラッ!」


 しかし左上段蹴りを合わされ、足甲同士が噛み合う形で食い止められる。

 強引に弾いて放した反動を利用して左中段蹴りを放つが、これもラヴァの右肘で防がれる。


「くぉらぁ!」

「黙って蹴れんのか」


 ガラ空きになった腹を左中段回し蹴りが襲ってきたので、ギデオンは左足を一歩引いて躱し、体を捻らず重心をそのまま前へ移動して、右中段突きを叩き込む。


「ぬぐっ!」


 これをラヴァの両前腕で挟み止められ、そのまま上体を引き込まれての、強烈な左膝蹴りがギデオンの顔面を襲う。

 視界に星がチラつくが、意識はまだ明瞭だ。


「もらいっ!」


 が、ラヴァがギデオンの右手首を掴み、彼の体軸を制御した状態で、左脇腹に右の鉤突きを放ってくるのが見えた。


 ラヴァの身長は、ヒメキアやソネシエより少し高い程度だ。体格や筋量はかなり小さいはずなのに、まるでデュロンを相手にしているような威圧感と緊迫感を覚える。これは本当に素のパワーか?


 ひとまずギデオンは次手として、ラヴァが体重を左足に踏み込んだ瞬間に、そこを下段蹴りで刈る。


「おわっ!?」


 まるで二頭のワニが互いに噛みついてデスロールを繰り出し、互いにその回転に振り回されるような形で、ギデオンとラヴァは片手を繋いだ形のまま側転し、体勢を立て直すと同時に互いの手を振り払った。


 解放された自分の腕を眺め、ギデオンは自ずと独りごちる。


「熱いな……」

「おぉっ? どうしたどうした? 女に手ぇ握られるのなんか初めてで、ドギマギしちゃったか? いい思い出になりそうで良かったな?」

「ふっ。ふふ」

「なんだその笑いは!?」

「ふふ……いや、別に。そう思いたいのなら、俺の方から言うことは特にないが?」

「腹立つぅーっ!! こいつあれだ、最近初めての彼女ができて毎日イチャイチャしまくってて、謎の全能感に浸ってるときのやつだ! その沸点間際の恋心を一思いに爆発させてやんよ!?」

「やれるものならやってみろ。お前の息吹ブレスがどれほどの獄炎をもたらそうとも、この身に燃え盛る愛の温度に敵うまい」

「お前ぜってぇ元々そういうキャラじゃねぇだろ!? ……もういい、わかった」


 ラヴァは上着を脱ぎ捨て、袖のない戦闘服から伸びる、均整の取れた筋肉のついた両腕を竜化変貌する。

 緋色の鱗で装甲がなされ、凶悪な鉤爪をこれ見よがしにギラつかせた。


「屋内だし、息吹ブレスの放出は勘弁してやる。ただしてめぇはこれ以上、このあたしの肌に触れることすら叶わねぇ。代わりにてめぇの皮膚をギャリギャリにしてやるから、泣いて帰って彼女サンのおっぱいにダイブでもかますんだな!」

「なるほど……そちらが刃物を用いるというなら」


 ギデオンは杖と手斧を抜き放ち、無意味に回転させてから構えた。


「こちらも得物を使わせてもらおう」

「上等だ!」


 二度目の激突は、凶刃同士の鍔迫り合いだった。




「ぐっ……くそ……!」


 リョフメトとド突き合いを繰り広げながら、デュロンはどこか違和感を覚えていた。


 最初の一発はほぼ拮抗しながらも、若干押していた自負があった。

 リョフメトの体格はパッと見ヒメキアやソネシエと同じくらいだが、デュロン自身がそうであるように筋骨の密度というものがあるし、体重移動などのテクニックなどで埋められる程度の差なのだと理解はできた。


 だが彼女と殴り合うごとにどんどんその打撃力で肉薄され、いつしか上回られているのを、デュロンはハッキリと認識するに至っていた。

 これでもし相手が固有魔術を獲得している種族なら、たとえば連続攻撃によって尻上がりになっていくといったような特殊な発動条件などを想定できるのだが、竜人族は……少なくともラグロウル族の竜人たちは、その手の異能は持っていないはずなのだ。


 デュロンの疑問を見て取ったようで、リョフメトはいったん距離を取り、垂れ目と垂れ眉の童顔に、リラックスした猫のような愛らしい、それでいてどこか油断のならない笑みを浮かべて話しかけてきた。


