第13話 宝の在り処


 追走しようにも後の祭り、蝶形仮面パピヨンマスクは完全に行方をくらましているだろう。

 さんざん詰られるかと予感する弟だが、姉の反応は存外淡白だった。


「さて、こうなってしまっては仕方がない、次だ。……なにを落ち込んでいるのかね?」


 ヒメキアに背中をさすってもらっていたデュロンは、その言葉で顔を上げた。

「いや……ああも真っ向から出し抜かれると、人狼としての沽券に関わるっつーか……」


 人狼の嗅覚感知も万能ではない。普通に動揺する一般市民の演技を完璧に熟されればなにも見抜けないし、次から次へ出任せを並べられたら嘘であることしかわからない。心を直接読めるわけではないため、意外と単純な欺瞞に引っかかるのだ。


 そのあたりを熟知しているオノリーヌは、冷徹な瞳を光らせ、束ねた髪を掻き上げる。

「そう、我らの取り柄は謀略と暴力、騙すか殴るかだけ。わたしが前者、君が後者だ。

 次に蝶々が現れたとき、今度こそ完膚なきまでに叩きのめし、ヒメキアを守り切ることだけを考えたまえ。

 さて、イリャヒとソネシエはどこかね?」


 待ち合わせ場所に向かう3人だったが、回廊の途中で向こうからやって来る黒い連中と合流した。

 デュロンが正直に先ほどの失態を話すと、慰めるふりをして全力で煽ってくる兄妹。


「よくあることです。美人局つつもたせに遭わなかっただけ上出来というもの」

「デュロンが見抜けないことは、ほとんどの齧歯類げっしるいにも見抜けない。気にすることはない」

「テメーら絶対いつか2人まとめて泣かしてやるからな、覚えとけよ……で、あれはどうなった?」

「ええ、サンプルを検査に出したのですが、結果が出るまで少し時間がかかるようです。あくまで裏付け程度の証拠ですので、後回しにしましょう。現状放置して支障が出る類のものではないですし」


