第130話 参加表明を捥ぎ取れるレベルの、超簡単なルール説明


 逆説的な物言いを訝り、リュージュは顔をしかめた。


「……どういう意味だ?」

「あのさー、もうここで開催されるってことは決まっちゃってるわけ。なぜかというと、おたくの教区司教様が場所貸す許可を出してくれたからよ。ていうかこの措置って、要はリューちゃんと、を参加させるためなんだよ?」


 あの人、というのは文脈的に、先ほど名前の出たセルゲイとは別の人物のようだ。

 自然と理解が及んだようで、リュージュは考え込む様子で口元に指を当てる。


「ああ、そうか……どうやら、前任の教区司教とは方針が変わったようだな」

「そ。上手くいけば、うちらにかけられてる失礼な蛮族指定とやらを、取り消してくれるかもって話だよ?」

「さらに言うと、リューちゃんに課せられている、〈しろがねのベナンダンテ〉の呪縛すらも、ね」


 これはさすがに衝撃で、デュロンだけでなくリュージュ自身も瞠目している。

 その反応を気に入ったようで、姉妹はそっくりににっこり笑った。

 けっして悪意的でないその表情も込みで、本当のことを言っていることがわかる。


「もっともそれはリューちゃんが優勝して、リューちゃんがリューちゃんを指名すればの話だけど」

「そしてさらに言うと、リューちゃん自身がそれを望んでいればの話だけどね」


 その深い理解に基づく台詞を受けて毒気が抜けたようで、リュージュは微笑みながら深く息を吐いた。


「誠実な言い草に感謝する。どうもお前たちを誤解していたようで、すまない」

「いーのいーの。ならさ、うちらもっと誠実になっちゃおっかな」

「うんうん。でね、そういうわけだから、開催期間中は参加者たちがみんなこの街に滞在するわけじゃん?」

「そうするとさ、ラヴァちゃんとかリラちゃんとかリョフちゃんとか、あの辺のヤバ系の子たちは下手すりゃ優勝度外視のルールガン無視で、参加しないリューちゃんを私的に襲撃とかしかねないわけ」

「わかってるとは思うけどさー、特にラヴァちゃんなんか、そのものずばり、リューちゃんと戦うのがほぼメインの目的だから。そうすると……」


 それ以上の説明は不要のようで、リュージュはかぶりを振り、髪を掻き毟った。


「なるほど……わかった、お前たちの言う通りだ。これは祭りに参加して、ルールの中で決着をつける方が安全だし、結果的に手っ取り早く済む」

「そういうことになっちゃうかなー」

「脅してるわけじゃないんだけどさ」


 そこで姉妹はなにかに思い至ったようで、ただでさえ大きな眼をさらに真ん丸くして言い募る。


「あっ! あのさ、うちらは別に上の方とか、族長とかの回し者ってわけじゃないから!」

「そうだよ! 誰かに言われて伝えに来たとかさ、そういうんじゃないからね!」

「わかっている、純粋な善意で自主的に忠告してくれているのだろう? ならばこちらもそれを素直に受け取ろう。……どうやらもう、逃げ回るのも限界らしい」


 リュージュは物憂げに眼を伏せ呼吸を整えると、吹っ切れたようで、凛々しい表情でデュロンに向き直ってきた。


「と、いうわけなので、デュロン、わたしの相棒バディとして、〈ロウル・ロウン〉に参加してくれないか?」

「いや、待て。さっぱりわかんねー、用語の整理が追いつかねーよ。詳しいことは後回しでいいから、最低限の簡潔な説明を頼む」

「だよな……」


 リュージュが肩をすくめ、姉妹に向かって手招きすると、妹の方がなにかを投げて寄越した。

 チョーカー状のそれらを受け取り、リュージュは彼女自身が封じていた記憶を喚起している様子で、デュロンにもわかるように喋ってくれる。


「〈ロウル・ロウン〉は、我々ラグロウル族が行う喧嘩祭りの名前だ。形式は、常在戦場のバトルロイヤル。普通はもちろん、我々の地元の森とかで行われるのだが……ニゲル、今回の開催区域は?」


 ニゲルという名前のようで、姉の方が答えてくれる。


「ミレイン市内全域だね。壁の内側って認識でいいんじゃないかな? いちおう言っておくと、市民を傷つけたらペナルティあるし、うちらラグロウルの性分があれだから、そこは心配無用だよ」


「ああ、ありがとう。で、基本的に戦うのは参加者である我々ラグロウル族の竜人どもなのだが、一人につき一人だけ協力者を立てられるルールになっている。

 交渉・交流能力を評価する横軸という建前だが、実際は単にその方が盛り上がるからだな。

 この相手を相棒バディと呼び、一度組んだら終わるまで変更不可能だ」


「てことは、全然関係ねーめちゃくちゃ強い相手と組んで、そいつが参加者全員蹴散らすってのもアリなのか? たとえばベルエフの旦那とか、メリクリ姐さんとか」

「アリだし、実際にそれで荒れた回もあったと聞くが、戦略的にはほぼないと考えていい。なぜなら、他のペアを全部倒したら、最後は相棒バディ同士の決定戦で優勝者を決めるからだ」

