護衛戦線・破
第83話 ガキの遊び場
「よーよー、誰かと思えばギデオンくんじゃねーか。ちょっと見ねー間に男前が上がってやがるから、一瞬誰かわかんなかったぜ。ずいぶん派手な戦化粧だな、似合ってるぞ?」
デュロンはとりあえず一通り煽ってみたが、考えてあったのはこの最初の一撃だけだ。
ここからまったくの無策で、今、鼻血が止まり、眼が血走っているこの
ギデオンも懸念していただろうが、結局のところ彼を塔に近づかせるためには、
アクエリカの使い魔が知らんふりをしていることからもそれがわかる。ギデオンを逃がさないためにも、デュロンとしては望ましい状況設定だった。
「……やるな。バカと言ったのは訂正する。お前は煙だ」
「論理的なようで、まったくの意味不明だぜ」
言葉少なに語るギデオンだが、よほど頭に衝撃が響いたのかもしれない。
立ち上がるもふらつき、要領を得ないことを言っているので、デュロンは思わず普通に答えた。
「!」
そしてその動きが、普段ソネシエが斬りかかる寸前に見せるものに近いことに、デュロンはギリギリで気づけた。
脇腹を狙った手斧の一撃に、人狼の肉体がほぼ反射で対応する。
デュロンは弧を描く刃の間合いよりさらに内側へ踏み込み、柄を握るギデオンの右手を左手で押さえた。
同時に右肘をカチ上げて相手の顎を強打し、そのまま右手で柄を掴んで、上下に外させるようにして斧を奪い取った。
デュロンに武器術の心得などない。左手でギデオンの右手を掴んだまま、斧の柄頭を奴の鳩尾目掛けて突き込んだ。
が、読んでいた相手の左手で受け止められ、逆手に握って振り払われたので、デュロンは仕方なく斧から手を放す。
ギデオンは斧を半回転して順手に握り直し、デュロンの左腕に向けて振り下ろした。
受け損なうと危ないため、デュロンは腕からも手を放しつつ、距離を取り直す。
「…………」
「どーした、俺をバラバラにしたくはねーの?」
ギデオンは挑発には乗らず、斧を腰元へ仕舞い直した。
杖も抜く様子はない。改めて徒手で構え、隙のない気迫を発してくる。
人狼に対して、たとえ武器を持っているという理由でも、片手すら塞ぐことがどれだけ危険か、奴は身をもって理解したのだ。
もっとも、デュロンの方も武器を使われると普通に危険なため、早めにそう認識させるさせるため、一度緊密な攻めに出てみたという側面もある。
ことここに至り、デュロンは確信していた。デュロンはパワーやスピードそのものでは、ギデオンにそう大きく負けているわけではない。スタミナに限っては上回っている自負すらある。
実力差の内訳は、主に技術と判断力にあるように思えた。ここを補うためには、まだいくばくかの紛れを起こす必要がある。
その代表的なものが、大げさに言うなら地の利というやつだ。
デュロンはおざなりな拍子で手を叩き、ないとは理解しつつも、ギデオンの勇み足を誘う。
「ほら、来いよギデオン。鬼さんこちら♫」
この鐘楼ではかつて、銀の鐘をガンガン打ち鳴らす人間を魔族たちが惨殺したため、床の一部に落ちない血痕が飛び散っている。
そういう意味では、
だがそれ以上にここは、デュロンが10歳前後の頃に遊び場にし、街の不良たちに追い立てられた際にはここを逃げ場にし、またここで迎え撃ったという、大変慣れた場所でもある。
「来ねーんならこっちから行くぞ、この野郎」
デュロンは手を叩くのをやめ、ギデオンとの距離を保ったまま横へ移動していく。
追って鏡合わせの動きをするギデオンは、障害物に激突する寸前で立ち止まった。
そちら、つまり塔のてっぺんの中央スペースには、吊り下げられた47個の銅鐘が鈴生りに連なっているのだ。
