第27話 金の俺様、銀の俺様
あるはずのない姿がそこにあった。
巨大な掌が、蹴り込んだデュロンの靴底を造作もなく押し返す。筋肉自慢の剛力無双、
合図を出して呼び寄せたと思しきウォルコが、親しげに声をかける。
「遅かったじゃないか」
「無茶言うぜ、開けるだけ開けてさっさと先に行きやがって。外の混乱に乗じたとはいえ、足止め連中を突破するのは……まァ、さして苦労もなかったけどよォー!」
「……テメーら、いったいいつから手を組んでやがった……!?」
最悪の取り合わせに苦み走るデュロンを見て、悪党どもは凶暴に笑う。
「さあて、いつからだったっけな? 簡単な取引をしたんだ。この街から逃がしてやるから、俺の計画に協力してくれってね。あの即答はさすがの豪傑ぶりだったよ」
「つゥかお前と同調しなきゃ逃げ切ることはできねェんだから、実質脅迫だわな。自分で投獄しといて勝手な釈放に条件付けるとは、
思い当たる節はいくつかあった。猫のガミブレウ派の討伐作戦を主導したのはウォルコだ。結果的にかもしれないが、この時を見越してギャディーヤという大駒を確保し、監房という死角へと引き込んだ格好となった。
そして、これも手を組むに至った原因か結果かは不明だが、獄中のギャディーヤは結局、ヒメキアを害するという主旨の発言をしていない。
あのとき奴がなにを言いかけたにせよ、視線がヒメキアを捉えた時点で、そうしないと不自然なため、ウォルコは指と鼻を切り裂いただけだ。
「さァーてウォルコ、俺を地下へブチ込んでくれたてめェに借りを返さなきゃなァー?」
そして脱獄させる関門についても、実力と信望を兼ね備えたウォルコにとっては、それなり程度の工作で済んだのだろう。たとえばあの中年の牢番と完全に結託するとか、そのあたりか。
考えていても仕方ない。幸いにもギャディーヤの動きは巨大ゆえさほど速くはないが、筋骨隆々ゆえ、イメージするほど遅いわけでもない。
つまり、奇襲攻撃を仕掛ける相手としては、十分ウスノロだということだ!
デュロンは静かに地を離れ、飛び蹴りを食らわせる。
ギャディーヤは避ける素振りもなく、左こめかみへの痛打を許した。
だがデュロンが得た手応えは、生体組織ではありえない反発だった。
「お前が落としたのはァ……金の俺様?」
強硬に跳ね返され、着地したデュロンが確認すると、ギャディーヤの左こめかみだけが金色に変化していた。
見ているうちに、
デュロンはイリャヒが言っていた懸念を思い出した。ギャディーヤの固有魔術は未詳だ。
「それとも……」
同じことを考えているのだろう、イリャヒが嫌な予感に駆られた様子で鬼火を放つ。
絶対破壊の炎が渦状に変化して巻きつくが、ギャディーヤの皮膚に触れた瞬間、まとめて掻き消えた。
「……銀の俺様か?」
蛇に絞められた痕のように、ギャディーヤの皮膚が縞模様に変化していた。今度は銀色にだ。
おそらく体表に金属装甲を生成し、さらには粘性や展性、靭性などの性質を好きに弄れるという、錬成系の固有魔術だろう。
しかも瞬間的・部分的な対応が可能という、柔軟で高性能な代物だ。
ちょうどそのとき、広場に複数の声が飛び込んできた。
「こっちだ!」「見ろ、ありゃ悪名高いギャディ公じゃないのか!?」「捕まってたはずだろ!?」「もはや語るに及ばんな、ウォルコ!!」
市内の他の場所を鎮圧してきたのだろう、同僚たちが増援に現れたのだ。
だがウォルコは意に介さず、ギャディーヤの言葉遊びに付き合う。
「さあ、なんだったかな。乾いた血の臭いが錆っぽかったし、鉄だったと思うな」
「だァーっはっは、正直者には褒美をやらんとな!というわけで、金と銀の俺様を両方プレゼントしまァす! 面倒だから混ぜちまうがなァ!」
ギャディーヤの体表光沢が汚いマーブル模様となるが、すぐに止揚に達した。
銀色の部分は起きた現象から見て、文字通りの銀だ。
かの伝統的素材が魔族の弱点である理由は、触れた魔力を無効化する、その浄化作用だ。
剣や鎧に仕立てれば氷の息吹を断ち、炎の魔術を打ち消せる寸法である。
「最近じゃァー、教皇庁も親切になったもんだ。敵性の俺らにも識別名をくれる」
金色の部分は尋常でない剛性から察するに、単なる黄金ではない。
銀を対魔術絶対防御と考えるなら、それを補完する物質……伝説に言う
物理攻撃に対する最強の耐性だ。竜や巨人クラスの大質量をもってして、始めて破壊可能だと聞く。