「なら、えーと……ガチでやるんなら、相方の方が優勝しちまうこともあるわけだが、そこは問題ねーのか?」


 デュロンが濁した内容を汲み取り、リュージュは皮肉げな笑みを浮かべる。


「八百長どうこうについては、また後で説明する。……そうだ、肝心な部分を言い忘れているな。そもそもこれは、一族の若長わかおさを決めるための祭りなのだ。

 若長というのは世代ごとのリーダーのような存在で、族長候補でもある。

 10年ごとにこうして15歳から25歳の若者が集められて、荒くれどものまとめ役に相応しい腕っ節を競うわけだな。

 優勝者に与えられるのは、そのだ。対象が一族の者でさえあれば、もちろん自選も可となっている」


 なるほど。参加したからといって戦闘民族のゴタゴタしたしがらみに巻き込まれる心配はなく、相棒バディはあくまでその場限りの助っ人という扱いらしい。

 これなら参加するデメリットはそう大きくない。


「オーケー、理解した。アクエリ姐さんが提携しているってことは、業務扱いにもしてもらえるんじゃねーか?」

「だといいのだがな。こんなもの、無償でやらされたのではたまらん」

「ああ。そしてエントリーも了承だ。

 そいつを寄越せ、着けるのは腕か?」


 デュロンが催促すると、リュージュは参加票であろう、透明な珠のついた革のチョーカーを渡してきた。


「すまんな。ありがとう、助かる。

 首に着けてくれ。珠が喉の上に来るようにだ……締めすぎると苦しいぞ」

「おー。……よし。これで、エントリーした扱いになるのか?」

「いや、もう一工程。デュロン、わたしの珠に拳で触れろ」


 そうしてリュージュは同じようにデュロンの喉の珠に触れ、高らかに声を張った。


「我ら魂の伴侶となりて、灰竜族の闘技に名乗りを上げん!」

「うおっ!?」


 いきなり珠が灰紫色の光を発し、落ち着いたかと思うと、その色が定着していた。

 これでリュージュとデュロンが「リュージュのペア」になったということのようだ。


 なんだか勢いでわけのわからない喧嘩祭りに参加してしまったが、これでもう引き返せない。

 気後れ気味の様子を察したようで、リュージュはデュロンへ微笑んでみせる。


「心配するな、お前が想像しているほど凄惨なことにはならない。なぜなら敗北条件は、その珠を破壊されることだからだ。あくまで選抜戦だから、殺し合いにまで発展すると具合が悪いからな」

「そりゃありがてーな。祭りで命賭けるとか、冗談キツすぎるもんよ……」


 デュロンは改めてリュージュとともに、灰桜色の姉妹と正対した。


「待っててくれてありがとよ。……いや、未エントリーの奴らをブチのめしても意味ねーからか」

「そゆこと♫ うちらはリューちゃんに敵意があるわけじゃなく、正々堂々戦って勝ち抜いて、世代のトップに立ちたいってだけだから」


 ……つまりリュージュに敵意を持っている奴らもいるということで、それがさっき言っていた、ラ、リ……なんとかいう連中なのだろう。

 関係者の人物名も、徐々に頭に入れていった方がいいかもしれない。

 そしてもちろん、差し当たっては眼前の二人だ。


 姉妹は、おそらくそれが宣誓の姿勢なのだろう、互いの珠に拳を当てて名乗りを上げた。

 彼女たちの珠はどちらも灰桜色をしている。

 互いが互いの相棒バディという扱いなのか、そうでもないのかはわからないが……いずれにせよ、互い以外と組んで動くつもりは端からないのだろう。


「わたしはラグロウル族の竜人戦士、ニゲル・タピオラ!」

「同じく、ヨケル・タピオラ! 今回の〈ロウル・ロウン〉へのご参加ありがとう、狼くん。

 そして、リューちゃんと組んでくれたこともね。二対二なら、こっちも気兼ねなく戦えるもの」


 狼くんも二人に倣い、喉の珠に拳を当てて名乗った。リュージュも形式として順じる。


「そりゃどーも。ミレインの祓魔官エクソシスト、デュロン・ハザークだ。こちらこそよろしく頼むぜ」

「同じく、ミレインの……」

「「リューちゃんはこっち側で名乗らないとおかしいでしょ!?」」


 確かにエントリールール上そうなるので、リュージュは渋々ながら言い直した。


「……ラグロウル族の竜人戦士、リュージュ・ゼボヴィッチだ。これでいいか?」

「「よろしい!」」


 火蓋は切って落とされた。

 いざ初戦、尋常に勝負だ。

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