第21話 祝祭と猫の王国②
「ぎっ……ギャアアアアア!! てめェーッ、なにしやがるゥゥゥゥ!?」
格子自体は極めて頑丈なので、傷1つない。
だが隙間から食み出ていたギャディーヤの鼻は横一線に、両手は中指と薬指の間を精確に斬り裂かれている。
魔族の再生能力を用いれば大した傷ではないが、痛みまでチャラになるわけではない。
当のウォルコはといえば格子に近づくどころか手を動かしてすらおらず、ただ焼け焦げた残り香の中で、悪びれもせず大鬼を睨みつけるばかりだ。
「やれるもんならやってみろ。そこから出られればの話だけどな」
デュロンの眼には3本1組の赤黒い炎の刃が3組、はっきりと視認できた。
これがギャディーヤの言った、〈最強の爪〉という二つ名の由来だ。
ウォルコの固有魔術は識別名〈
元は普通の爆裂魔術なのだが、〈爪〉のイメージをベースに指向性を与えて研ぎ澄ませ、その破壊力を刃物のように振るうことが可能となった。
彼いわく、頭の中で視界に落書きするような感覚で発動できるらしい。
「おいおいおいおい! コラ、ウォルコ! やると思ったよ、お前は!」
異変を聞きつけてやってきたベルエフはウォルコを蹴り飛ばし、ギャディーヤの様子を確かめる。
「ヒヒヒ……これが精一杯か? チマチマ器用な小手先は伊達じゃァねェようだなァ、えェー? こんなもん効かねェんだよ、お間抜けちゃんがよォ!」
「牢獄に守られたな。虜囚としての立場がなきゃ、滅多斬りにしてやるのに」
格子越しに一触即発といった様子の両者を眺め、ベルエフは呆れて髪を搔く。
「もういい、行け。つーかお前ら、そのウォルコとかいうアホを連れ出してくれ」
ヒヒ、ヒヒヒヒ……という体格に似合わない引き笑いは、ベルエフが格子を蹴飛ばすまで続いた。
不気味に思いつつも、一同はこの場を離れる。
地上に出て、辿り着いた正面玄関から差し込む朝陽があまりにも眩しい。
得体の知れない寒さを感じていたのか、ヒメキアがソネシエに抱きついて温めている。
その頭にポンと手を置き、ウォルコが相好を崩した。
「ヒメキア、お祭り楽しんでるか?」
「楽しんでる! ねこもいっぱい見れたよ!」
「そうか。お前たち、上手くやってくれてるみたいだな。オノリーヌとイリャヒまで動員してしまって、すまないね」
「まあまあ」「いえいえ」
ウォルコはおざなりにたしなめられたことで、そんなことを断る必要のない、気安い関係だと思い出したようだ。
「ありがとう。ところでヒメキア、猫のことなんだけど……」
「猫!」いきなりイリャヒが叫んだので、全員がビクッとした。「あ、お話に割り込んですみません、こちらのことです。依頼しておいてすっかり忘れていました。とうに結果は出ているはず」
「なんだなんだ? なにか楽しいことかな? 俺にも一枚噛ませてくれよ」
デュロンも思い出した。格別楽しいことでもないのだが、一度興味を持ってしまったウォルコは五歳児並みに止まらない。
そして特に隠すようなことでもないため、イリャヒは鷹揚に頷く。
「ウォルコ氏、あなたはすでにご存知のことかもしれません。というか、一度このあたりの認識を擦り合わせておくべきだと思っていたところです。同行いただきましょう」
「なんだか思わせぶりだなあ。そういうの嫌いじゃないよ、俺は」
デュロン、ヒメキア、ソネシエ、イリャヒ、オノリーヌは、昨日来たときと同じルートを辿り、リュージュとウォルコがついていく。
中庭を抜けて回廊を進んでいると、デュロンは昨朝レミレに出し抜かれたときのこと、そしてそれに紐付けて、昨夕風呂で抱きつかれたときの感触を思い出し、複雑な情緒を頑張って鎮めた。
そんなデュロンの様子を
「昨日ソネシエちゃんが持ってたあれ、なんだったの?」
「あれは、蝶女の催眠鱗粉を含んだ