 そしてちょうどいいタイミングでリュージュが歩いてくるのが見えた。寮に置き手紙を残してきたので、それを読んできたのだろう。


「お疲れ。ウォルコの旦那は捕まったか?」

「なんとかな。方針は変えない、引き続きヒメキアをよろしくとのことである」

「そうか。もちろんそのつもりだが」


 話が一段落ついたのを見計らい、オノリーヌがポンと手を叩いて提案する。

「さて、今できることはやった。そろそろ祭りを楽しもうではないかね。確かそれが依頼の主眼だったと聞いているのであるからして」

 もちろん異論はなく、一行は街へと繰り出した。



 聖ドナティアロ教会から出ると、黒猫は姿を消していた。もとより気まぐれな生き物だ、不思議もない。

 とりあえずしばらく大通りを進み、屋台を適当に冷やかすことで意見が一致した。


「少しおなかがすいた。兄さんがなにか買うなら、わたしも食べる」

「まったくお前はいつもそうやって他者ひと任せ……ではこのベリーパイなどどうです?」

「そうやって甘やかすからではないのかね? やれやれなのだよ。はいデュロン、あーん♫」

「どの口が言ってんだよ、やめろ。外でそういうことするんじゃねーって」

「では中ならよいのか……ヒメキア、我々もなにか見繕おうではないか」

「うん、あたしもおごるよ! パパがくれたお金でだけど。あっ、りんご焼いたのおいしそう!」


 こうしているとこの6人も、どこにでもいるごく普通の若者グループのようだ、などと考えるデュロン。 いや、実際そうだろう。


 とりあえず慈善市バザーで投げ売りされていた猫のぬいぐるみを、ヒメキアがどうしてもほしがるので買ってあげると、とても喜んでくれた。

「ありがとうデュロン。ねこを抱いてると腕が落ち着くよ……」

「そりゃよかった。はしゃぐのは構わねーが、あんまり俺らから離れんなよ」


 途端にいきなり傍らに現れたイリャヒが、デュロンの物真似のつもりなのか、苦み走った顔でハードボイルドにキメてくる。

「俺から離れるなよ……ですって。似てました? 今の、似てたでしょ? ねえ?」

「言ってねーし似てねーしうるせーんだよテメーは……おいソネシエ、バカを監視しとけよ」

「暴走した兄さんは誰にも止められない。わたしも止める気はない」

「せめて止める素振りくらいはしてやれよ、なんかかわいそうになってきたぞこいつ」


 やはり皆、浮かれているのだ。だからこそ誰かが気を引き締める必要がある。


「おっすお前ら、どうよ? 恩赦祭、楽しんじゃってる?」


 そう言って現れたのは、一見強面の大男だった。長い黒髪を馬のたてがみを思わせるソフトモヒカンに整え、眼光鋭く、たてがみのてっぺんまで含めると2メートル以上ある。


 そいつがニカッと犬歯を見せて笑うのだから、もう威嚇にしか見えない。慌ててデュロンの後ろに隠れるというヒメキアの反応も無理がなかった。ラフな服装も相まって、正直盗賊団の頭領でも通る。


 だがこの男……ベルエフ・ダマシニコフはデュロンらの直接指揮権を持つ祓魔管理官エクソスマスターにして、デュロンやオノリーヌと同郷の人狼だ。年齢は確か今年で36歳のはず。


 どちらかというと怪僧と呼ぶべき彼は、デュロンとオノリーヌの親代わりの存在でもある。


「ちーっす、ベルエフの旦那。そういうアンタは、巡回査察の真っ最中なんだろ?

 俺らに気を遣ってくれるのは嬉しいが、アンタこそ自分の労働中毒をなんとかした方がいいぜ」

「いやー、いちおう書類仕事は昨日で一区切り付けたんだけどな。さすが俺」

「自分でやったように言っているけれど、ほとんどわたしの成果なのだよ?」


 果実の串焼きを咥えたオノリーヌが横から割り込み、娘が父親にするようにベルエフの尻を叩いた。お返しにと彼女の頭を乱暴に撫で、ベルエフはふと視線を移した。


「……ところでデュロン、そのおちびさんはひょっとして、ウォルコんとこの秘蔵っ子か?」


 デュロンは後ろでヒメキアがビクッとするのを感じた。隠れきれないと観念したのか、彼女は涙目で姿を見せ、本気の命乞いを始めた。


「ひ、ヒメキアです! あたしをおやつに食べないでください!」

「いきなりなにを言ってんだこの子は!? おい、俺そんな無慈悲な化け物に見えるか?」

「俺が言うのもなんだが、アンタ顔が怖いからそのせいだろ。つーかヒメキアのこと知ってたのか」

「話に聞いた程度だがな。……そうだ、いいものをやろう」


 おずおずと差し出したヒメキアの手に、ベルエフは暗緑色の結晶を乗せた。

「なんだそれ? もしかして魔石か?」


 天然資源として発掘される、魔力を含んだ鉱石を、用途に応じて精製したものである。

 自分の魔術を補強したり、自分の魔術にない能力を借り物として発揮できる便利アイテムだ。

 魔族は己の天稟を恃むことを誇りとするため、使う者は少ないが、例外もある。


「さっき摘発した露店の商品だ。居合わせた同僚に頼んで検証は済ませてある。

 なにがやべえかっていうと、ちゃんとしたまともな効力がある点なんだよ。道具は悪用する奴が悪いから、だからこそ不特定多数への販売は制限せざるを得ねえ。まあそういう代物だ」


 つまり、ヒメキアなら悪用しない、あるいはできないだろうという確信があるらしい。

「まあちょっとやってみな。ヒメキアちゃん、そいつにグッとこう、魔力を込めてみるんだ」


 ヒメキアが言われた通りに力むと、半透明な魔力の薄壁が、6枚1組の立方体で現れた。デュロンが拳で叩いてみると恐ろしく硬く、中のヒメキアがしっかりと守られているのがわかる。


「〈結界石〉って代物でな。発動したら術者を倒すか石を奪うまで解けねえっていう、他者ひとに使えば監禁し放題のクソみてえな代物だが、ひとたび自己防衛に使えば金庫に鍵を閉じ込めた格好となり、盤石の守りってわけよ」


