第33話 青き煉獄の使者
「さァさァどんどん来いやァ!」
「うるあああ!」
人狼の打撃は超強度で阻まれ、内臓どころか筋骨にも響かないのが、手応えでわかる。
使った拳や足が擦り剥け、圧し折れるばかり。再生はするが、徒労である。
「天罰覿面っ!」
吸血鬼の魔術は銀の作用で無効化され、魔力の塵となって消失する。
味方以外は素材に関わらずなんでも燃やすという、〈
魔力無効、物理攻撃もほぼ通らないという、
……と、ここまでは先の交戦の復習だ。
もういいだろうと判断し、デュロンは視線も合わさず、無言で腕を一振りした。
それだけでイリャヒに意図が伝わり、反撃の熾火を寄越してくる。
「おォー、どうした? 仲間割れかァ?」
笑いながら言いつつ、ギャディーヤも半信半疑なのがわかる。そのくらいでちょうどいい。
イリャヒの〈
薄皮一枚焦がさず、鬼火の衣として
常に魔力を供給しなければ消えてしまうが、魔術の持つ特性は変わらず、だ。
異なるものを受容せよ、そして止揚へと導け……錬金術、そして魔族時代という
デュロンで破れず、イリャヒで届かない。ならどうするか。
「後悔しろよ、ギャディーヤ……」
青い炎を袖のように振り回し、まるで元から自分の力であるかのように操って、人狼の体が最速駆動する。
清浄な輝きを放つ拳を、巨漢の顔面へ見舞った。
「これで、終わりだ!」
バシュッ、と……実に無慈悲に呆気なく、炎の衣が消滅した。
なんということはない。銀の浄化作用で、ごく普通に魔力が無効化されただけだ。
当然、ただの生身となったデュロンの打撃など、絶対装甲中のギャディーヤには通るはずもない。
「……おやおやァ……?」
このあまりにお粗末な結果に、無傷で済んでしまったギャディーヤの方が眉をひそめるくらいだ。
だが思い当たる節があったようで、巨大な掌をポンと叩いて声を上げる。
「あァー、わァかった、お前らの失敗の原因が。
俺の鎧を、物理と魔力をいちいち自動判定して切り替える、可変式反応装甲だと決めつけたんだろォー?
つまり打撃と魔術をまったく同時に叩き込めば、俺の〈
破顔一笑、ギンギラに光る体で、ギャディーヤはなぜか胸筋を誇示するポーズを取った。
「よくねェなァ、よくねェぞォー? そりゃかつての人間様が陥った思考回路だ。
相手が無敵の化物だからって、必ず弱い弱い自分たちに倒されてくれる用の弱点が用意されてるってのは、今のこの世界じゃァ通用しねェ。
お前ら、時代錯誤もいいとこだぜェー?」
やはりと言うべきか、小細工の効く相手ではなかった。この責はどこへ求めるべきか。
「……おいイリャヒ、お前だよな? この下策を自信満々で出したの」
「……難しく考えすぎたようですね。ですがこれで通らないとなると……」
「うーわーお前どんだけ使えねーんだよ? 体力、魔力、知力、全部駄目って俺以下じゃねーか」
「……任せておいてその言い草はないのでは? 体力だけの
「あ……? なんか言ったのか、頭でっかちの貧弱野郎? やんのか、おお?」
「これだからチンピラは困る……品の欠片もなく、
「聞こえねーんだよボケ! さすが、没落した男爵家のお坊ちゃんはよ、声がか細いね!!」
「……今、なにか言いましたか? 私が? なんですって? はあ!?」
生家のことに言及した途端、イリャヒの色白の肌がさらに青ざめ、唇が紫色に変わった。
眼帯の上から右眼を掻き毟り、脂汗を流して叫び始める。明らかに様子がおかしい。
「あー……わかりましたよ。ハイハイハイハイ! もういいでしょう! ハイさようなら! もうどうなっても知りまっせーーーーん!!!」
言葉尻の伸びとともに、彼は青い魔術を放火した。おそらくは一度に出せる最大規模だ。
ギャディーヤの頭上を飛び越え、背後の木々に着弾。そのまま射線を一周し、3人を囲う炎の壁を形成した。
好意的に捉えると敵の足止めだが、中で制圧できなければ意味がない。
どう考えても
デュロンも頭に血が上り、相棒を叱咤する。
「テメッ、なにやってんだこのゴミカス!!」
……つもりで、力一杯殴りつけてしまった。イリャヒは一撃で昏倒する。
「ガキだねェー……」
当然ギャディーヤは余裕綽々で静観しているが、デュロンの方はもうそれどころではない。
「おいおいおいおい、ふざけんなよ!? さすがの俺でも森林火災の怖さを……じゃねーわ、これ俺も出られん……つーか最悪……いや確実に、ギャディーヤだけ生き残って出て行っちまうぞ!!?」
イリャヒが意識を失っても、すでに放たれた火が消えるわけではない。
有機・無機関係なく焼くという性質も変わらず、木も石も土も草も、水溜まりすら燃えている。
こうなってしまえばもう、やぶれかぶれの出たとこ勝負しかない。
「アアアア! クソが! テメー、この筋肉風船野郎、速攻でブッ飛ばしてやる!
……そうだ。俺はな、わかったぞ! こうすりゃいいんだ! ハハ! 簡単じゃねーか!!」
言うが早いかデュロンは獣化変貌し、完全な狼男の姿となって、青い炎に自ら飛び込んだ。
「なにィ!?」
今度ばかりは、ギャディーヤとしても完全に意味不明なようだ。だろうなとしか言いようがない。
デュロンは金毛を青く炎上させながら、奴に全力疾走で突進する。道連れにしてやる
「ギャハハハハハハハハ!! ヤベーわ、俺、完ッ全に無敵状態! ウッヒャァーッ!!!」
恐怖と苦痛で止まりそうになる足を、デュロンは無理矢理引き立たせた。
バカすぎる。術者に付与してもらうのと違い、自分から炎を浴びただけなら普通に燃えているだけで、痛いし、ダメージも受ける。単なる焼身自殺に等しい。
……そう、そんなことはわかっている。明らかな愚挙、だからこそだ。
「俺と一緒にくたばれや、ギャディ公!」
デュロンは絶叫しつつ、燃え盛る視界の中で、ギャディーヤの見かけによらず明晰な頭脳に、閃きが走る瞬間を目撃した。奴の大造りな表情筋が大きく動き、驚愕を表現したのだ。
これはまずい。この炎は理論上、
駄目だ、もう遅い。間抜けの代償は敗北だ。
「ぐがァ!?」
デュロンの一突きが確実に効いた。
残念だが、ここからは煉獄に付き合ってもらう。
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