ギャディーヤはその2つを体表で捏ね回し、かの有名な
魔術を阻む銀を魔術によって
「俺の固有魔術は〈
まァいいさ、箔が落ちても性能が下がるわけじゃァねぇんだからよォーっ!!」
金銀色の彫像と化したギャディーヤと、ヒメキアを抱えたウォルコが背中合わせとなる。
怒号を塗り潰すように、ついに迫った増援たちの、魔術と肉弾が殺到した。
「さァ猟犬ども、突破してみろ! 俺様謹製、
ギャディーヤは仁王立ちのままですべての攻撃を受け切る。
魔術は浄化作用が、肉弾は絶対強度が打ち消した。
当然の結果とばかりに、ウォルコが平静そのもので、背中越しに釘を刺した。
「じゃ、そろそろ頼んだぞ。この子に傷1つでも付けたら、後で確実に殺すからな」
「おっかねェがよォー、しゃァねェなァー!」
その態度と、実際に手綱を握れている様子から、ギャディーヤにダメージを与える方法は、おそらくないわけではない。しかし、それがウォルコにしかできない方法なら、デュロンたちにとってはなんの意味もない。
そこまで考えたところで、デュロンは2人の行動に当惑し、それどころではなくなった。
「はいよ」
「おらよ! じゃァ行ったらァ!」
不意に振り返ったギャディーヤに、ウォルコがヒメキアを預けたのだ。
戸惑う少女を、まるで楕円形のボールであるかのように、その巨腕でしっかりと抱え込む。
見た目に反し、恐ろしく器用な男だ。ヒメキアがまったく痛がっていないところを見ると、卵を温めるように繊細な力加減を加えているのだろう。
奴は頭を低くし、不敵に笑って、そのまま一直線に走り出した。
「…………!」
これにはデュロンたちだけでなく、駆けつけた同僚たちも対処に苦慮する。
先ほどは盾役を担うギャディーヤ狙いでめちゃくちゃに攻撃できた。しかし今度は当のギャディーヤが、救出すべき少女を抱えて走っている。
これは攻撃していいのか? 最悪こちらの斉射がギャディーヤの装甲を上滑りし、ヒメキアだけが消し炭になるという、本末転倒すらありうる。
ヒメキアが〈結界石〉を使えればいいのだが……おそらくあの状態のギャディーヤに触れている間、ほとんどの魔力や魔術は封印される。
全員の出足が鈍った。
「さて、邪魔はさせないよ」
さらにウォルコの存在がある。先の行動で、彼がギャディーヤを相当に信用していることはわかった。このまま広場に残り、足止めに徹するのだろう。
「皆、聞きたまえ!」
声を張ったのは、
「……っ、彼女……ヒメキアには……」
注目を集めたものの、歯を食い縛り、拳を握りしめて続きを言い淀む。
「彼女には再生能力がある! それも、体一つ潰れても復活できるレベルのものが!
だからとにかく、物理的な障壁でギャディーヤの足を止めるのだよ!
倒す必要はないのであるからして、足元の見えないデカブツを転ばせてやればいい!
ただし生半可なバリケードでは、チーズのように千切られると心得たまえ!」
お手並み拝見と静観していたウォルコが、余裕の半笑いで彼女へ迫る。
「……それを俺が、実行に移させると?」
「させるかもしれんな、ウォルコさんよお!」
応じて立ちはだかったのは、増援たちだ。〈爪〉とやり合いつつ、デュロンらへ叫ぶ。
「正直あのおちびが誰だかよく知らんが、お前らの客なんだろ? だったら取り戻せ!」
「ウォルコが我々を邪魔するんじゃない、我々がウォルコを邪魔してやる! 行ってやりなさい! それが責務であり役目というものだ!!」
思えばこの2日間、ヒメキアは寮内や街中で黒服に会うたび、にこにこ挨拶していた。自分の護衛対象でなくとも、助けてやりたくもなるだろう。
「すまん、恩に着る!」
改めてウォルコに包囲攻撃を仕掛ける同僚たちを横目に、デュロン、オノリーヌ、ソネシエ、リュージュ、イリャヒは、ギャディーヤの去った方向へ駆け抜ける。
〈爪〉の追撃はやって来なかった。いくらウォルコでも、デュロンたちのような若手ならともかく、中堅や熟練をそう何人も同時に相手取れはしないだろう。
それより、火急なのがギャディーヤだ。5人は屋根へ登り、疾走・飛翔する。
「見つけた。あそこ」
ソネシエの声に振り向き、全員が彼女の視線を追うと、暴走する重金属の塊があった。
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