第67話 技能目録


 そしてイリャヒとソネシエの方は、屋敷内を案内された後は応接室に戻り、護衛対象であるお嬢様の自慢話を、夕方まで散々聞かされる羽目になった。


 エルネヴァ・ハモッドハニーは、両親が早逝した後、あるじとしてこの家を守ってきたのだという。

 といっても、口先だけでただ踏ん反り返っていたわけではないようで、わざわざ実例を示してくれるようだった。


「おーっほっほ! まあ、そこで少し見ておられると良いですわ! フク?」

「はい、お嬢様。こちらにございます」


 エルネヴァが手を差し出すと、執事のフクリナシが恭しく彼女に近づき、ミレインにおける最近の刊行物と思しきものを差し出した。見覚えがあったため、イリャヒは口を挟む。


「ほう……それは雑誌の詳細な記事によって知見を高めつつ付属の模型を製作することによって実物の情緒を如実に感じ取れるというあの雑誌シリーズの最新版ですねそうでしょう私も持っているのでわかるのですよ違いますか違いませんよね?」

「急に超早口で怖すぎですわ!? どうしましたのイリャヒ!?」

「すみません、つい趣味のこととなると興奮してしまって」

「そ、そうですの。ご存じなら話が早いですわ。

 ……ふむふむ……これがこうなっていてですの」


 エルネヴァはおもむろに雑誌の記事に目を通し始めたかと思うと、すぐに読み終え、今度は付属の模型製作に取りかかった。

 説明書を一瞥した程度ですぐに作り始めたかと思うと、あっという間に作り上げてしまう。


 したり顔で汗を拭うエルネヴァに対し、イリャヒは素直な称賛による拍手を送った。


「素晴らしい腕前です。高尚なご趣味をお持ちだったのですね」

「ふふん! どんなもんですの……って、違うですの! 別にこれに熟達しているわけではなくてですわね、まあ普通に好きではあるのですけど……ええと……フク!」

「はい、お嬢様。こちらなどいかがでしょう?」


 呼ばれて執事が取り出した、剣術指南書と思しき本を見て、エルネヴァはにったりと笑んだ。


「なるほど、これだとわかりやすいですわね。ソネシエ、こちらに!」


 イリャヒが呼ばれた妹を見やると、早くも気安い態度で、どことなくめんどくさそうに歩み出た。


「なんなの」

「もうちょっとやる気を出してほしいですわね!? ふ、ふふん! そうやって余裕でいられるのも今のうちですわよ! フク!」

「はい、お嬢様。ご用意しております」

「さすが、優秀ですわ!」


 フクリナシは椅子やテーブルを部屋の隅に寄せ、中央にスペースを作った。

 エルネヴァが二本あるうち一本をソネシエに渡したのは、訓練用の模擬剣だ。

 ぼんやりと受け取ったソネシエは、エルネヴァの顔を見るともなしに眺めて、彼女なりにやんわりと諌めた。


「死にたいということなら、おすすめはできない」

「結論が性急すぎませんの!? ……まあ確かに、現状のあたくしではそうなりかねませんわね。

 なので一本目はどうかお手柔らかに、あたくしが死なないように手合わせ願いますの!!」

「こんなに逃げ腰な挑戦者は始めて。わたしは戸惑っている。……兄さん」

「お前も別の意味で逃げ腰じゃないですか……ダメですよ、ダメ。お付き合い差し上げなさい。ただしエルネヴァさんがおっしゃった通り、一本目は手加減して、受けメインで手合わせなさい」

