第84話 ガキの遊び場②


 当然、デュロンはこの機を逃す気はない。しかしギデオンの方も、早くもこの場の要領を掴んできていた。


「望むところだ」


 妖精は軽く跳躍し、横にあった鐘を蹴り飛ばす。

 ガランガランと大きな音を立てて揺れるそれを放置して、彼はさらに跳躍。

 もう少し大きめの鐘の側面を蹴りつけ、反動でデュロンに向かって跳んできた。


 彼の蹴り、突き、回し蹴りをすべて捌き切るデュロン……の側頭部を、横から鐘の一つがぶちかましてくる。


「おばっ!?」


 移動しつつ攻撃しながら、ギデオンは片手間で周囲の鐘を、ガチャガチャと揺らして回っているのだ。

 ギデオンだけでなく、鐘の動きにも注意しなければならない。


 さらに、多方向から不協和する鐘の音が、人狼の繊細な聴覚を直接揺さぶってくる。

 しまった、はしゃぎすぎた。小さい頃に同じことをして懲りたことを、デュロンは今さら思い出す。


「ああークソ、気持ちわりー!」


 耳鳴りと眩暈めまいが酷いが、平衡感覚が狂うほどではなかった。

 猛然と放たれるギデオンの突きの連打に押されつつ、デュロンは自分の不調をこれ幸いと、圧倒されているふりをしながら移動方向を誘導していく。


 この小さな銅の森のことは、東の森以上によく知っている。

 目印など残すまでもなく、どこをどう進めばどの鐘にぶつかるかなど、眼をつぶっていてもわかる。


 果たしてデュロンは、先ほど足払いや跳躍の際に助けにした、この鐘楼の中でも一際大きな鐘の向こうに回り込み、ギデオンとの間を隔てた。


「……」「……」


 ほんのわずかな間、互いの足が止まる。


 それは結構大きな鐘で、これに互いの姿が遮られて、上からは互いの顔の上半分、下からは靴先の動きしか見えない。


「……そこを動くな」「やだね……」


 デュロンが左へ動けば、ギデオンは右へ移動して対称の位置を保つ。

 ギデオンが左へ回り込もうとすれば、デュロンは右へ逃れる。


「お前こっち来いよ」「お前が来い」


 それを繰り返し、いつの間にか互いに半周したところで、デュロンは大鐘の表面にギデオンの指紋がベタベタついているのを見つけた。

 別に貴重なものでもないとはいえ、こんなふうに二人して気軽に片手をかけながらウロウロしていいのだろうかと思わなくはない。


 ……いや、これでいいのだ。ガキの追いかけっこそのままに、右往左往するのはここまでだ。

 ギデオンが大鐘の向こうで止まった一瞬を見計らい、デュロンは鐘を

 正確に言うと、鐘の内部をとおって衝撃が反対側へ突き抜けるよう、強烈な掌打を叩き込んだのだ。


 ゴオオン、という重低音は……しかし残念ながら二重奏だった。

 他になにかが起きるわけでもなく、分銅が内部を叩く平和な音が響く。

 その後の舌打ちさえ、二人が同時だった。


 デュロンがやったのとまったく同じことを、ギデオンもまったく同じタイミングで実行し、衝撃波が鐘の内部で相殺されてしまったらしい。

 相手と狙いが同じとわかった以上、もうあまり鐘に密着して動くのはよろしくない。


 回り込むのも跳び上がるのも賢いとは言えない。ならこうしよう。


「「!!」」


 すなわち二人は同時に鐘の真下へ滑り込み、這いつくばった姿勢のままで、連続蹴りを応酬し始めたのだ。


「……!」「……!」


 しかも互いに無言だった。傍目にはおもちゃを買ってもらえない子供が駄々をこねているような絵面になっているだろうが、互いに真剣そのものだ。

 しかしこれではらちが明かない。……そう判断したのもまた、ほぼ同時だった。


「う!」「なっ」


 デュロンとギデオンは仲良く一緒に立ち上がり、大鐘の中で顔を合わせる羽目になったのだ。

 吊り下げられている内部の高さとしては、中腰か前屈みなら頭をぶつけずに済む。だがそれは大した問題ではない。


 白昼の至近距離だ、陰の中でも表情がはっきりと見えている。

 ギデオンの暗緑色の眼は、闘争心に満ちていた。それはそこに映る、デュロンの灰色の眼も同じだっただろう。


 鏡合わせの敵意が交錯し、焦点で暴力が爆発した。

 呼吸の寸暇すら惜しみ、無数の突きが雨のごとく応酬する。


「「…………ッ!!」」


 毎瞬毎撃に突く・受ける・捌く・避ける、そしてこのインファイトから離脱するという五択が課せられた。

 しかし五択目はなかなか選ばれない。デュロンは防御を最小限に、とにかく突く。


 一方のギデオンはやはり冷静に、突き損なえば鐘の内部で拳を傷めうることも織り込んで、慎重な受け捌きでデュロンを地道に削りつつ、隙あらば強烈な一発を入れてくる。


 まずい、地の打撃技術の差が浮き彫りになっていくのを感じる。

 即席のリングから先に逃げ出し、距離を取ったのはデュロンの方だった。


 そしてそれがあまり賢い選択ではなかったことを、彼は続くギデオンの攻撃で思い知らされる。

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