第140話 ゼロという数字に詰まった無限の可能性


〈ロウル・ロウン〉は殺し合いを避ける、平和な喧嘩祭りではなかったのか?

 しかし例外というのがあるようで、ヨケルが口火を切った。


「なんかねー、あ、こいつ手を抜いてるなーっていうのはわかっちゃうんだって。ね、ヴァルさん?」

『わかるわかる、超わかる。ほんともう見ていれば一発でわかるぞ』

「まあ俺らも少しはわかるから、単純に戦闘経験の賜物なんだろうけどよ……」


 そして肝心なところについて、ニゲルがざっくばらんに教えてくれる。


「うちらも実際見たことあるわけじゃないんだけどさ。どっかからなんかが飛んできて、それが当たって死ぬみたいだよ」

「どこからなにが飛んでくるかはわかんねーのに、死ぬのだけは確定ってどういうことなんだよ!?」

『一説によると我々竜人族の上位に座する、本物のドラゴンが下してくるとか、そういうあれもなんかあるっぽいぞ』

「ヴァルティユ姐さんよー、アンタは主催者なんだから、よく知らねーのはおかしくねーか?」

『いや、私もそれを執行する方法はもちろん知っているのだが、なんでそうなるのかはわからんのだ。ゆえに我々はこれを〈天罰〉と通称している』


〈恩赦〉や〈災禍〉と似た性質のものだとしたら、これ以上の解明はしようがないということになる。


「そんなんでいいのかお前ら……」

「いやー、でもそういうもんだし。ゴネてどうにかなるわけじゃないし」

「要はやらなければいいだけであるからな」

「とにかくデスペナだから気をつけてね!」

「軽く流されたのがヤバすぎる……でも、そもそもルールどうこう以前に、他の参加者を全員倒さなきゃならねーから、結局は実力勝負に終始するってわけだ」

「そういうことだな。わたしたちの知らないところでやられる奴も何人かはいるだろうが……そうだ。ヴァルティユ様、今回の参加者は全部で何人いますか?」

『20人だな。ちなみにすでに2人が落ちている』

「うちらのことかーっ!?」

「ていうかそれ以外ないよね!?」

『お前ら負けるの早すぎ』

「「反省のポーズ」」

「姐さん、これ絶対反省してねーぞ」

『うむ。かつ反省するなら修行しろ』

「「げーっ」」

「こいつらと同じレベルの連中が、あと18人……じゃねーや、17人落ちるまで耐えなきゃなんねーってことか……だいぶきちーな。

 よしリュージュ、訓練場で対策固めるぞ」

「ああ。明日の方針についても考えたいことがあるので、それも絡めて話そう」


 師匠ヴァルティユの手前かもしれないが、今回ばかりはさすがの彼女もサボりたいとは言い出さず、汚れた食器類を水場へ運んだデュロンが戻ってくると、すでに食堂から姿を消していた。


 ヒメキアはすっかり打ち解けた様子で、タピオラ姉妹と話している。


「デュロン、食器ありがとー」

「ごちそうさま。わりーなヒメキア、あと頼む」

「任せて! それじゃあたし、後片付けをしてくるから、ニゲルちゃんもヨケルちゃんもソネシエちゃんも、ゆっくりくつろいでね!」

「ええ子やん」「うちの嫁か?」「むむ」

「あたし、食器を洗ったら、ねこあつめをしてくるから、その後みんなで遊ぼうね!」

「「ねこあつめとは」」「もぐ」

「ああ、ヒメキアは仕事が終わった後、猫たちを一ヶ所に集めて、みんな揃ってるか確認する習慣があるんだよ。それしねーと、いなくなったりしてねーか不安で、眠れなくなるらしい」

「サラッと重めのやつ掘っちゃったよ」

「なんかごめん、ノータッチで」

「ううん、気にしないで! ひまだったら、お散歩するといいかもね! 今夜は星がすごく綺麗に見えるって、あたし聞いたよ! それじゃ!」


 ヒメキアがキッチンへ戻ってしまったので、デュロンも訓練場へ向かおうとしたが……もそもそとデザートを食べるソネシエのほっぺを両側からもちもちとつついて嫌がられながら、タピオラ姉妹がにっこり笑って呼び止めてきた。