スライムソードを錬成していたのは、遊んでいたわけではなかったようだ。
「あれを解析すれば、鱗粉の持つ『操り強度』がわかる。つまり、動物を洗脳操作する際の量的条件を推定できる」
論より証拠だ。礼拝堂の隣にある研究室の扉をノックすると、
丸太のような剛腕を組むが、口調は気さくで、怒っているわけではなさそうだ。
「おう、お前らか」
「おはようございます。お休みのところお手数をおかけしておきながら、伺うのが遅れてすみません」
「なんだ、別にいつ来てもいいって言ったのによ。こっちも半分趣味みてえなもんだ、気にすんな。
そんで、結果だがな。やはり魔力の反応はなし。そして、20だな」
「20ですね。ありがとうございます、助かりました」
「いいってことよ。なんだか知らんが、上手く使いな」
主任研究員らしき
「魔力なしってことは、やっぱ毒や薬と同じく体重ベースで考えていいってことか?」
「ですね。催眠誘発効果については普通の睡眠薬や麻酔薬と同じく、重いほど効きにくいということでいいのでしょう。
しかし洗脳操作の方は、操れる相手とそうでない相手の間に、明瞭なボーダーラインが敷かれる形になるはずです。
たとえば我ら吸血鬼が他の魔族を吸血したとして、吸血鬼の性質を与えることができないように。これは人狼も同様ですよね」
吸血鬼化された人間のことを示す専門用語がなにかあったはずだが……人間の滅びた今や死語なので、学校で習った気はするが、デュロンは忘れた。
一方で吸血の対象が猫や梟、蝙蝠やアルマジロといった動物である場合を使い魔と呼び、こちらが現行社会のスタンダードである。
「出していただいた数値は20。つまり、体重約20キロ以下の動物を洗脳操作できる物質ということです。
竜や巨人を駆り立てるなどといった甚大な脅威にはならないものの、催眠効果との複合であることを考えれば、十分に厄介な能力と呼べるでしょう」
「それはもうデュロンたちが身をもって知っているはず。なんの検証を目的とした裏付けなのかね?」
オノリーヌの問いにソネシエがゆっくり頷き、彼女ではなくデュロンとヒメキアに向かって言った。
「一昨日の夕方の、あの黒猫の様子を思い出して」
まったく思い当たらない2人の代わりに、早くも床にへたり込んだリュージュが答えた。
「ヒメキア、言っていたであるな。黒猫は腕の中で大人しく眠り続け、目が覚めると慌てて逃げ出したと。わたしもそろそろ休みたいのであーる」
「こら、こんなところで寝るでないのだよ」
ダレつつあるリュージュの肩を掴みながら、オノリーヌが閃いた。
「そうか。なぜ変態女は件の黒猫を洗脳しなかったのだろう?
術者の好みや戦術傾向というのは確かにあるけれど、標的の胸に抱かれている小動物を操れるなら、そんな有利な手を使わない理由は特にない。
となると操らなかったのではなく、操れなかったのではないかね? それも有効量以外の原因で」
「考えられるのは、すでに他の誰かに首輪をつけられていた場合かな」
黙って聞いていたウォルコが口を開いたので、全員が注目した。答え合わせをする教師のような表情を見るに、正解をすでに知っていたのだろう。
「催眠強度が上なら洗脳支配を上書きできるけど、実際昨日対峙した感じでは、あの女の能力にそこまでの強制力はないって印象だったね」
イリャヒは恭しく首肯し、結論に移った。
「おっしゃる通りでしょう。そしてそれは件の黒猫に限った話ではないのかもしれません。ここミレインの都市伝説の1つに、こんなものがあります。
いわく、ミレインに棲息する野良猫は、そのすべてが、ある1人の吸血鬼が司る使い魔であると」
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