第41話 自白と敗因


「……ハァ、ハァ……あークソ……テメーほんとふざけんなよ、俺の右手が……あの……左手だからな……!?」


 集中が切れて脱力し、たたらを踏んだデュロンは、二、三歩下がって尻餅をついた。

 痛すぎ、辛すぎ、疲れすぎに憑かれすぎ、血を流しすぎで頭が回らず、自分でもなにを言っているかよくわからない。


 吹っ飛ばされた両手は焼き潰れているため、少なくともすぐさま致命傷にはならないだろう。

 まさかヒメキアでなく、デュロン自身の失血死を心配する羽目になるとは思わなかった。


「そうだ、ヒメキアは……」

 彼女が隠れていた方へ眼を向けると、ちょうどデュロンの方へ走ってくるところだった。


 ヒメキアは相手の肉体的な状態を本能的に察知できる。自らの優先選別トリアージに従い、彼女は一号患者へ一直線に駆け寄った。


「パパ、しっかりして! まだ治るよ!」


 そういう論理的判断だとわかってはいても、やはり若干の嫉妬を禁じ得ないデュロンだった。

 それを鋭敏に感じ取ったのか、ウォルコを抱き寄せて回復魔術を浴びせながら、ヒメキアが気遣わしげに振り返ってくれる。


「デュロン、ごめんね。もうちょっとだけ待っててね」

「あ? いや、いいんだよ。俺はほら、勝者の余裕っつーか、全然平気だし。ここからまだ踊ったりとかできるぜ」

「だ、ダメだよ! じっとしてて!」


 デュロンの方も結構な状態らしい。彼女がそう言うならと、安静にしておく。


 やがて容態が落ち着いたようで、ウォルコがぼんやりと口を開いた。


「……なぜ、黙って治療を見てるんだ、デュロン……? 邪魔したっていいんだぜ……?」

「あーあー、訊くな訊くな。もう自分でわかってるくせによ、俺の口から言わせる気か?」


 教会の主力級ならともかく、尖兵も尖兵、捨て駒代表でございますみたいなチンピラに惜敗しておいて、この先何週間「神の敵」として生き延びるつもりか?

 仮に今ここで逃げ果せたとして、デュロンを殺せたとして、この場を凌げるだけだ。


「諦めな、ウォルコさんよ。テメーの奸計は終わりだ。どこを攻め落とそうと思ったのか知らねーが、ヒメキアを失血死させてまでやることか、今一度考えてみろよ」

「しっけつ、し……? ってなに? デュロン、あたし、ふじみだよ! すごくすごいんだよ!」

「えっ? いや、それはわかってるよ。けど……」


 やはり、ヒメキアは自分の特性をあまり詳しくは知らないようだ。ウォルコがあえて考えさせないように仕向けたのだろう。

 しかし当の養父は、意外な答えを発した。


「は? 俺が、ヒメキアを、失血死……?」


 本気の理解不能、呆れ、そして嫌悪すら浮かべた後、一転して笑い出し、まだ塞がり切ってない全身の傷を押さえた。

「ぷっ……はは、あははははは! うあ、いだだだ! いてて!」

「パ、パパ!」

「ふふ、痛……だ、大丈夫。まったく、言うに事欠いてわけのわからないことを……ああ、だからそんな必死になって追いかけてきたのか?

 だったら残念、見当外れもいいところだよ。というか逆に聞きたいな。教会の見解……は別に興味ないし、いいや。でもお前の、あるいはお前の仲間たちの見立ては知りたいな、デュロン」


 彼のあまりにまっすぐな視線に射抜かれて、デュロンはつい正直な考えを喋っていた。


「……俺の死んだ両親のシンパは、大陸中の結構な広範囲に散在したと、姉貴が言っていた。つまり、アンタは彼らの遺志を……」

「うーん全然違う。聞いて損した。0点!」

「知りたいんじゃねーのかよ!?」

「そりゃ、当たっていればな。そうじゃないんだ。いいか、俺は、そして途中からはレミレやギャディーヤもだけど、ヒメキアを救おうとしていたんだ」


 言うに事欠いてはこちらの台詞だ。なにかと思えば、また例の繰り言か。カルトの唱える天国など……と言おうとしたデュロンを、それが全部顔に出ていたようで、ウォルコは手で制した。


