第22話 祝祭と猫の王国③
ようやく話が見えてきたため、デュロンは口を挟んだ。
「ああ、俺もそれは聞いたことはある。だが単なる思い切った大法螺だろ? すべてって言ったって、じゃあ新しく生まれてくる子猫はどうなんだよ」
「どうなんだと言われましても、かわいいんだと思います」
「そうだね! こねこは天使だからね!」
混ぜ返してくる2人をスルーし、吸血鬼の妹が真面目に答えてくれる。
「吸血鬼の因子は遺伝する。誤解されがちだけれど、普通の動物が吸血鬼化したからといって、生殖機能が失われるわけではない。
「お、おお……あ、それで子猫、そのまた子猫へとバトンタッチされていくわけか」
やけに生々しい話だが、ソネシエの抑揚のない口調が中和してくれる。イリャヒが話を戻した。
「吸血猫たちはですね、魔族社会の新体制が確立される際に実施された、ミレインの都市計画の一部だったのではないかと囁かれているわけです。
私もソネシエもさして信じてはいませんでしたが、ウォルコ氏が提示されたという、ヒメキアを連れ回す際の条件が、これにより説明できます」
「一つ目、ヒメキアをけっしてミレイン市内から出さないこと。
二つ目、ヒメキアをできるだけたくさんの猫に会わせること」
改めてウォルコ自身が
「ああ……希少種族であるヒメキアを囲いたい教会側にしてみれば、もちろん手勢である我々を護衛につけてはいるものの、それだけでは心許ない。
そこで市内に張り巡らされている生体監視網の、おそらくは複数系統あるうちの一つを割り当ててきた。
一括か分担か、ミレインの猫たちを血で飼っている吸血鬼……あるいはそれと同等以上の魔力を持つ、まさしく管理職と呼ぶに相応しい誰かさんは、
彼女の論にオノリーヌが相槌を打つ。
「いずれにせよ我々には手の届かない領域からこの街を統御しているのだろうね。ミレイン司教とどう折り合いをつけている……というか、ミレイン司教を含めたミレイン全体を監視しているのかも」
「うむ。わたしに言えることは一つであるな。すなわち、不労所得が羨ましすぎる!」
「いやむしろめちゃくちゃ働いてると思うがね……つまりこの街の野良猫たちは、動くランダムチェックポイントというわけだ。
かわいいにゃんこがスタンプカードにもちもちの肉球を
「オノ……そのイベントっていつからあるの?」
「ヒメキア、空虚な希望を持たせてすまない。もののたとえというやつなのだよ」
無駄に落ち込んだヒメキアをソネシエと一緒に両脇から慰めつつ、デュロンはこの話の要点に気づき、ウォルコに直接尋ねる。
「……待てよ、じゃあなにか? 市外へ出るのは論外としても、猫先輩たちへの挨拶を怠ったりしてたら、それだけで……」
「うん。疑いを持たれうる報告の空白時間が一定程度過ぎたら、最悪それだけで背任扱いで処断されることもありえたね」
「嘘だろ!? 知らねー間に大した意味もなくめちゃくちゃ危ない橋渡らされてんじゃねーか!? なんでそれ最初に言わなかった!?」
「いやー、言いそびれたというかなんというか」
やっぱりそういうのがあった。ウォルコの個人的な依頼がまともなわけがなかったのだ。なぜこう無闇矢鱈にスリルを挿入しようとするのかわからない。
「まあまあ」そして無関係だったのに巻き込まれた立場のイリャヒがなぜか窘める。「ウォルコ氏も言うに言えなかったのでしょう。説明し始めたら自分の口でみなまで伝えなくてはならなくなってしまうのですから、必要条件だけを提示した方が、八方丸く収まるというものです」
「そういうことさ。俺だって板挟みだったんだ。お前たちなら、言われたことは守ると思ったし」
確かに「偶然知ってしまう分には構わない」みたいなことを言ってはいた。ヘラヘラしているのでわかりにくいが、ウォルコは思っているより複雑な立場にあるのかもしれない。
ヒメキアの頬をもちもち触りながら、ソネシエがこの件を総括した。
「条件自体はごく簡単なもの。遵守すればいいだけなので、格別の問題はない」
