第3話 こんばんは、どこか別の場所から来ました


 デュロンとソネシエの奮戦を、他の5人も黙って見ているわけではない。


 ソネシエの兄である吸血鬼の青年が青い炎を放ち、敵だけを精確に焼き尽くしていく。

 竜人の女性が体表に鱗を張り巡らせ、格闘戦で圧倒する一方、特殊能力である固有の息吹ブレスで中距離までを制する。

 長森精エルフの男女が光や影を撒き散らし、遠距離攻撃で泡を吹かせる。

 小鉱精ドワーフの青年は石斧を錬成し、面倒くさそうに敵陣を叩き崩した。


 大鬼オーガたちも持ち前の怪力とタフネス、固有の攻撃魔術で対抗するが、前に出ればデュロンに蹴られソネシエに斬られ、距離を取れば魔術や息吹で畳み掛けられる。

 個々の地力も集団としての練度も、祓魔官エクソシスト側が上回っていた。


「な…なァーんなんだ、てめェらはよォー!?」


 繰り広げられる光景に気圧けおされていたギャディーヤが、奮起して這い上がり、いまだ手をこまねいているウォルコに掴みかかった。泉のように静かな瞳が巨躯を迎える。


「だから、ジュナス教の祓魔官エクソシストだって言っただろう?」


 ウォルコは軽い跳躍で後方空中回転しつつ、右足を思い切り振り上げた。

 鋭い風切音とともに1発で顎を撃ち抜かれた大鬼オーガは、もんどり打って倒れ、そのまま気絶する。


 冷静に蹴りを放つウォルコの頭部が獅子ライオンのそれに変化していたのを、彼は見られただろうか。

 ウォルコはすぐに元の姿に戻り、柔らかい笑みを浮かべて、温かみのある声で後輩たちを労う。


「よくやったよ。2人が斬り込み隊長を務めてくれたおかげで、ずいぶんと楽ができたぞ」

 デュロンとソネシエは互いに目配せした後、ウォルコに向き直って苦言を呈した。

「アンタほんとに楽してたからな…なに最後おいしいとこだけ持ってってんだ」

「隊長は2人もいらない。よってわたしこそが真の隊長さん」

「テメーはテメーでなににこだわってんだ、さらに縮めるぞおちびさん」

「あなただって自分の身長を気にしている」


 デュロンとソネシエが無意味に張り合っていると、ウォルコが取り成してきた。

「まあでも、早く済んで良かったよ。さあ、撤収だ。デュロン、そっちの奴らを縛って運んでくれ」


「あ、あの……」

 指示に従おうとしたデュロンの袖を、生贄にされかけていた少女の1人が引いてきた。


 少女たちも全員が魔族であり、話しかけてきた子は人魚だった。

 尾鰭で器用に立つ彼女はガタガタと震え、血の滲む自らの細腕を、次いで台座に据えられた水盆を指差す。


 祓魔官エクソシストたちが警戒の色を浮かべるより早く、変化は唐突に起こった。

 先ほどまでは凪いでいた水面が泡立ち、茫洋とした暗黒物質を吐き出し始める。

 やがてそれは空中で収束し、巨大な猫の影を浮かび上がらせた。


 忘れていたわけではないのだ、自分たちが踏み込んだかを。

 しかし悪魔崇拝教団という字面を、単なる狂信集団と捉えていたことは油断だ。

 この世には彼ら魔族が既存する。なら悪魔も、常識の埒外にいるわけではない。


【にゃーっはっはっは! 我、降臨ぞ!】


 どことも知れない異界から響く声は、水盆の上に浮かんだ影絵を波立たせる。暗黒物質の中に金目銀目オッドアイの双眸が現れ、次いで戯言を発する裂けた口腔が形成された。


【やあやあ我こそは、第33の悪魔ガミブレウぞ!此度は捧げられた血贄の質も量も足りぬゆえ、このような形で挨拶のみになってしまうが、いずれ貴様らの前に脅威として立ちはだかるであろう!】


 気圧され、今さらながらに構える祓魔官エクソシストたちを、そして周りで怯える生贄の少女たちをぐるりと見回した悪魔の眼は、最後にデュロンをまっすぐ見つめ、口が舌舐めずりをした。


【良き器ぞ、デュロン・ハザーク。罪の子よ、さらなる精進を求む】


 唐突に名指しされて怯むデュロンをよそに、猫の影は高笑いとともに蒸発していった。どうやら本当に出てきて喋る時間しかなかったようだ。


 残った静寂の中で呆然と佇むデュロンの肩を、力強い手が優しく叩いて言った。


「とにかく、やることはやった。早めに撤収し、このことも含めて報告しよう」

「あ、ああ……」

 ウォルコの提案に従い、デュロンは大鬼オーガの身柄を引きずる。


 確かに人間は絶滅した。最弱の天敵が姿を消し、魔族たちの理想郷が築かれた。

 それでもなお、彼らの受難は続くようだった。

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