「違う違う。まあ聞けって。確かにこの子を教会都市に連れ込んだのは俺だ。

 ……知らなかったんだよ。あんなに重宝され、厳重に囲い込まれ、籠の鳥にされてしまうなんて」


 どうも思っていたのと話が違う。幸いにして、今はこの数日間にしては珍しく、嗅覚はなが正常に作用している。

 少なくとも嘘を吐いていればわかる。それを念頭に、デュロンは半信半疑で問いを重ねた。


「それで彼女に自由を取り戻すため、大脱出エクソダス計画を打ち立てたってのか? さすがに俺も、そんな口車に乗せられるほど純情じゃねーぞ。そもそもアンタ、ヒメキアを拾うときに……」


 デュロンがイリャヒの受け売りを口にすると、ウォルコは深いため息を吐いた。


「まあ、その疑いは妥当だ。だけど同時に誤解でもあるな。

 2年前、俺は暗黒大陸の辺境を旅しているときに、希少種族を尊厳無視で捕獲する、売買業者のような男が、とある集落を滅ぼしているところに行き遭った。

 滅多斬りにしたそいつから、不死鳥人ワーフェニックスという存在の情報を、洗いざらい聞き出した。

 お前たちの方でもすでに考察が進んでたと思うけど……死からの復活、他者回復……そして記憶喪失による精神防衛機能ってやつだな。

 俺は男を殺し、死体の山の前で半狂乱で泣いている女の子を殺して、記憶だけ飛ばして復活させ、ヒメキアと名付けた。

 信じてくれなくてもいいけど、これが唯一の真相だよ」


 デュロンがヒメキアを見ると、うんうんと頷いている。

 彼女には殺される前の記憶がないわけだが、逆に言うと、ウォルコの態度や接し方から、その話を信用に足ると判断しているのだろう。


「……じゃあ、レミレとギャディーヤは? まさか義侠心で動いたなんて言わねーよな?」

「彼らにも情がないわけじゃない。もっともあの2人は基本やりたいようにやってるだけだから、俺も制御し切れてないし、するつもりもないけどな。

 察しての通り、悪魔の加護でジャゴビラ公国軍あたりを強化してミレインを叩かせ、〈産褥〉の残党教派同士がいがみ合ってる間に逃げ果せようってのが、俺たちの目論見だった。

 一定時間ごとにヒメキアの血を捧げ続けて悪魔召喚を持続または断続させる必要があるから、彼女を消滅させてしまったら意味がない。利の面からも理があるだろう?」

「デュロン、パパはね、あたしをすっごく大事にしてくれるんだよ。あたしがねこを大事にするのと同じくらいだよ」


 ヒメキアがにこにこと、嬉しそうに照れ喜びしている。人一倍脆弱な彼女が太鼓判をすのだ。ウォルコは彼女を本気で溺愛しているという事実は、痛いほどよくわかった。

 なぜならそれがウォルコの判断力を鈍らせ、ひよこの一声……決定機となる「おまじない」を許し、敗北の遠因となってしまったのだから。


「ああ、そうだな……そうだよな」

「わかってくれたか、デュロン?」


 思わず漏れたデュロンの呟きを聞き逃さなかったようで、反応したウォルコがゆっくりと身を起こした。

 動ける程度まで回復したようだが、もうデュロンへの敵意はまったくない。

 それどころか、率直に提案してくる。


「昨夜はレミレを先行させたけど、俺の口からもう一度誘おう。

 デュロン、へ来ないか? もちろんオノやベルエフさん、イリャヒ、ソネシエ、リュージュ、仲間たちが……つまり正確に言うと〈しろがねのベナンダンテ〉のみんなが心配なら、彼らを『救う』手引きもする。

 俺たちじゃ頼りないなら、むしろお前たちが協力してくれればいい。檻の中はもううんざりじゃないか?

 なあ、もう充分教会のために働いただろう。俺やヒメキアと一緒に、自由になろうよ」


 熱弁の末、手を差し出してくるウォルコ。それを握った途端、彼は言った通りに全力で走り出すのだろう。

 そしてそれは率直に言って、極めて魅力的な提案だ。

 デュロンはゆっくりと、ウォルコの誘いに手を伸ばす。

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