「そういえば、まだちゃんと名乗ってなかったかな? ラグロウル族の竜人戦士、リョフメト・ジャグニコフだよ。以後よろしくね」

「ご丁寧にどーも。ミレインの祓魔官エクソシスト、デュロン・ハザークだ。おたくの緋色の大将みてーな話の通じねー奴ばかりかと危惧してたんで、一安心だぜ」

「ふふ。まあラーちゃん……ラヴァはああいう子だから。あたしはお喋りも好きだからねえ、今、あなたが抱えてる悩みにも答えてあげられるよ?」

「そりゃ親切だ。早速だが、パンチ力の秘訣を教えてもらってもいいか?」

「まったく、その素直さをうちのラーちゃんにも分けてあげてほしいよ。あ、ほら、見て」


 リョフメトが横を指差したが、視線誘導の匂いは感じなかったため、デュロンは褒められた素直さを発揮してそちらを向いた。

 ちょうどリュージュが拳に息を吐きかけて、リラクタの息吹ブレスに対処するところで、デュロンとリョフメトはそれをボーッと眺めた後、互いに眼を戻した。


「やってんなー」

「やってるねえ。リューちゃんのあれは特殊な例だけどさ、普通はああいう、拳に息をはーってするやつって、なんでああするのか知ってる?」

「気合注入のためだろ? あと相手をビビらす」

「ふふ、かわいい答えで好きだよ。でも実際はもう少し即物的な理由があるんだ。

 喧嘩慣れしているあなたならわかると思うけど、手が冷えてたり乾燥してたりしてコンディションが悪いと、拳の握りが甘くなって、いまいち力が入らなくなるんだよね」


 デュロンはようやく得心がいった。リョフメトが調子を上げていたのではなく、デュロンの調子が、リョフメトに触れることによって落とされていたのだ。リョフメトの口角がますます上がった。


「あたしに触れると火傷するぜ! がラーちゃんの謳い文句なら、あたしはこうかな。

 あたしに触れると、凍傷起こすよ!!」


 言うや否や、リョフメトは素早く吸気し、固有の息吹ブレスを放出してくる。


「おわっ……!?」


 デュロンが慌てて後方空中回転で回避したが、リョフメトの攻撃範囲内だけ、調度が眼に見えて衣替えを起こしていた。

 糖衣をまぶしたように霜が降り、ソファの革はまるで新しくふわふわの白い毛が生えたような様相で、木製のミニテーブルには亀裂が生じている。


 見た目の美しさや静謐さとは裏腹に、かなり強力な冷気攻撃である。


 リョフメトは上着を脱ぎ捨て、袖のない戦闘服を披露した。だがそれはタピオラ姉妹やラヴァやリラクタのものよりも露出度が高く、どちらかといえばドヌキヴが着ていた謎の似非イースタンスパイスタイルに近いデザインをしている。

 お腹や脚などがかなり剥き出しなのだが、明らかに「触れたら危険(迂闊に触って凍れ)」を意図したものであることがわかる。


 笑みはそのままに、リョフメトはしっかりと構えを取ってきた。


「こっちの自己紹介の方が、正式かもしれないね。あたしは霜雪息吹フロストブレスを肺に持つ、竜人戦士のリョフメトちゃんでーす。拳をしっかり固めるか、足技への移行をお勧めするよ」

「アドバイス痛み入る!」


 両手の五指同士の腹をぴたりと合わせ、その肺に息吹を持たない人狼は、ただ熱の籠もった気を吐くのみ。

 応えて霜の竜人は、薄青い魔力をその身に巡らせて、音もなく距離を詰めた。


 応酬する打撃群が、凍裂のごとき破砕音を連弾した。




 この三バカ三色トリオとどこかでぶつかることはわかっていたのだが、リュージュが対策を用意できていたのは、そのうち二人に対してだけだった。

 なので、対策済みの一人であるリラクタと当たれた幸運を、彼女は全身で噛み締め、平静な対処を取ることができた。


「はあっ!」


 リラクタは牙の生えた口腔を上品に開き、裂帛の気合とともに緑色の火花……鮮烈な雷霆息吹エレクトブレスを放出してくる。

 地中を掘り進む微細な根毛のように枝分かれするそれは、光の速度で空間上に版図を広げて迫り来るため、見てから対処はほぼできない。


「うむっ!」


 なのでリュージュは、ただでさえ豊かなリラクタの胸部がさらなる膨らみを見せると同時、相手に先んじて固有の息吹ブレスを行使して、手品師のようになにもない(ように見える)両の掌から、ある種の蔓性植物を展開し、緑の網で電光を防いだ。