 なるほど、強力な代物だ。しかし吸血鬼が割って入った。

「こんなもの必要ない。ヒメキアはわたしたちが、わたしが守る」

「ソネシエちゃん……!」


 白昼堂々いちゃつきだした2人を気後れ気味に見守るベルエフだが、頭を掻きながら補足する。

「もちろんそれが1番なんだが、保険をかけておく必要があると思ってな。

 ……実は、すでに買ってっちまった客が1組だけいるそうだ。そいつに対抗するには、やはり同じもので抵抗できた方がいい。

 どこまで効力があるかわからんが、お守りみてえなもんだと思って、持ってってくれよ」


 明確な厚意を感じたようで、ヒメキアは破顔し、暗緑色の魔石をしっかりと握り込んだ。

「ありがとう、ベルエフさん!」

「おー、ちょっとは俺に慣れてくれたようで、むしろそっちが収穫だぜ。じゃ、お前ら目一杯遊べよ。休むときゃ休むのも仕事のうちだかんな」


 温かい言葉に感銘を受け、リュージュが最敬礼の姿勢を取り、イリャヒが悪ノリでそれに倣う。

 2人を相手に二言三言冗談を飛ばしたベルエフは、背中を見せて手を振り、仕事に戻っていった。


 彼の後ろ姿を姉が見ているのに気づき、デュロンが目配せすると、オノはモゴモゴと口実を呟く。

「すまんね。なんというか、ほら……あの人はわたしがいないとあれだから」

「いいから行くなら行け、見失っちまうぞ」

「うむ……では、君らは楽しんでくれたまえ。わたしは……あっ! 待つのだよトサカ頭!」


 仲のいい父娘おやこのように去っていく2人を見送り、自分とウォルコの姿に重ねたのか、ヒメキアはにこにこしている。

 彼女の肩に触れつつ、イリャヒが一同を促した。


「では、我々はお暇しましょう。ヒメキア、俺から離れんなよ……ですよ!」

「気に入ってんなそれ……ヒメキアに変なこと教えるんじゃねーよ、ほら行くぞ」



 それから午後一杯はときおり路地裏の猫たちに構って休憩しつつ、表通りで遊び歩いた。

 暇を持ち余すのではという懸念があったのだが、実際は無用で、祭りの出店は多種多様だ。


 たとえば数年前まで商館が建っていた、とある空き地にて。


「さあさあ、この庭一帯に埋めたお宝を、穴を掘り掘り探してくんねい! スコップ一本貸し出しで500ペリシ、出てくるお宝は最高3万ペリシがあるよ!」

 気のいい姐御あねごはヒメキア一行の興味に気づくと、立て札を示して注意する。

「そこの坊ちゃん嬢ちゃん、どうよ? ただしお宝は深いところに眠ってる! アタシは埋めるのに特技を使ったが、君らはあくまで地道に発掘してもらうよ!」


 立て札には禁止事項が書かれている。

 所定のスコップ以外の道具や魔力、その他あらゆる特殊能力の使用。小鉱精ドワーフなど(錬金術的なレベルで)土いじりが得意な面々……そして人狼の参加。

「……なんで俺らも?」

「おーっとそこのお兄さん、確かに体力バカ丸出しの顔してるね! アンタらみたいな無尽蔵の化け物の参加を許すとあまりにも商売上がったりなもんでね、勘弁してくれ絶倫野郎!」

「ひでー言い草だ……ルールなら仕方ねー。お前ら、やるか?」


 4人ともやる気満々でスコップを手に取り、1人500ペリシを払って位置につく。

「じゃあ始めるよ。制限時間30分は守ってね! よーいどん!」

 ……と思ったが例外が1人いた。


 お宝に興味を惹かれたのか、最初の数秒だけハッスルしたリュージュが一瞬で脱力し、思い切り息を吸い込む。そして即座に見咎められた。

「はいお嬢ちゃん失格、退場〜! ダメだよズルは!」

「はい、すいませんでした……なんか働くのだるくなって、つい……」


 説教されて戻ってくる彼女は、くっ、と悔しげに呻いて報告してきた。

「すまん、しくじった……!」

「なんでベストは尽くしたみてーな顔ができるんだ……生命息吹バイオブレスなら丸ごと耕せるんだろうが、そりゃダメだろ」

「やはり労働はわたし向きではない。大人しく見学していよう」


 青少年の教育に悪い生き物から眼を逸らし、デュロンは残りの3人を見守る。30分という時間は長いようでいて、実際は一箇所に絞るギャンブルだ。


 ヒメキアとソネシエは2人で仲良く共同作業だ。小さな体をちょこまかと動かし、えっちらおっちら掘り進めていく。


 一方イリャヒは少し離れたところで、自分を鼓舞するためか1人で爆笑しながら猛然と手を動かしている。悪い意味で鬼気迫るものがあった。


「わははははは! さあお宝ちゃん、恥ずかしがらずに出てらっしゃい! 今どこにいるのかしら? 教えてくれてもいいのですよ、さあさあさあ!」

「あいつこえーよ、なにやってんだよ……」


 そして見ている間に元々少ないスタミナを使い果たし、やり切った感を出して寝転がるイリャヒ。穴の深さはヒメキアとソネシエの半分にも達しておらず、勢いだけだったようだ。


