第68話 技能目録②
「どうでしたの、ソネシエ? もちろん付け焼き刃ではあるのですけど、ちょっとしたものだとは思いません?」
「……よい能力だと思う。わたしも覚えは早い方だと自負しているけれど、あなたは次元が違う」
「で、ですわよね! しかし一方で、だからこそ、生まれついての
そこまでで止めておけば、ソネシエも無愛想に頷くだけで済んだかもしれない。
だがエルネヴァが興奮気味の早口で、ほとんど息もつかずに次のように喋り
「聞けば、あなたは亡くなられたお母様に、様々なお稽古ごとをさせていただいていたとか。さぞかし早くに剣の才も見出されていたと推察いたしますわ」
あーあ、というのがイリャヒの感想だった。これだから箱入りの坊ちゃん嬢ちゃんは困る。
家族の話題というのは時に信仰よりもデリケートだと、二親を亡くした彼女ならわかりそうなものなのだが、2センテンスにここまで的確に爆薬を詰め込んで踏み抜いてくれるとは思わなかった。
イリャヒの固有魔術〈
したがって妹の凍てつく怒気を治める方法にも覚えがなく、匙を投げる他なかった。
表面上はいつもと変わらない無表情で、ソネシエは先ほど一度は呑み込んだ言葉を吐き出すことで、失言への抗議に代えた。
「……どうも勘違いしている。あなたの技能はただ先達の集積した知恵や工夫を上澄みだけ掬い取り、表面上のノウハウで満足しているだけ」
「なっ……?」
「
「ななな……!?」
「形だけ真似ればいいというものではない。戦闘だから危なっかしいというだけでなく、すべての技能に対して同じことが言える。
あなたがやっているのは冒涜。神から天命を与えられた地上の民草、すべての職掌に対する軽侮」
「な……なんですわぞ!!? そこまで言われる筋合いはないでっしゃるるの!?!」
実際そこまで言うほどでもないというのは、ソネシエ自身わかっているはずだが、ついヒートアップしてしまったのだろう。調子に乗ると長広舌が止まらなくなる点でも、やはり似た者兄妹である。
そしてエルネヴァの方もだいぶ言葉遣いがおかしくなるくらい激昂しており、せっかく縦ロールに整えていた怒髪が天を突いている。
こうなるともうイリャヒにはどうしようもないので、口笛を吹いたりしてみる。
もちろんその間も、状況は悪化の一途を辿った。
「異なことをおっしゃいますわね!? 真似るのは学ぶことの原点ですわよ!!」
「それを言っていいのは、原点を旅立った者だけ。未消化どころか
「あ、あなただって誰かを手本とし、教わってきたでしょうに! お母様だけでなくお師匠様すら、あなたにその程度の自覚を促すことも……」
ついに冷たい怒りが現実の魔力として発散され、室内に霜が降り始めた。
剣呑な気配を見せる執事のフクリナシをやんわりと手振りで制し、イリャヒは妹に言いたいだけ言わせ切る。
こんな機会は滅多になく、こんな相手は滅多にいないので、彼としてもありがたい部分があった。
「……わたしの母を侮辱するのは、いくらやってくれても構わない。むしろ推奨する。
しかし、わたしの師に対する侮辱には、剣をもって報いる。
的外れな助言ほど神経を逆撫でするものもない。わたしがあなたの護衛依頼を達成できるよう、ぜひ協力してほしい」
最後の一文は余計だし、もっとストレートに言えばいいのにとイリャヒは思う。
たとえばデュロンの口調を借りるなら、「よく知りもしねーくせに利いたふうなことを喋くりやがって、
しかしさすがにそんな代弁は不適切であるし、エルネヴァは迂遠な表現にもかかわらず、なにがソネシエの癪に障ったのかを察した様子で、眉間に皺を寄せた。
一方でそこまで言われては、彼女ももう引き下がれない。むしろ意気軒昂に吸血用の牙を剥き、対抗心を露わにした。
「そん、な、脅しに……この高貴なるあたくしが、屈するとでも思いましたの!?」
良家の、あるいは文民のプライドというわけではないだろう。
固有魔術は思考と性格、言ってみれば発現するまでの、その者の半生そのものの具象体である。
それを貶められることは、魂に傷をつけられるに等しい。
絶対に退くわけにはいかないという共通認識を、二人はさらに深めていく。
「貴族、魔族、そして吸血鬼……どの領分におきましても、もはやお話し合いで和解しようなどという、メルヘンチックなおまじないは通用しませんわね」
「なんらかの勝負をして、その結果に委ねるという方法論には、わたしも大いに覚えがある」
決闘の受諾手続きが、あまりに迅速すぎる。イリャヒとフクリナシはもはや、若干呆気に取られつつも見守るばかりだった。
「よろしいですわ。しかし、種目が戦闘ならあなたに有利すぎる。一方で平等を期すると称して互いに未習熟の競技を採用すると、その場合はあたくしに有利すぎて、どちらも勝負になりませんの」
「ここは戦闘以外の、互いにある程度習熟した技能で対決すべき、というのはわかる」
「いいえ、ある程度では駄目ですわ。かなり自信のある種目を採用しなければ、結果に納得とはいきませんの」
しばらく無言の対峙と思索が続き、ポツリと提案したのはソネシエだった。
「……舞踊というのはどう」
「ほう? 覚えがあるんですのね?」
「ある。そして、この件の
「い、言ってくれますわね、好き放題……!
その台詞、そっくりそのままお返しいたしますわ! あたくしは単純にあなたより二つ年上ですが、それ以外であなたに対し一日以上の長があるとすれば、まさにそこですもの!」
「決まり。それで、場所と日時は」
「そうですわね……ちょうど一週間後に、〈美麗祭〉で出し物の一環として、ダンスの品評会が開催されますわ。
勝敗の判定方法にも困っていたところですし、ここは公の場で正々堂々、決着をつけるというのはいかがですの?」
「問題ない」
「上等ですの!」
〈美麗祭〉というのはミレインで開かれる季節のお祭りの一つで、その名の通りあらゆる分野における美しさを競い、また鑑賞し合うという趣旨のものだ。
歴史的な枠組みの意味合いが強い〈恩赦祭〉よりは、開催規模やメイン会場とやる広場もやや小さめだが、盛り上がりは遜色ないとイリャヒは認識している。
……なぜそこに私的な決闘を、しかもダンスバトルの形で持ち込む格好になったのかは、一部始終を間近で見守っていてなお、まったくわからないが。
「勝った方に負けた方が心からの謝罪。それでいいですわね?」
「受諾した。今から吠え面の練習をしておいても、早すぎるということもないため、おすすめする」
「減らず口のおちびさん、後悔するのはあなたですわ!!」
イリャヒはフクリナシと顔を見合わせるしかなかった。
「と、いうことになったみたいです」
「そのようでございますね……いやはや……若さが眩しいと言いますか……」
「お互い、大変ですねえ」
「いえいえ。お嬢様の願いこそ、わたくしの望みでございますので」
全面対決が先延ばしになっただけでも、良かったと思った方がいいのかもしれない。
こうなるともうイリャヒにできるのはもう、開催当日に問題が起きないよう、しっかり監督するくらいのものだ。
いちおう運営側に相談でもしておくかと、新たなタスクを脳内に書き記しておいた。
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