第131話 うちらが使ってるのとは別のやらしいやつ


 啖呵を切ったはいいものの、初戦から相性が悪いな、とリュージュは考えていた。


 タピオラ姉妹はレミレ・バヒューテに近い能力と戦闘スタイルを持つ、搦め手を得意とするタイプだ。

 デュロンと組むなら、直接戦闘タイプを相手にする方が断然やりやすい。


 しかし、ゴネてばかりもいられない。

 リュージュは相棒バディへ手短に囁く。


「デュロン、奴らの息吹ブレス魅了チャーム幻惑ミストだ。体に害はないが吸い込むと意識が朦朧となり、一定時間行動を操られる、生きた木偶でく人形と化すぞ」

「マジかよ、ヤベーじゃねーか……俺はどうすればいい?」

「息をするな」

「死ねと!?」

「冗談だ。お前は普通に戦え。あとは……わたしに任せろ」


 効くかどうかはわからないが、いちおう対策らしきものは、なくはないのだ。


「作戦会議は終了でいいかな?」

「さっさと派手にやり合おうよ」


 上着を脱ぎ捨てた姉妹は、その下に袖のない、さらに動きやすそうな戦闘服を着込んでいた。

 両腕の皮膚が灰桜色の鱗へと変貌し、両手の五指からは凶悪な鉤爪が生え揃う。

 顔も半ば爬虫類に似たそれと化し、縦長の瞳孔と剥き出しの牙が野性を示した。


 呼応するように、デュロンも半ば獣化変貌を遂げている。

 あれが誘いなのはわかっているが、乗るしかないのはリュージュにも理解できた。


 なのでタピオラ姉妹へ突撃するデュロンを、リュージュはそのまま行かせる。

 そして、彼女自身は近接格闘に参加せず、後方へ踏み止まった。


 リュージュは昔、あのエロ姉妹の息吹を散々食らい、ある程度は耐性ができている。

 しかし逆に言うとその彼女がデュロンとまとめて落ちれば終わりなので、慎重に距離を取ったまま、援護に徹することを決めたのだ。


「おおお!」

「むんっ!」

「やるね、デュロンくん!」


 実際、デュロンは一対二でも、タピオラ姉妹相手にそこそこやり合えている。

 それもそのはず、あいつらは見た目通り、腕っ節自体はそこまで強くはない。


 問題は吐く息吹ブレスだ。運動量が上がるにつれ、姉妹の口から桃色の霧状物質が散布されて、デュロンの周囲に滞留してゆく。

 リュージュも生命息吹バイオブレスを繰り出して、淫乱空間を中和しようと試みてはいるのだが……距離が遠いこともあり、やはり大して効果はなかったようで、ある時点でデュロンの後ろ姿がピタリと動きを止めた。


「……デュロン?」

「あ、あ、な、ん、だ?」


 念のため声をかけてみたリュージュだが、やはりすでに落ちている。


 振り返った彼は眼の焦点が合っておらず、途切れ途切れの言葉とともに、涎が口の端から漏れるばかりという、前後不覚の状態に陥っていたのだ。


 猫背で立ち尽くし、ちょうどいい高さに来た彼の頭を、タピオラ姉妹は犬にするように両脇から撫で回し、にんまり笑ってリュージュを見てきた。


「デュロンくん、かわいいー……うちらのわんこになっちゃった。ごめんね、リューちゃん?」

「ねーお姉ちゃん、この子もう、うちらのペットにしない? 他者ひと相棒バディを脱落させずに扱き使うっていうのは、たぶんアリなんじゃないかな?」

「アリだと思うね!」

「いいねいいね! そういうわけなんでリューちゃん、寝取られ気分を味わってね?」

「リューちゃんが悪いんだよぉ? この子にご褒美あげないからぁ」

「いい子いい子してあげないからぁ、うちらのこと好きになっちゃったぁ♡ ごめんねっ♬」


 ドスケベ姉妹の甘ったるい声は聞き飽きているので、リュージュの返答は淡白なものだ。


「そうか。それは残念であるな」


 姉妹はデュロン越しに顔を見合わせる。


「お姉ちゃん、あいつまだ強がってるよ!」

「ダメだね、あれは自分が殴られてようやく現実に気づくタイプだね!」

「『嘘……?』って言ってほしいな!」

「というわけで!」

「行け行けわんこ、元ご主人をブッ飛ばせ!!」

「あ、あ……わ、かっ、た……」


 是非もなく命令に従い、デュロンはリュージュへ一直線に襲いかかってくる。

 足取りはフラついてはいるが、けっして遅くはない。

 正面から組み伏せるのは難儀しそうだ。


 ヨケルが言っていた「二対二なら気兼ねなく戦える」というのは、つまりこういうことだ。

 平等の精神を尊ぶとかでなく、相手の相棒を誑し込めば三体一の形に持ち込めるので、二対一よりさらに有利という意味である。

 性悪姉妹に道義を求めてはならない。


「仕方ない……これは使いたくなかったのであるが……」


 警戒を浮かべる姉妹に構わず、リュージュはポケットの一つから香水瓶を取り出し、薔薇色に染めてある液体を、至近まで迫ったデュロンの鼻先に向けて噴霧した。


「……!?」


 効果覿面。再びデュロンの動きが、今度はリュージュを害する寸前で静止した。

 一気に眼の焦点が合い、明晰さを取り戻していく彼の様子を、リュージュは面白く観察する。


「あれ? リュージュ、俺なにしてたっけ? なんかやらなきゃならねーことが、あったような……」

「いや、なにも。これから始めるところだ。ほら、敵はあっちだぞ」

「えっ。あ、ああ、本当だ。じゃあ、行ってくる」

「ああ。頼んだ」


 なにごともなかったかのように再度接近するデュロンに対し、タピオラ姉妹は冷静さを失ったままで対処せざるを得なかった。

 人狼の突きや蹴りを必死で受け捌きつつ、姉妹はリュージュに向かって抗議の声を飛ばしてくる。


「う、嘘!? なんで解けたの!? なにを顔にかけたのよ!? うちらが使ってるのとは別のやらしいやつ!?」

「きっとそうだよ、ヨケル!」

「失敬だな、誰がそんな、お前たちみたいなことをやるか」

「そっちが失敬だよ!?」

「そうだよ、変な汁をブチ撒けたくせに!」


 ……自分たちの息吹ブレスがやらしい自覚はあるのだなと、リュージュは呆れ気味に感心した。

 あと、そうは言ったが、実は方向性はわりと近くはあるので、あまり姉妹を悪くは言えない。


「おいお前ら、俺の頭越しになんつー会話してんだ!? ……つーか、あれ? これ、さっきも……」


 そしてまたしてもデュロンの頭と体が止まりかけたので、リュージュは今度は金色の香水が入った瓶を、もったいないが蓋を開けて放った。

 ものの見事にデュロンの側頭部に直撃してしまったが、その痛みなどよりも飛び散った中身の方が、彼にとっては目覚ましいはずだ。


 というか、デュロンにこれが効かなきゃ嘘だろ、くらいの確信があった。

 だがリュージュは念入りに、声音と口調も真似て指示を下す。


!」


合点がってん!」


 絶対服従のことわりに沿って、ほとんど反射的に振り上げられたデュロンの靴先が、ヨケルの左頬を的確に捉えた。

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