「やあ、ソネシエが言うと説得力が違うなあ」
「そしてそれをアンタが言うと説得力ゼロなんだよ……つーか、おい、具体的なリミットがわかんねーが、そろそろヤベーんじゃねーか?」
取るものもとりあえず、一行は猫のいない聖ドナティアロ教会を後にした。
街路に出ると、まるでこのタイミングを待っていたかのように、件の黒猫が姿を現していた。
「黒ねこ! あたしに会いに来たんだ!」
ヒメキアが嬉しそうに駆け寄り、抱き上げてしばらく撫で、名残惜しそうに放す。
ウォルコによると、1匹連れ歩くというのはナシだそうだ。その1匹になんらかの欺瞞工作を施していると疑われるからだ。そのためのランダムエンカウントなのだとか。
実際、地面に降ろされた黒猫はしばらくヒメキアを追いかけていたが、ある地点で諦めて尻を見せた。
オノリーヌが納得とともに考えを示す。
「猫には決まった徘徊テリトリーがある。街中の野良猫のそれらをマッピングしていくと、いい塩梅の中途半端さでゴチャゴチャ重なり合う感じになるはずだ。
自然に数匹が交代で担う管轄区のようなものが出来上がり、水も漏らさぬ監視網の完成という運びになるわけだね」
デュロンはレミレが男湯から出た後、さっさと退散していった理由を理解した。
たとえ出会い頭にヒメキアを掻っ攫えたとして、夜の街で野良猫の眼を完璧に逃れて悪事を完遂するというのは、とんでもなく高度な隠密行動能力でもない限り不可能だからだ。
そのあたりを勘案した所感が口から漏れる。
「嫌な話だぜ……」
「嫌いにならないであげてね。ねこに罪はないよ。たぶんないよ。あるかも……」
「いや途中で自信なくすなよ、かわいそうだろ」
ヒメキアの切実な訴えに対し、デュロンはすかさずフォローを入れた。
「わかってるさ、悪意があってやってるわけじゃねーってことはな。俺も猫は好きだし」
わかってくれた? とヒメキアはにこにこ笑った。なにかもう彼女は、猫の守護者的な存在になりつつある。そのうち本家本元の
ウォルコが大きく伸びをして、一行に告げる。
「さて、それじゃ俺は持ち場に戻るよ。ヒメキア、うちの猫たちにご飯をあげてきてくれていいか?」
「わかった! みんな、ついてきてね!」
「了解した」
相変わらず無防備にわーっと走り出すヒメキアに、ソネシエがぴったりくっついて行く。
その様子を見送り、薄く微笑んで、ウォルコは背中を見せた。
「じゃ、引き続きよろしく頼むよ」
「あ? ああ……」
デュロンはなぜかウォルコの感情に複雑なものを感じたが、特に気にせず、皆とヒメキアを追いかけた。
というわけで一昨日以来となる、ウォルコ宅へと6人でやってきた。鍵はヒメキアが開けてくれる。
昨日掃除でもしたのか、なにか変化した雰囲気があった。
玄関からお邪魔した途端、猫たちが大合唱とともに押し寄せてくる。
「わー! うわきじゃないよ! ほんきじゃないからうわきじゃない! 外のねことは遊びの関係だったんだよ! だからうわきしてない!」
「不倫亭主みてーなこと言ってるな……」
猫たちにスカートを引っ張られながら弁解するヒメキアだが、最終的にのしかかられて押し倒されてしまった。しどけなく着衣を乱され、恋人に束縛されるような悲壮感で呟く。
「どうしよう、外のねこの匂いがついちゃったのかも……あたしまだ許してもらえてない……」
「まったくヒメキアはたらしで困ったものだね」
猫たちに無条件降伏するヒメキアに代わって、オノリーヌが餌と水を用意している。
「姉貴、
「失敬な。そしてバカを言うでないのだよ。家主がいない家でやることといえば、家探しだと心得たまえよ」
「どこの世界の常識なんだよ……ヒメキア、こいつ叱ってやってくれよ」
デュロンが姉のポニーテールを引っ張っていると、猫たちの注意が餌に向いて一時解放されたヒメキアが、ぴんと立った尻尾を数えながら、あっけらかんと言った。
