第134話 こうべを垂れよ、かのものは王なり
話を終えて退室したデュロンが回廊を歩いていると、その途中でリュージュが待っていた。
なにも問わずに頷いてみせる彼女と連れ立ち、二人はベルエフに報告した後、聖ドナティアロ教会を後にする。
「つーかよ、これもう始まってんだよな? エントリーした時点からいつでもどこでも勝手にやり合えよ! みたいな、そういうことだろ?」
「ああ。だが、もう夕方だ。私闘はともかく、正式参加している以上は、基本的に昼間しか戦いは行われない。
そのあたりの理由についても、寮に戻ってから詳しく話そう」
「それはありがてーが……基本的にっつーんなら、あれだろ? ほら……お前を狙ってるあいつらが、例外として夜襲かけてくるんじゃねーの?」
「その心配はまだないよー」
「そーそー。ないない」
聞き覚えのある声に振り向くと、タピオラ姉妹がジェラートを舐めながら通りすがるところだった。
再生限界に到達する前に決着がついたので、ピンピンしていることに違和感はないのだが……露骨に面倒くさそうな顔をしているリュージュに変わって、いちおうデュロンが突っ込んでおく。
「お前らめちゃくちゃ満喫してんじゃん……」
「早々に敗退しちゃったからねー。そうなるともう後は観光しかないでしょ」
「それより見て、デュロンくん! 各種鳥さん味のアイス! すごくない? かわいくない?」
「また複雑な気分になるやつ食ってんなー」
なんだか猟奇的に聞こえる代物だが、鳥の肉が入っているとかではない。
姉妹も別にサイコというわけではないので、普通に珍しいものにはしゃいでいるだけの様子だ。
「味っていうかフレーバーなんだけどね。やばー、梟味とかマジ梟の匂いするんですけど!」
「これ鳥人の皆さん的にはどうなの? あっ、それともこの発言自体が差別になる?」
「どうだろねー。うちらは竜人だから、ドラゴンと同一視されると嬉しいけどさ」
「かっこいーもんねー。あ、そういやさっきさー」
放っておくと無限にお喋りを続ける姉妹を引き止め、デュロンは肝心なことを尋ねた。
「心配ないってのは、どういう理由なんだ?」
「んーとねー、さっき言ったヤバヤバ三銃士の子たちは、まだミレイン入りしてないんだよねー」
「今夜は近くの村で一泊とかしてくるはずだよ」
「ていうか、うちらが早めに出てきたんだけどね」
「まあ恩に着てもらう必要はないけどね?」
「結果的にリューちゃんたちが勝ったから、今こうして警告してあげられるだけで、そのために来たわけではないからね?」
「でもこういう一方的に慕ってくる、いじらしくてかわいい姉妹がいたことは覚えておいてほしいかなみたいな、そういう気持ちはあるけどね?」
土石流のごとき構って攻撃に頭を抱えて懊悩していたリュージュは、ついに耐えきれず両腕を広げて言った。
「ああーもう! ほら来い、スケベ心の化身ども! 二人まとめて抱いてやる!」
「やーんリューちゃんえっちー☆」
「かっこよすぎるー♫」
あざとい褒めてオーラを出して眼をキラつかせる二人は、リュージュに頭を撫でられてご満悦の様子だ。
「うひひ……あのねー、他の子たちもまだ活動開始してないみたいだし、本格的な戦闘は明日の朝からと考えていいと思うよ」
「うんうん。だから今夜は情報共有と、英気を養うことに専念すべきだね」
「おー、ヤベー…お前らがまともなこと言ってると、なんか違和感あるわ」
「どういう意味かな!? ひどくない!?」
「デュロンくんまで、うちらをなんだと思ってんのよ!?」
「相棒が早くも正しい認識を得てくれて、わたしは頼もしいぞ」
やいやい言い合いながら歩いているうちに、四人は寮の近くまで来ていた。
「そだ、せっかくだし寮も見学してこー」
「ついでにリューちゃんの友達査定もしてやんよ! リューちゃんに相応しいかどうか、うちらが見極めてやるぜ!」
「まためんどくせーこと言い出したぞ……つーか、査定されるべきはお前らの方だろ」
「あのねデュロンくん、うちらが相手だからって、なんでも言っていいわけじゃないんだよ!?」
「うちらだって泣くときは泣くからね!?」
「いいぞ、デュロン! その調子である!」
「そんでリューちゃんはなんで応援してんの!?」
「うちらに対してのみ冷酷すぎない!?」
などと騒ぎつつも寮の正面に到着すると、玄関の前にヒメキアとソネシエが立っていて、並んで空を見上げていた。
扉が半開きになっていて、ヒメキアの猫たちが何匹か出てきており、二人の足元をウロウロしたり、二人と一緒に空を見上げて「なんだろう?」という顔をしたりしている。
「おー、どうしたんだ? なんか見えるのか?」
デュロンが話しかけると、ヒメキアはニコニコ、ソネシエは無表情という、いつもの様子で返事をしてくる。
二人とも、仕事は一段落した様子だ。
「あっ! デュロン、リュージュさん、おかえりなさい!」
「さっき放送があった通り。聞いていなかったとは珍しい」
「放送……? ああ、あれか」
そのときちょうど、ランプ式の街灯のてっぺんに最近設置されたばかりの拡声魔石から、ついさっき生で聴いてきたばかりの美声が響いてきた。
『繰り返し連絡します〜。もうすぐミレイン上空をドラゴンさんが通過されます〜。皆さ〜ん、敬意をもって仰ぎましょうね〜』
残響が鳴り止むのを見計らって、ニゲルがジェラートのスプーンで行儀悪くデュロンを指して言った。
「そうそう、さっき街歩いてたらこれが聞こえてきてさ。いやー偶然ってのもあるもんだね、なんか巡り合わせみたいなのを感じるよ」
「もしかしたら俺らが戦ってるときにも流れたのかもな。だとしたらたぶん集中してて聞こえなかったんだろう」
知らない子たちといきなり親しげな様子に戸惑う様子で、ヒメキアがおずおずと尋ねてきた。
「だ、だれですか? デュロンの友達?」
ニゲルとヨケルは、改めてヒメキアとソネシエを眺めた後、ニヤリと笑って両手をワキワキさせ始めた。
「ふひひ、お嬢ちゃんたちかわいいねえ」
「どんなぱんつ穿いてるのかしら? うちらに見せてみ?」
「あー絡み方ウッゼ……お前ら無視していいぞ」
「だからひどいよ!?」
「うちらも悪ノリが過ぎたけどさ!!」
リュージュが手短に事情を話すと、ヒメキアは安心した様子で、パッと顔を輝かせた。
「そっかー、リュージュさんの友達だったんだね。歓迎するよ!
