第62話 戦闘妖精と暴力崇拝
ほぼ同時刻。ミレイン市の外れにある、聖ビヨンム修道院跡にて。
幽玄なる妖精族にも、もちろん実年齢くらいある。今年で23を数えるギデオンも、20年前は3歳の幼児だったことになる。
しかし、ギデオンは心身ともにかなり早熟な幼児だったため、当時の記憶がはっきりと残っていた。
1538年(20年前)の10月31日に、人類は完全に絶滅した。この日は魔族たちの間では〈魔界創立記念日〉〈収穫祭の始まり〉〈ちょっぴり特別ななんでもない日〉などと呼ばれている。
すなわちその年は、人類最後の年だったのだ。
そうとは知らず当時の幼ギデオンは、「なんか人間とかいう種族がいるらしいけど、最近全然見かけないなぁ」とか呑気なことを考えつつ、その日もミレイン市内を散策していた。
彼の故郷は近くにある「妖精の丘」の一つで、詳細は省くが、故郷とは特になんということもなく、適当に折り合いをつけている。
単親である母があまり細かいことに拘らない
ちなみに母は故郷で健在で、格別仲が良くも悪くもなく、普通にたまに会うという関係は、この20年ほとんど変わっていない、平和なものだ。
そして、大した問題がないからこそ、当時は退屈していたギデオンは、特に用もなく市街地へ下りて行ったりしたわけなのである。
「……、……」「……精の……」「またこの……、……のか?」「やだねえ……」
当時からすでにほぼ確立していた魔族社会でも、妖精族は比較的珍しい。というか普段里に引き篭もっているからそういう扱いになるのだろう……というような趣旨のことを、当時のギデオンもぼんやり考えていたのを覚えている。
広く知られている通り、赤帽妖精には「残虐な事件が起きた場所に出没する」という習性がある。
そういうことが起きやすいスポットというのは確かにあり、血の気の多い同胞が過去に人間を含めた他族を襲った例が多々あるのは、まったく否定できない。
ただ、「犯人は現場に帰る」といったような文脈で語られると、さすがにちょっと待てと声を上げたくもなる。
ギデオン自身の感覚から言うと、ただフラッと足が向くだけなのだ。
野次馬が火事場に集まっていたからといって、全員放火魔というのは暴論だろう。
死神扱いはさすがに偏見だ。……今となっては、特に訂正するつもりはないけれど。
とにかく、赤帽妖精だって、ときには格別なんの惨事も起きたことのない場所を訪れることもある。それはもう普通にある。
いちおう妖精族の一種なのだし、花の咲き乱れる庭などに呆然と佇むことだってある。
そういった気まぐれがもたらした出会いを、ギデオンは、ある意味で後悔してもいた。
20年前のあの日、彼女と出会わなければ、こんな甘い感傷に浸ることもなく、今頃は冷酷な殺戮妖精としての完成を迎えていただろうに。
ちなみに出会いの場所は、今いるここではない。ミレインの中心街にある、一見するとごく普通の民家だ。……だった、というのが正しいが。
なぜ今まったく関係ない場所にある、救世主ジュナスを象っていたらしき、朽ちた聖像の前でこんなことを思い出しているのだろう……と、一番疑問に思っているのはギデオン自身だった。
「いい場所だな、ここは」
そしてその模糊とした回想は、現実の声によって唐突に断ち切られた。
ギデオンは振り返らない。事ここに至って、もうその必要がないからだ。
背を向けた状態からいつでも対処に移れるほど、相手が雑魚だからではない。逆だ。肩越しにも感じ取れる濃密な気迫が、今ギデオンがまだ砂を噛んでいないのは、相手の気まぐれに過ぎないことを確信させるほど、明らかに強者のそれだからだ。
「…………」
冷汗が一筋、頰を伝うのを感じながら、むしろギデオンは話しかけてきた相手への尊重という一点のためだけに、ゆっくりと振り返った。
事実上の屈服に等しい動作だ。
しかし相手は気にしたふうもなく、長年の友人であるかのような気楽さで、ギデオンが眺めていた聖像の残骸を品評している。
「不思議なもんだな。神様ってのはずいぶんと、暴力崇拝が過ぎると思わねえか?
見てみろよ、そいつ……あっ……いちおう職業と立場上、そのお方ってのが適切か。
とにかく、その手だよ。ちょいと握りゃ、大抵の奴を殴り殺せる鈍器が出来上がる。なんだってこんな基本設計になってんのかね、俺らってのは」
確かに像のジュナスは何者かと対峙していたのか、硬い拳を形成している。
だがさすがに極論ではないかと思い、ギデオンは状況を無視して反駁した。
「……それは、貴殿が人狼だから言えることだろう。ベルエフ・ダマシニコフ」
妖精であるギデオンにとって、自分から明かすならまだしも、相手から本名を言い当てられるというのは、存在を把握される、支配の恐怖を喚起される行為だ。
しかし人狼にとってはそうではないようで、ミレインきっての荒くれ神父は、獰猛な笑みを浮かべた。
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