「ちょっと待って、デュロンくん」

「なんだ? つーかそれやめたれ」


 ようやく落ち着いて咀嚼できるようになったソネシエを横目に、姉妹は真剣な表情を浮かべてみせる。


「さっきの感想戦には、もう少し続きがあってね」

「裏を返せばなんだけど、うちらがきみの参戦を待たずリューちゃんに二対一で仕掛けたり、うちらの術中に嵌まったきみをさっさと脱落させたりしなかった理由ってわかる?」


 デュロンの返事を待たずに、姉妹は結論を述べた。


「答えは簡単。うちらじゃ普通にやったら二人掛かりでも、リューちゃんには勝てないからだよ」

「ていうか、うちらが知ってた頃よりもずっと強くなってると思う」

「だからさ、安心して戦いなよ。きみの相棒バディは、超頼れる女なんだぜ?」


 もっともな意見ではあるが、デュロンは思わず笑いが溢れてしまった。


「なんだ、そんなことかよ。お前らより俺のがよっぽどよく知ってるっつーの」

「うわ、ムカつく!」

「一回組んだら彼氏ヅラですか〜?」

「とても不潔。汚物は消毒」

「うるせー……つーかソネシエ、お前最近ちょっと人見知りが解消されてきてるな?」


 姉妹の間に挟まっているおちびさんは、澄ました顔で自論を展開した。


「友達は2人目からが本番……短期間で複数人得たわたしに死角はない」

「今まで1人もいなかったってのは、指摘しちゃダメなやつか?」

「む……」

「ごめん」

「フミネはわたしの原初の友達で、いわば零番目。一番目がヒメキア、二番目がエルネヴァ」

「だから友達って概念が歪んでんだよ、零番目ってなんなんだよ」


 しかし、それで言うなら……タピオラ姉妹にとってのリュージュは、今や故郷で会うことのできなくなった、いわば零人目の同胞なのだろう。

 こんな遠地に来てまで彼女を慕い、おそらくは本気で応援してくれている。


 その期待に報いなくてはならないのはむしろ自分の方だなと、デュロンは改めて優勝への意気を強めた。

 いずれにせよその先にしか、道は通じていないのだから。




 炯々と瞬く星の光の中、舞い降りた赤紫色の髪の天使が発するほんわかしたオーラを浴びただけで、ドヌキヴは明確に死から引き戻され、意識が明瞭になるのを感じていた。


 しかし全快には程遠いし、なにより喉がまだ治らない。

 今もっとも必要なのは意思の疎通なのだが、そのための力が戻っていなかった。


「……えーと、えーと……こんなときは」


 一方、猫を抱えた少女は挙動不審にキョロキョロした後、なにかを思い出した様子で両手を口元に添え、小声で叫ぶという器用さを発揮した。


「ギデオンさーんっ……!」

「呼んだか?」


 求めに応じてどこからともなく現れたのは、両の腰に裁定の杖と処刑の斧を携えた、死を司る天使の眷属……かと思ったが、よく見ると普通に赤帽妖精レッドキャップだった。

 無関心にドヌキヴを見下ろしてから視線を戻す男に、天使の少女は焦り気味で要請する。


「あのね、ギデオンさん、今からあたしがこの子を治すから、横で見ててほしいんです!」

「なるほど、承知した」


 そうか。彼女からすればドヌキヴは得体の知れない相手なので、治した後に襲いかかってくる可能性もあるのだ。

 そういうときはこの赤いのを呼んで立ち合わせる決まりなのだろう。


 妥当な措置ではあるが、ドヌキヴとしては他に懸案事項があった。

 だがどうやら不運や不幸だけでなく、救い主にも畳み掛ける性質があるようで、薄暗い庭に不釣り合いな、陽気な歌声が聞こえてきた。


「♫ゆけゆけ、タピオラシスターズ〜」

「♫夜道も藪蚊も怖くない〜」

「♫お客様の、中に〜?」

「♫悪い子ちゃんは、いませんか〜?」

「「♬それって、うちらの、ことかしら?」」

「……って、ちょっと、そこでくたばってるのってドヌちゃんじゃない!?」

「呑気に歌ってる場合じゃなかったよ!? そこのエグい筋肉の赤い人に、なんらかの意味でやられちゃったの!?」

「なんらの意味でもやってはいない。というかお前たちこそ誰なんだ?」

「ニゲルちゃん! ヨケルちゃん! あ、あのね、この子がね!」


 助かった。この姉妹は言っていることはバカだが察しは良い。

 案の定、すぐに冷静になった2人は状況を把握して、端的な質問を発してくれる。


「ドヌちゃん、その様子だと、きみはまだ相棒バディを得てないよね?」

「もうこの際、誰がどうとか言ってらんないのはわかるでしょ?」


 やはり同族だ、思考回路を理解してくれるのが一番嬉しい。

 ドヌキヴは姉妹をじっと見つめ、ゆっくりと頷く。それだけですべてが伝わった。


「ヒメキアちゃん、なにも訊かずに、うちらの言う通りにしてほしい! お願い!」

「ななな、なんですか!?」

「ドヌちゃんを治す前に、ちょっとこれを首に巻いてほしいの!」

「えっ? なに? 綺麗な珠だけど……」

「おい、俺はデュロンから、彼女の守護を任されている。怪しい行動で危ぶむのは、お前たち自身の首だぞ」


 なんだか揉め始めてしまったが、またしてもさらなる助け舟が到着した。


「いや、構わん。だな、デュロン?」

「ああ。ニゲル、ヨケル、そのまま続けてくれ」

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