「マジでなにがしたかったんだあいつ……」

「やあやあお2人さん、除け者にしてすまないね」


 姐御がノコノコやってきて、禁止事項の立て札に寄りかかる。手持ち無沙汰すぎて話しかけてきたようだ。デュロンは今さら抵抗してみる。


「宝が出るかは運次第なんだから、作業効率自体はそこまで違わねーと思うぜ」

「だとしても念のためさ。アタシはこう見えて慎重派なんだ」


 そうしてちょっとした話のついでというふうで、何気なくを発する彼女。


「そういえば君ら、ベナンダンテって知ってる?」


 内心ぎょっとしつつも平静を装い、デュロンとリュージュはなけなしの教養を披露した。

「知ってるもなにも、発祥は俺の地元だよ。夜中に幽体離脱して地獄で悪魔の手先と戦うとかいう、わけのわからん民間伝承だ。

 大陸中に類例があり、中には人狼に変身するってパターンもあるらしいが、迷惑な話だぜ」

「霊体で戦うというと、ワイルドハントやエインヘリャルを想起するな。まったくそこまでして働くとは奇特な限り……それがどうかしたであるか?」


「いや、ちょっと思いついただけさ。もし幽体離脱して地下に潜られたら、困るなんてもんじゃないからね」

 なにか探りを入れられている雰囲気があり、姐御はさらに言い募る。

「ベナンダンテといえば……ここミレインに蔓延る数多の都市伝説の中に、ジュナス教会が抱える、闇の軍勢とされる秘密部隊に関するものがあるとか。通称を〈しろがねのベナンダンテ〉というそうだけど、聞いたことはない?」


 さてどう答えたものかと2人が思案していると、ちょうどいいタイミングで元気な声が響いた。

「やったー! おたから見つけたよ!」

「マジか?」


 ヒメキアとソネシエが発掘した木の箱を掲げていたので、他の3人が駆け寄った。

 2人は汗だくの土まみれだが達成感が溢れ、互いを称え合っている。

「場所を決めたのはヒメキア。彼女はとても運がいい」

「ううん、ソネシエちゃんが手伝ってくれたおかげだよ。ありがとうね」


 そうして箱を開けてみると、中身は金銀財宝……ではなく。

「なに……これ……?」

 不気味なほど真っ白な、頭蓋骨だった。


「……おい、冗談が過ぎるんじゃねーか?」


 全員で姐御を振り向くと、にこやかに笑ったまま立て札に寄りかかっている。

「いやいや、坊ちゃん嬢ちゃん、勘違いしないでほしいな。その骸骨こそが考古学的価値を由来とする最高金額相当の大当たりだよ、おめでとう!」


 案山子かかしを虐めるかのように、コツコツ、と立て札を叩く女。

「だけどもちょっと考えてほしい。あんまりボコボコ穴を掘ってしまったらこの庭、地盤が不安定にならないだろうか? さらに……」


 興が乗ったのか獣化変貌し、女は鉤爪つきの手で、立て札に思い切り手刀を食らわせた。


「まずい!」

 叫んだのは誰だったか。


 どうやらこの庭ののような地点に、狙って札を立てておいたらしい。地盤に深く杭のように差し込まれたことで、庭の大部分が蟻地獄のように陥没、一気に崩落した。


 デュロンとヒメキアは反応も対処もできない。他の3人が竜人や吸血鬼の種族特徴である皮膜の翼を展開しかけるが、失敗に終わる。


「……地下に空間が広がっていたらーっ!?」

「む」「ぐっ」「のわ!」


 なぜなら飛びかかってきた姐御が、3人の背中を順番に蹴りつけたからだ。

「はははは、アタシの役目はここまで!」


 姐御はそのままもろともに落下する……かと思いきや、横穴を掘って逃げ果せる。獣人だとはわかっていたが、穴掘り上手の人土竜ワーモウルだとまでは特定できなかった。


 跳躍はもちろん、降り注ぐ土砂で飛翔もままならない。考える暇もない。

 ただ闇へと、落ちてゆく。

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