第2話 黒衣の死神たち


「……あァん?」

 周囲の怒号で意識が戻ったのか、ギャディーヤが床から顔を上げた。


 脅威と警戒で拡大したその瞳孔には、彼を襲った祓魔官エクソシストの姿が映っている。

 くすんだ金髪に灰色の眼、悪人面で目つきの悪い小柄な少年だ。年齢は16歳。


 少年がニヤリと笑うと、上半身の筋肉が膨張し、金色の体毛が全身を覆い、顔は人型のそれから、狼の容貌へと変化していく。

 一瞬ののち、互いの姿が視界から消失した。

 人狼の少年・デュロンが、横合いへ跳躍したからだ。


 デュロンはウォルコに躍りかかる大柄な鬼どもへ、手当たり次第に攻撃を加えていく。

 爪、牙、突き、蹴りを1発叩き込んでは、次の標的へと矛先を向けるヒット&アウェイだ。


 ウォルコはデュロンに守られるのをいいことに、大物ぶって突っ立ったままでなにもしていない。職務怠慢で告発してやろうかと、デュロンはちょっとだけ思った。


「知っての通り、200年前の怪異により、聖性はその効果を失った」


 人狼の鋭敏な聴覚が、風音に混じるウォルコの演説を勝手に拾ってくる。


「その恩恵に預かっていた人間たちは魔族や魔物への主立った対抗手段を失い、逃げ惑う。

 まあ、あとは銀や塩なんかの浄化物質に頼るしかないわけだからな…正攻法に訴えようにも、文明はいまださしたる火力を叩き出せない。


 それまで神の名の下に振るわれた暴威はそっくり彼らに跳ね返り、怪物たちの鬱積した怒りに押し潰される形で徹底的に狩り出され…つい20年前、


 かつて正体を隠し人間社会に潜伏していた魔族たちは、すべてがゴーストタウン化した街々へ繰り出し、彼らの都市生活を乗っ取って、あろうことか自分たちの祖先を散々苦しめてきた教会世界にまで、思想・利益基盤として根を張った。


「けどお前たちにとっては、惰弱な彼らが健在だった方が好都合なんだろうな」


 当然、教会に害為す魔女狩りの職掌である祓魔官エクソシストの人員も、例外なく魔族で構成されている。

「神の敵」はもはや、聖なる云々だけ避けて再生能力のない生身をバキボキ、で済む簡単なお仕事ではなくなってしまったのだ。

 いや、それどころか……。


「1人でやりすぎている。わたしたちにも残しておくべき」


 場違いに舌足らずな口調が、荒ぶる人狼を諌めてきた。

 デュロンが目を向けると、長い黒髪に黒い眼の小柄で細身な女の子が、トコトコと無防備に歩いてくる。祓魔官の制服を着てはいるが、迷子ちゃんかな? と思わせる足取りだった。


 デュロンの猛撃に難儀していた鬼どもの口元が、わかりやすく歪む。少女の頭などすっぽりと覆えそうな広い掌が、命を握り潰さんと殺到する。


 人形のように美しい顔立ちの少女は、ふらり、とよろめくような動きを見せた。


「……は?」「なんだ? 今の」「なにが、起き」


 撫で斬り、凍結、串刺し。いつの間に3度も殺されていたのか、大鬼オーガたちにはわからなかっただろう。


 ソネシエというその女の子は吸血鬼の純粋個体で、莫大な魔力を持ち武才が尖りすぎているため神学校にまともに通わせてもらえず実戦投入されているという、いわくつきもののおちびさんだ。


 彼女の扱う魔術は自らの魔力で氷の武器を精製し、さらにその武器の先端から凍結の魔力を伝播されるという、シンプルだが近接戦で暴威を振るうもの。


 踊るような足捌きで斬りつけられた鬼どもの肉体は傷口を冷気に蝕まれ、さらに凍った体液が氷筍と化し、内側から突き破ってくるという三重殺を食らった。

 咲き乱れた血の花は次々に見頃を終え、宿主の命とともに呆気なく散ってゆく。


「油断大敵」


 短く告げたソネシエは両手の氷剣を即座に破棄し、新たに白銀の死神鎌デスサイズを作り上げた。

 いつでも何度でもどんな武器でも供給できる上、強度は鋼鉄程度まで上げられるというすぐれものだ。


 この2人の働きだけですでに形勢は逆転しかけているが、戦いはさらに苛烈さを増していく。

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