「べつにいいと思うよ。あたしやねこがうろうろしてて、パパに怒られたことないから。
……あれ、ハーニーがいないや。まだ寝てるかな? あたし、探してくるね!」
他の部屋に去る彼女を見送り、デュロンが室内に眼を戻すと、色や模様の様々な猫たちの背中がある。この国では見かけない、珍しい種類ばかりだ。
ヒメキアは猫が好きだ。だがミレインの野良猫はすべてが、どこかの高位吸血鬼の使い魔らしい。家の中まで監視されてはたまらない。
なので文字通りに唾の付けられていない外来の猫たちを完全室内飼いにした、という帰結なのだろう。
なぜか張り切って家宅捜索を始めるオノリーヌにソネシエとリュージュが悪ノリし始めたので、デュロンはまたしてもイリャヒとともに、手持ち無沙汰で待つことになった。
デュロンが隣を見ると、イリャヒは珍しく真剣な顔をして、普段考えもせずベラベラ喋る彼には珍しく、慎重に言葉を選ぶ様子で口を開いた。
「あのですね……うちのおちびとはすでに話し合ったのですが、1つ2つ懸念があるのです。聞いてくれます?」
「そりゃまあ、今ヒマだしな」
「ギャディーヤ・ラムチャプのことなのですがね。奴の処遇を聞きましたか?」
奴を捕縛した翌日、つまり一昨日の昼に通達があった。
「ああ。祭りの最中に血生臭いのは縁起が悪いってんで、2日目終了翌日の5月1日……つまり明日の早朝に公開処刑だったな。つまり……」
「昨日と今日の2日間、奴は執行猶予を言い渡された形になるわけです。
その決定が下されたのと同じ日に、謎の女があなたたちを襲撃。これは果たして偶然の符合ですか?」
「……ギャディーヤがわざとこの時期に合わせて捕まったってことか? 考えすぎじゃねーか?」
「すみません。我々吸血鬼はあらゆる系統の嘘を感知する能力を持たないため、天然で疑り深くなりがちなのです。性分なのですよ。
絵空事に聞こえるでしょうが、なにか作為を感じるのです。
もう一つ気がかりなのが、ギャディーヤが固有魔術を見せずに敗北したことです」
当夜の様子を思い出したデュロンは、ポンと手を打った。
「ああ、そっちは俺が説明できる。あの野郎、完全に俺らをナメてやがったから、最初の一撃は筋肉どころか意識の反応、つまり魔術の発動も間に合わなかったはずだ。
そして俺が刺し返したヤツのナイフだが、あれは光沢から銀合金製だとわかった」
「ああ、なるほど。納得しました。やはり私の勘繰りすぎだったようです」
銀はほとんどの魔族にとって弱点物質であり、触れている間は系統に関係なく再生能力を阻害され、魔術も発動できなくなる。
ギャディーヤはそれを腹に突き立てられたため、反撃どころの騒ぎではなかったのだろう。
そしてこれが、魔族社会の戦闘屋が銀製の武器を用いない理由の一つでもある。
銀の弾丸は存在する。ただ、なにかの間違いで自分や身内が撃たれるのは絶対に嫌なので、誰も使わないだけだ。
ちょうど話が一区切りついたところで、ヒメキアが真っ白いふわふわの猫を抱えて戻ってきた。
朝食に参加するハーニーを見届けて、ヒメキアはデュロンたちに向き直る。
「終わったよ、ありがとう。なにか面白いものとか見つかった?」
「お前ん家なのになんで把握してねーんだ……おい、姉貴、リュージュ、その辺にしとけ」
出発の時間を迎え、ヒメキアは猫たちに向かい、小さく手を振った。
……その途端、食事に夢中だった猫たちがふと、12匹で一斉に顔を上げた。
なにを感じ取ったのか、再びヒメキアに殺到し、鳴きながら追いすがる。
「あはは、みんなどうしたの? 帰ったらまた、ちゃんと遊んであげるから!」
軽くあしらって出かける彼女を、猫たちは玄関に並んで何度も呼び止める。
まるで奔放な君主に、その身を案じる家臣たちがこぞって警告するように。
いけませんぞ姫様、外は危険なのです。
そう言っているように思えたのは、気のせいか?
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