第34話 その炎の名は


 なんでも燃やせる炎の魔術と、いかなる魔術も無効化する金属。〈青藍煌焔ターコイズブレイズ〉による攻撃と銀合金による防御は、前者に後者が勝る。盾は剣を防ぐため作られたものだ。


 この優劣関係を覆すための追加条件はただ一つ。

 銀の浄化作用による干渉を防ぐために、〈青藍煌焔ターコイズブレイズ〉をことだ。


 これをクリアするため2人は文字通り火を「放ち」、という方法論を採った。だが正直、演技だったのは半分くらいだ。


 イリャヒを殴り倒したのは、念のため彼と炎の魔術的なリンクを完全に断ち切り、さらに、野火と化しても〈青藍煌焔ターコイズブレイズ〉の性質が変わらないことを確認する意味があった。


 最後にそれをデュロンの体毛に移し、ギャディーヤへ届けるという行程である。

 放火・同士打ち・火ダルマという奇行の三連コンボを食らったギャディーヤは、動揺するまではいかずとも思考を狭められ、とっさに正面から迎え撃ってくれた。


 こうなってしまえばしめたもの。

 魔力の無効化を無意味化した以上、体を覆うのが銀だろうと真正銀ミスリルだろうと、不破超合金銀アダマント・アルジェントだかなんだか、そんなもの知ったことではない。

 特にメッセンジャーが人狼である意味すらなく、〈青藍煌焔ターコイズブレイズ〉が仕事してくれる。


「オオッ!」

 デュロンに求められているのは、装甲を破っただ。全開の乱打を開始する。

「オオオオオオオオ!!」


 残念ながら〈青藍煌焔ターコイズブレイズ〉は破壊対象が二層以上になっていると、一度触れただけでは表層しか崩さない。

 不破超合金銀アダマント・アルジェントの板金をチーズのようにり抜き、デュロンの拳はその下の筋骨にブチ当たる。


「ルアアアアアアア」

 これがまたいわおそのものだ。さらに、常時発動する〈超冶金士ウルトラスミス〉が、はつられた装甲を逐次修繕してゆく。

 燃費は相当にいいようで、魔力の枯渇を狙うのは無理そうだ。

 もっともご覧の通り、デュロンも燃費の良さでは二重の意味で負けていない!

「アアアアアアガアアアアア!!」


 ならあとはデュロンの腕次第、体力勝負である。

 デュロンの体重と筋量は、ギャディーヤの半分もない。

 加えてギャディーヤを苛む青い鬼火は、宿し続ければデュロンの命を削る疫病神でもある。


 火責めを仕掛けてはいるものの、主に炙られているのはデュロンの方なのだ。消耗が激しい、今に潰れる。


「こ、の……クソガキャァ……!」

 そして当たり前だが、ギャディーヤも反撃してくる。しかしこれは先ほどの逆も言える。

 燃えているデュロンを殴り返すだけ、ギャディーヤの装甲は剥げてゆく。掴めば止められるだろうが、焼かれる痛みでままならない。

 だから言ったのだ、一緒にくたばれと。


「……オオ……!」

 自分から上手く仕掛け、優位に進行してはいる。それでも挫けそうになったデュロンの脳裏で、姉の言葉が甦った。


『我らの取り柄は謀略と暴力、騙すか殴るかだけ。わたしが前者、君が後者だ』


 ……そうだ、それだけが取り柄だ。ヒメキアを救うためにここへ来た。

 こんなただ硬く、ただ重く、ただデカいだけのゴロツキに、足止め食ってる暇はない!


「オアアア……ッグ!」


 だが燃えながら殴り続けているのだ、再生力が追いつこうとも、まず呼吸に限界が来る。

 デュロンは最後の一撃の反動で自分の方が後退してしまい、天を仰いでその場に立ち尽くした。


「……ア……アア……」


 体が熱い。不思議と痛みはなく、熱だけを感じている。

 狭窄した視野の中央で、ギャディーヤの装甲が完全修復されるのを見た。相手の魔力はまだまだ残っている。


「ヤ、ベー……動け、ね……!」

 デュロンの方は追い打ちどころか、地面を転がって火を擦り消す体力すら残っていない。


「……ハッ、ハァー……いィーい、突きだ、小僧ォ……ゲッホァ!」


 そしてそれはギャディーヤの方も同じようで、笑ったままで吐血し、ゆっくりと前のめりに倒れた。

 防御魔術は盤石でも、その下の内臓が累積ダメージに耐えられなかったようだ。


 霧が晴れるように熱が引いてゆく。デュロンが自分の体を見下ろすと獣化変貌が解けており、炎もいつの間にか消えていた。

 気配を感じて振り向くと、イリャヒがすぐ後ろに、右手を掲げて立っている。指先には野良の同胞を消火した、新たな鬼火の残滓が燻っていた。

 そしてイリャヒは嬉々として謳い上げる。


「我が固有魔術は至高の輝き! 味方には加護をもたらし、敵と見れば一切の容赦なし! 有機・無機、物質・問わず、万物を焼く始原の炎! その名も……」

「〈青藍煌焔ターコイズブレイズ〉はも可能なのか。つーかその勝ち名乗り、絶対に必要か?」

「ちょっと、そこ私が言わなきゃダメなんですけど!?〈青藍煌焔ターコイズブレイズ〉っ!!」

「前から思ってたけどお前、ちょっと自分の能力好きすぎるだろ……」


青藍煌焔ターコイズブレイズ〉同士を対消滅されるという方法で、デュロンだけでなく周囲の消火もすでに終えているという手際の良さだ。


 ともかく、ようやく強敵を下した。リュージュの方も決着がついている頃だろう。

 あとはウォルコを蹴っ飛ばせば、この一連の騒動は終わりだ。

 もっともそれが、実現するには難しいのだが。

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