第26話 親の転勤で無理矢理引っ越しさせられるクラスメイトをなすすべなく見送るときのあの独特のやるせなさ


 もはや隠す気もない垂れ流しの獣性で笑みを作り、猛るウォルコ。


「悪いけどこっちは、何ヶ月も前から計画してるんだ。今さら変更なんかできやしない。大人の事情ってやつなんだけど、わかってくれないだろうか」

「わかんねーよ、わかっちゃいけねーだろうよ……むしろお前がなにをわかってんだよ!?」

「そうだな……お前たちが束になっても、俺には敵わないってことくらいかな?」


 こうなっては仕方がない。もはや語るべき言葉もない。静かに交戦が始まった。


 デュロンが右へ走り、獣化変貌し鉤爪を振るう。

 ソネシエが左へ別れ、固有魔術〈紅蓮冽華クリムゾンブルーム〉で氷の双剣を精製、軽快に踊りかかる。

 イリャヒが後に残り、固有魔術〈青藍煌焔ターコイズブレイズ〉を上方へ射出、落下軌道で脳天を狙う。

 駄目押しで前に出たリュージュが生命息吹バイオブレスを吐き、蔓草の触手群が足元を攻めた。


「ふん」


 そのすべてをウォルコは棒立ちのまま、固有魔術〈爆風刃傷ブラストリッパー〉の四重発動で食い止める。

 気合いを入れたのか鼻で笑ったのか、発した単音の内訳すら読めない。


「ぐっ!」「む」

 疾走中にすねを薙がれ、つんのめって転がるデュロン。

 ソネシエの氷刃は爆裂の〈爪〉の圧力と拮抗するが、打ち合った隙に腹を蹴られ、体勢を崩される。

 イリャヒの炎は爆風で切り裂かれ、リュージュの植物はまとめて伐採された。


「がはっ!」

 なお食い下がるデュロンとソネシエの挟撃を〈爪〉で捌きつつ、ウォルコは息吹ブレスを吐きながら低い姿勢で迫る……というよりは迂闊に距離を詰めてしまったリュージュへ、素早い踏み込みで左の鉤突きを放つ。


「う……!」

 脇の下あたりを通して、おそらく右肺にダメージが入った。

 反射的に息の詰まったリュージュの顔面へ、ウォルコは容赦なく右膝を入れ、〈爪〉の対処で手一杯のソネシエにそのまま横蹴りを見舞い、彼女の矮躯を吹き飛ばす。吸血鬼の少女は呻き声も小さい。


「のぴゅ!」

 イリャヒの近接戦闘力は、発した奇声よりなおお粗末だった。彼の鬼火は強力だが、炎ゆえ展開速度が比較的遅く、当たらなければ意味がない。

 やじりのように水平跳躍したウォルコはイリャヒの細面を片手で掌握して、後頭部を地面に叩きつける。吸血鬼の血潮を浴び、獅子頭人ナラシンハの瞳孔が開いた。


「……っ!」

 ヒメキアを抱えて逃げるのは無理と判断したのだろう、オノリーヌが最後の砦として、ウォルコの前に立ちはだかる。

 近接最強、獣人最強と言われる人狼の一個体が……事務仕事でなまってはいるが同年代の少女と比べると極めて筋肉質な彼女の体が、ビンタ一発で空中回転した。

 悲鳴を上げる余裕すらなく、無言のままで崩れ落ちる。


 ウォルコはなにごともなかったかのように、ヒメキアに微笑みかけて言った。

「さ、ヒメキア。みんなにさよならして」


 魔族同士の戦闘は常に再生能力を考慮せねばならず、相手をいちいち倒したり殺したりしていては、決着までに余計な手間と時間がかかりすぎる。

 それよりも一時的に制してしまい、わずかな隙の内に目的を達成してしまう方が合理的だ。

 先ほどウォルコが放った強烈な殺気は、デュロンたちを煽り、勇み足を踏ませるためのハッタリだったのだ。


 ウォルコに軽々と抱えられたヒメキアは、5人を心配そうに見回しつつ、本当に申し訳なさそうに眉尻を下げ、それでも旗幟を鮮明にした。


「みんな、ごめんね……よ、よくわかんないけど……でもパパがこうするんなら、あたし、ついてくよ。

 あたしと遊んでくれて、ありがとうね……みんな、また会おうね。元気で、いてね……」


 そう言いつつ、彼女の翡翠の眼からは大粒の涙が溢れた。


 本人も混乱している様子だが、それはデュロンたちも同じだ。

 少なくともヒメキアが「計画」とやらを知らされていないことは確からしい。


 彼女自身が裏切っていないのなら、話は簡単だ。勝手に預けて情を移しておいて、勝手に引き剥がすなどという横暴が、通ると思ってもらったのでは困る。いくらなんでも舐めすぎだ。


 とにかく一時制圧されようが、何度でも向かって行けばいいだけの話ではある。

 ……そう口にするのは簡単だが、デュロンの内心では暗澹たる想いが渦巻いた。

 しかしとにかく今は、それを蹴り足に乗せる。


「クソ……なんでだよ、ウォルコの旦那!?」


 再度踊りかかったデュロンを食い止めたのは……しかし、ウォルコではなかった。


「……よォークソガキ、しばらくぶりだな?」


 見た強面こわもてに、聞いた濁声だみごえ。なによりこの巨躯を、間違える方が難しい。


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