もうすぐ晩ごはんの時間だし、良かったら食べていきませんか?」
「えーいいのいいの?」
「うちら一回甘えたらクズまっしぐらだよ?」
「そこは自制しろよ……まあ、ヒメキアがいいって言うんなら……」
「うん! なんだったら、泊まっていきませんか?」
「えーいいのいいの?」
「うちら居ついちゃうよ? 入り浸るよ?」
「おいこれ底なし沼なんじゃねーの……?」
「猫を追うより皿を引けというやつであるな」
「ヒメキアの優しさは無限。彼女を止めなくてはならない。しかし、その前に」
ソネシエは人差し指と中指で、ニゲルとヨケルを同時に指差して言った。
「ごはんの前なのに、おやつを食べている。あなたたち、悪い子」
意外に絡みやすい相手だと一目で見抜いたようで、姉妹は大げさに仰け反っておどけてみせた。
「うわっ!? うちらの正体、早くもバレてる!? そーです、うちらが悪い子ちゃんです!」
「さてはこの子、いわゆる委員長ってやつだな!? うちらの天敵じゃん!」
「どうしてわかったの。確かにわたしはあらゆる委員長を歴任している」
「それもう生徒の中の重鎮じゃん! こわっ!」
「逮捕権とか持ってて、学校を支配してそう!」
「しかしそのほとんどが有名無実。なぜなら勝手にやらされたものばかりだから」
「出会い頭にぶつける黒歴史として重すぎるよ!」
「ほらアイス食え! 今日からきみも悪い子だ!」
平地怖い! うちら山で良かった! と姉妹がドン引きしていると……。
不意に六人の頭上に、巨大な存在感が飛来した。
ここぞとばかりに姉妹は空を指差して騒ぎ始める。
「あっ! あれはなんだ!」
「鳥だ!」
「凧だ!」
「いーや、でっかい雲だ!」
「お前ら盛り上げ上手すぎ」
そして答えはもちろん……魔物の王にして至高の叡智を持つ、絶対不可侵の最強生物、すなわちドラゴンの威容であった。
黒紫色の鱗を持つそいつは、かなりの高度を飛んでいるようで、概形しか捉えられないが、それでも荘厳なオーラは嫌というほど伝わってくる。
デュロンは意味もなく全身が震えたが、他の五人も似たようなものだ。
しばらくしてその姿が西へ飛び去ると、天気が変わったように息がしやすくなるのを感じた。
そしていつの間にか竜人の三人が地面に片膝をつき、右拳を左手で包む状態で、深く
大げさでもなんでもなく、それが「王」への拝謁姿勢なのだろう。
「どひゃー、びっくりしたー……あのご容色は、〈腐毒竜〉ガンガノム様じゃん」
「確か本拠地はプレヘレデだったよね? 内海の
「低空飛行だったらヤバかったねー」
「ねー。ミレイン全部溶けてたかも」
デュロンが解説を乞う前に、ソネシエが寸鉄を口にした。
「危ない。下がって」
他の五人が従うと、すぐになにかが落ちてきた。鳩の死骸だ。それも一羽二羽ではない。
飛んでいた群れの丸々一つ分なのだろう、三十羽ほどが物言わぬ肉塊と化し、次々に地面に叩きつけられていく。
ヒメキアがとっさに癒しの魔力を放出したが……とうに失くしているようで、命は元には戻らない。
どうやら近くを飛んでいただけで死に至るような、恐ろしく強力な瘴気を纏う竜のようだ。
神については明らかでないが、天の意思と言うなら……竜や巨人や悪魔など、魔族社会はその規格から外れた強大な存在たちの気まぐれによる目溢しによって、あくまで存続を赦されているのだ。
そのことを改めて認識させられる一件だった。
ひとまず大事に至らず安堵する六人だったが……その限りでない向きもあるらしい。
「……ああ、命が、魂がもったいない……どうしてこのような惨い仕打ちを……」
一人の男が地に這いつくばり、毒も瘴気も病原菌も厭わず、鳩たちの死骸を抱きしめ、涙を流している。
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