第135話 黄金色のルピナスを咲かせて
くすんだ藍色の髪を短く整え、
夕焼けの逆光が眼鏡のレンズに反射し、その奥の眼からは涙が、口からは悔恨が溢れていた。
「……鳥だろうと獣だろうと、たとえちっぽけな虫であろうと、こんな……まるでもののついでだとでも言わんばかりの、通り一遍のつまらない死に方をさせられていい道理など、これっぽっちもないというのに……。
巨大な存在の、なんと傲慢なことか。もっとも僕には、本物の竜に立ち向かう力なんてないけれど」
どうやら独り言ではなく、デュロンたちに向かって語りかけていたようで、顔を上げた男は涙も拭かずににっこりと微笑み、鳩たちの死骸をそっと地面に横たえ直して、ゆっくりと立ち上がる。
そうして近づいてきて、彼は特にヒメキアのことを、優しい視線で捉えた。
「だから、ヒメキアさん……君の行いはとても尊いものだ。残念ながら、すでに手遅れでしたが……助けたかったというその気持ちに、僕は敬意を表しますよ」
「あ、ありがとうございます! で、でも、だれですか?」
ビクビクしながら尋ねる彼女の様子を見て、男は頭を掻いて苦笑した。
「あっ、そうか……申し遅れました、僕は祓魔官のチャールド・ブレントといいます。よろしくね。
ベルエフさんの部隊とはほとんど接点がないから、僕の方が一方的に君のことを知っている形になり、驚かせてしまいましたね」
「そうなんですね! よろしくお願いします、ブレントさん!」
チャールドは手を差し出しかけたが、鳩の死骸に触れたばかりなのを思い出したようで、直前で引っ込めた。
「おっと、危ない。僕の手、汚れてました」
「あ、あたし、大丈夫です! 毒とかは、全然効かないから!」
チャールドは驚いた様子で眼鏡の蔓を押し上げ、にこにこしているヒメキアをまじまじと観察した。
「なるほど、君はそもそもそういう特性なんでしたっけ。なら……これから鳩たちを埋葬するのですが、ヒメキアさん、もし良かったら、手伝ってもらえませんか?」
「わかりました! あたし、やります!」
「ありがとう。……そして、リュージュ」
名前を呼ばれた竜人はどこかぼんやりとした表情で、眼鏡の男と眼を合わせる。
「なんだ?」
「〈腐毒竜〉ガンガノム様の強力な瘴気にやられた死骸を、そのまま埋葬すると土壌汚染となる可能性が高い。君の植物で浄化してくれませんか?」
「うむ、了解した。お前には、例のアンプルの件で借りがあるしな」
「はは、気にしなくていいのに。というかあれ、本当に役に立ってますか?」
「立っているとも。ちょうどこの前も命を救われたばかりだ」
和やかに会話する二人を、タピオラ姉妹が遠巻きに神妙な顔で見つめているのが気になったが、あいつらの行動はもとよりよくわからない。
なのでデュロンは気にせず、ブレントに話しかけた。次いで、ソネシエも名乗りを上げる。
「旦那、俺も手伝うぜ」
「わたしも……」
しかしブレントは毅然と首を振った。
「いや、やめておきなさい。人狼や吸血鬼の持つ高い耐性は僕も知ってるけど、無駄なリスクは取らないに限ります。
もし万が一のことがあったら、僕は君たちのお姉さんやお兄さんに弁解する言葉を持たない。
運ぶのは、僕とヒメキアさんだけでやりますよ。リュージュ、君も絶対に手を触れないように」
そう注意して、ブレントはヒメキアを促し、二人で何往復かかけて、死んだ鳩たちを丁重に寮の庭へ運んだ。
彼は柔らかい土に道具ではなく素手で、それほど深くはない穴をいくつか掘り、鳩たちを何羽かに分けて埋葬した。
その上にリュージュが、とある植物の種を蒔き、
デュロンが視線を向けると、リュージュがどこか得意げに解説してくれる。
「こいつは、世界の魔力に感応した植物の中でも、劇物の浄化に特化した、ルピナス属の最強種でな。いかなる毒をも養分に変えて食い尽くすという怪物的な吸肥力を持つ、わたしのお気に入りの一つなのだ」
「へえ、そいつは頼もしいな」
「ああ。こいつがいれば、大体なんとかなるという代物だな。ちなみに成長すると、ややくすんだ黄色の花を咲かせる。光の加減によっては、金色に輝くように見えるということで、金花ルピナスとも呼ばれている品種だ」
「なるほど、眼にも優しいんだな」
「うむ。暇があったら、ぜひ見てやってくれ」
なぜだかうら寂しげにルピナスを見つめるリュージュの表情が気になったが、ブレントが近づいてきたのを機に、デュロンはこの場の主旨に意識を戻した。
「ありがとう、ヒメキアさん、リュージュ。では、失礼して……」
彼は鳩たちの簡易的なお墓の前に跪き、両手を組んで眼を閉じた。デュロンたちも彼に倣う。
「えーと……まあその、これはジュナス教の考え方ではないんですが、僕なりに哀悼の意を表させてもらいますね。
君たちが次に生まれてきたときには、幸せに楽しく生き、ついに死にゆくそのときまで、面白おかしくいられますように……」
祈りの言葉に偽りなどなく、彼の発する深い悲しみの匂いを、デュロンの鼻は感じていた。
誰よりも長いこと瞑目していたブレントは、やがて立ち上がり、憂いを含みながらも、努めて快活な笑みを浮かべてみせた。
「皆さん、付き合ってくれてありがとうございます。じゃあ、僕はこの後アクエリカ様に呼ばれているので、これで」
「ブレント、その前に今度こそ手を洗っていけよ」
「おっと、また忘れるところでした! 忠告ありがとう、リュージュ。それでは!」
頭を掻いておどけながら去っていく彼を見送り、手を振っていたヒメキアが、にこにこしながら口を開いた。
「ブレントさん、いい人だねー。あたし学校通ったことないけど、先生みたいな人だなって思うよ」
「確かに、教師とか牧師っぽい雰囲気ではあるな。けど……」
デュロンが口を滑らせかけたところを遮り、文脈に沿って自然に話題を変えるという、いつもながら絶妙なフォローを、もっとも冷静な15歳の吸血鬼がこなしてくれる。
「しかし、ヒメキア、彼には気をつけるべき。アクエリカの重度な信奉者は、彼女をエリカ様と呼ぶ。そして、軽度の信奉者はアクエリカ様と呼ぶ傾向がある。つまり、彼はすでに片足がずっぷり」
「そ、そうなんだ……でもソネシエちゃん、アクエリカさんも優しいから、大丈夫だよ」
ソネシエがヒメキアにアクエリカの危険性について
「リューちゃん、いいの?」
「なんか無理してたりしない?」
対してリュージュは複雑な笑みを浮かべ、姉妹の頭を優しく撫でた。
「心配してくれるのは嬉しいが、わたしはどうとも思ってはいない。そもそもその件に関して、厳密に言うとあの男に非があるわけでもないからな。
まあ、そのあたりは食堂で詳しく話そう。ほら、みんな行くぞ」
彼女の号令に従い、ぞろぞろと移動を始める少女たちの中で、育ち始めたばかりのルピナスへとリュージュが視線を向けるのを、デュロンは見た。
今回の〈ロウル・ロウン〉が何日かかるのかは知らないが、終わった頃には鳩たちの死が、新たに芽生えた命を成体へと導き、黄金色に輝く藤棚で庭の一角を彩っているのだろう。
その美しい光景を誰と見るか……委ねられているのは自分の手であることを、デュロンははっきりと意識していた。
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