 攻撃の失敗を気にしたふうもなく、リラクタはまるで上等な獲物を食べ損ねたかのように、優雅だがどこか獰猛な仕草で口元を拭ってみせた。


「あらー……たった二年で、ずいぶん品種改良を進めたようね」

「まさしく。こいつは自然界にも、魔物の中にすら存在しない、耐電性に長けた特殊な薔薇でな。お前たちを迎えるにあたり、やはりこういう個別の対策がないと、あまりに心許ない」

「まるで何年も前から、わたしたちがなんらかの形で、こうしてあなたを追ってくるのがわかっていたような周到さね。しかも、完全に敵であることを想定してる。幼馴染の一人として悲しいわー」


 心にもない表情を浮かべて嘘泣きをかましてくる性悪女にも、今のリュージュなら平常心で対応できた。


「昔はお前のその芝居にも、よく騙されたものだ。はっきり言って、嫌いだった時期もあるぞ」

「ひどいわー……って、あら? 今は嫌いじゃないってこと?」

「いかにも。わたしも山を下りてから、色々な奴と付き合ってな。中でもとびきり性格の悪い狼女や、同じくらい頭のおかしい蝙蝠こうもり男とは硬軟織り交ぜ語り合い、深い仲となれた。そしてなにより……」


 まさにその二人を模した歪んだ笑みで威圧しながら、灰紫の竜人は殺し文句を吐いた。


に比べれば、お前などオムツの取れない女児に等しい。かわいらしくて頰が緩むぞ、リラクタ。なんなら下の世話をしてやろうか?」

「なっ……!?」


 いつも伏し目がちで澄ました顔をしている印象のあったリラクタが悔しげに赤面するのを見て、リュージュは冗談抜きでかわいいなと思ってしまった。


 里にいた頃は気づかなかったが、どれだけ悪女や性悪呼ばわりしてもまったく堪えない……どころか若干嬉しそうですらあった、人一倍大人びた容姿と性格をしているリラクタは、逆に小娘扱いされると怒るらしい。

 事実、言ったリュージュ自身がちょっと引くぐらい効いている。


「……し、下のお世話、ですって……? してもらおうじゃない。どれだけいやらしい指使いを覚えたか、わたしが試し……」

「おい、やめろ、無理するな。顔真っ赤なままなに言っても、かわいさが募るだけであるぞ」

「うぐぐ……!」

「なんだ……お前、そうやって必死な顔で髪を振り乱してる方が断然綺麗ではないか」

「口説いてるのか茶化してるのかわからないやつやめてくれない!? 感情ぐちゃぐちゃになるんですけど!?」

「あーもうシンプルにかわいい」

「かわいいって言うなーっ!! もう、やだ、全部切り裂いてやるから!」


 額に立った青筋すら美しい、好戦的な怒り笑いを浮かべたリラクタは、普段のしっとりした雰囲気はどこへやら、勢いよく上着を脱ぎ捨てた。


 彼女の戦闘服には、彼女の「自分は触れられたくないけど、相手には手を出したい」という本質がよく表れていて、体のラインこそ出るが露出度は低く、そのぶん竜化変貌により顕現した鉤爪が目立つ。

 あれで蔓草を剪定しようというはらなのだろうが、そう上手くはいかせない。


「はあーっ……!」


 リュージュは自分の両拳へ、順に固有の生命息吹バイオブレスを吐きかけた。

 手中に隠していた種子が喚起されて蔓を伸ばし、腕を伝って棘を立てて絞め上げ、植物質のバンテージ……いや、もはや竜化変貌で体表に張り巡らせた鱗のさらにその上を装甲する、強固な籠手こてを形成している。


 物々しい鎧の腕を掲げ、リュージュはその威容に相応しい啖呵を切った。


「絶縁破壊と洒落込むなら構わん。その暇で距離を詰めて、お前の細い顎先を優しく擦ってやる」

「絶縁破壊というのも、まどろっこしい二重否定に聞こえるわね……どうせなら復縁のお守りでも結い上げてくれないかしら? 花言葉で言うなら、ニチニチソウやゼラニウム、ローダンセなんかはいかがかしら!?」


 目に見えて狼狽しながらも、煽り返せる意気には素直に心服する。

 だが地元の連中との仲直りは、ここでは里帰りを意味してしまう。

 だから相棒バディの口調に仮託して、リュージュは思い切り拒絶を吐く。


「やなこった、であるな!」

「その絶縁を、わたしの手で破壊してやるわ!」


 期せずして放たれた、そのカッコよすぎるキメ台詞を打ち破るべく、リュージュは悪縁切りの黄色い薔薇で編まれた手甲を振るった。

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