ガキの悪戯レベルの誘導でぶつけるわけもなく、ギデオンの頭が鐘を鳴らすことはなかった。
「チッ」
舌打ちしつつも、デュロンは鐘の森へと入っていく。大小様々な鐘が不等間隔でぶら下がっており、通るだけでどれかにぶつかり、ガランガラン鳴ってうるさい。
それは近づいてくるギデオンも同じで、小さなものは手で押し退け、大きなものは回り込みつつ、煩わしそうに距離を詰めてくる。
隔てる鐘もわずかとなり、二人の視線が再び正面からカチ合った。
だがギデオンの瞬間踏破能力は発動しない。正確には、発動できないのだ。
それを確認すると同時に、デュロンは滑らかに動いた。
柔らかい股関節を
とっさに跳んで躱したギデオンが、デュロンの蹴り足に踏みつけの狙いをつけた。
デュロンは大鐘の縁を掴んで体を引き寄せ、続くギデオンの下段蹴りを避けて大鐘の上へ駆け登り、獣化変貌して跳躍した。
「うるあああ!」
ギデオンは後退して避けるが、周囲の鐘の位置関係により退避方向を限定され、続く鉤爪の二撃に対し、腕での防御を強いられる。
ギデオンが寄越した反撃の突きを、デュロンは鐘の一つを身代わりに受け、妖精の拳を一時破壊する。
続くギデオンの蹴りからするりと逃れたかと思うと、デュロンは大きめの鐘の周りを滑るように走り、揺らしたそれの振り子状の動きに半ば体重を預けて、左上段跳び蹴りを放った。
「小癪な」
これもギデオンは左腕でガードし、右手でデュロンの左足を掴む。
ピンチはチャンスだ。掴まれた部分を支点とし、今度はデュロン自身が振り子状の動きで吊り下がり、右手の鉤爪で金的を狙った。
これを嫌ったギデオンはデュロンの左足を放しつつ、滞空中のデュロンの右頬を強かに打ち据える。
「おぶ!」
吹っ飛ぶ直前、デュロンは斜めの体勢で右足を蹴り上げたが、手応えはなかった。
そのまま錐揉みに回転して、中型の鐘へ見事に後頭部を打ちつける羽目になる。
鐘の音がむしろ頭蓋の中で鳴り響く心地がしたが、デュロンは虚勢の笑みを忘れず、依然険しいギデオンの顔を確認した。
苦し紛れの蹴りが掠りはしたようで、左頰にある火傷痕の上が、一筋だけ切れていた。
妖精族の再生能力により一瞬で治るが、取った不覚は消えない。
とはいえデュロンの方も、これだけ手数をかけて、成果がこの程度では困る。
「クソ……やっぱそう上手くはいかねーか」
「いいや、なかなか健闘しているんじゃないか?」
「テメーに言われても嬉しかねーんだよ」
「そうか。ならさっさと」
「終わらせてーんなら、飛んで来ればどうよ?」
「…………」
やはり、とデュロンは確信に至った。
今またデュロンとギデオンは正面から視線が合い、二人を隔てるのは、ギデオンの前に吊り下げられている、小さな鐘が一つだけだ。
こんなもの無視して瞬間移動してしまえばいいのだが……いや、瞬間移動であればそれができるのだろう。
ギデオンの、というか
だから出会い頭の一撃に対し、飛んできた際の運動量をデュロンが額で受け止め顔面へ跳ね返したため、ああも強烈なカウンターとなって入り、ギデオンは派手に吹っ飛んだのだ。
なので一定以上にゴチャついた場所では、この能力は使いづらくなるという認識で良さそうだ。
ならあとはデュロンの方で好きに間合いを取り、優位を握りやすそうということで、(姉が)この場所を選んだのだ。
綯い交ぜになった緊張と興奮の中、どこか童心に帰ったのか、デュロンは自ずと誘いを口にした。
「さあ……もっと遊ぼうぜ、ギデオン!」
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