「了解した」


 両者は対峙し、他のなによりも雄弁な、剣筋による対話を果たす。


「えい! やっ! とう! そりゃあああですわ!」

「やる気は認める」


 といっても事前に予防線を張るだけあって、エルネヴァの剣の腕前はお粗末なものだった。

 というか、普通に素人で、構え方からすでに見ていられないくらい腰が引けている。……もっともそれは、純粋に恐怖なのだろうけれど。


「ですわっ!?」

「大丈夫……気をつけて」


 とにかくまるで相手にならず、ソネシエと数合を交わしただけで、エルネヴァは勝手に転んだ。

 演技に意味はないし、実際に不可能だろう。下手な者が上手なふりをできないように、上手な者が下手なふりをするのも限度があり、エルネヴァは明らかにその範疇になく、見た目通りの箱入りお嬢様という印象が強まっただけで終わった。


「ふ、ふふ……問題ないですわ。お尻痛いですの」


 ただし、文字通り転んでもただでは起きないようで、エルネヴァはなぜか不敵な笑みを浮かべて、手を借り立ち上がった執事から、先ほどの指南書を受け取る。

 そして先ほどと同じように速読し始めた。


「……ふむふむ……なるほどですの……」


 まさか、という感じでソネシエが振り仰いでくるが、イリャヒもまったく同じ気持ちだった。

 果たして勢いよく指南書を閉じたエルネヴァは、鼻息も荒く言い渡す。


「さあソネシエ、もう一度やりますわよ! 先ほどのあたくしと、同じだとはゆめゆめ思わないことですの!」


 そして実際、そのまさかだった。

 エルネヴァの動きが明らかに変わっている。剣筋は冴え渡り、足捌きも慣れたものという感じだ。


 もちろんいきなりソネシエを脅かすほどの飛躍を遂げたわけではないが、そこそこの打ち合いがまあまあ成立するレベルまで、エルネヴァの剣技は急速に押し上げられていた。


 普通ならちょっと小一時間練習したところでこうはならないのだが、ものの数分、速読の成果としては破格すぎる。

 自然、イリャヒの口から憶測が溢れた。


「もしかして、これがエルネヴァさんの……」

「ええ」と、代わりにフクリナシが、どことなく誇らしげに答える。「厳密に固有魔術と呼べるかは微妙なのですが、教皇庁から〈技能目録スキルリスト〉という識別名を賜っておられます。お嬢様は少し本で齧っただけで、たいていのことが高いレベルでおできになるのでございます……」


 さもありなん、とイリャヒは頷いた。普通に固有能力と呼ぶべきところだろうが、行使する際に魔力が感知される場合(ヴィクターの〈履歴閲覧ヒストリセンサー〉などが該当する)、あるいは頭脳系だと思念の力はみな魔力という強引な考え方をするようで、教皇庁は全部固有魔術の範疇にまとめたがる傾向がある。単純にその方が登録管理しやすいという都合だろう。


「なるほど……お若くして家を守って来られたというのも納得です。逆に絞り込むのが難しいくらい、あらゆる業種における用途があるのですから」

「ふ、ふふん! ですわよ!?」


 どことなく余裕のない感じで胸を張るエルネヴァ。フクリナシがその理由をこっそり言い出した。


「最初はお嬢様も『固有魔術というのはもっと派手なものだと思っていた。これではただちょっと要領というか物覚えがいいだけではないのか』と落ち込んでおられたのですが、今ではご自分の素晴らしい才覚を肯定的に捉えておられ、立派に使いこなしておられるという次第で……」

「ちょ、ちょっとフク!? それは言わない約束でしたのに!!」


 ぽかぽかと殴りつけるお嬢様を、おやおやと宥める執事。

 イリャヒが注意を向けると、ソネシエはいつもの無表情だが、イリャヒには明らかに言いたいことがある顔をしているのがわかった。


 しかし彼女も今や15歳、それを飲み込む分別はすでに身につけているようで、イリャヒの方もフクリナシと同じく、手塩にかけて育てたおちびさんの成長に安堵させられることとなった。


 が、そうやって油断したのがまずかったのかもしれない。

 その後ソネシエを振り返り、笑顔で駆け寄ったエルネヴァが二言三言喋ったのだが……その中のちょっとした言い回しが、どうも良くなかった。

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