三、「聞け! 刀の声を!」

「もうおやめくだされ!」

「莫迦を申すな! 刀はのぅ、人を斬るためのものなのだ!」

「はっ、しかし・・・」

しかしも案山子かかしもあるか!」

「ははーっ」

「おぬしが遠征すると申すので、止むを得ず、ひと月もの間我慢に我慢を重ねておったのだぞ!」

「っ・・・」

「これ以上、我慢せよと申すか! これ以上、邪魔立てするなら、真っ先に叩き斬る!」

「・・・」

「ほれ聞いてみぃ、刀の音を!」


―――ビュン、ビュン


 抜き身の刀を室内で振り回す。

 相当の腕の持ち主なのだろう、狭い室内で、壁にも天井にも、もちろん目の前の男にも、刃はかすりもしなかった。


「聞け! 刀の声を!」


―――ビュン、ビュン


「この刃は、人の血を求めておるのだ! さあ今宵も参るぞ」

「上様! どうか、どうか心を鎮め下され」

「ああ! 五月蠅い! 大体、この刀を持って来たのはお主ではないか!」

「ははーっ。確かに、この刀を打つよう、腕の立つ鍛冶師に依頼し、献上したのは私めでございます。恐れながら、それは御身を護る、護身のためのものにござりますれば・・・」

「黙れッ!」


―――ビュン


 それまで、幾度振り回しても何ものにも触れなかった刃が、目の前の男の素首に落ちた。

 ゴロリ。

 何か言いたげな表情を浮かべたまま、首だけが床に転がる。

 それからやや遅れて、男の体がゆっくりとその場に崩れ落ちた。

「誰ぞ、誰ぞ! これを川辺に捨てて参れ!」



「号外ー! 号外だよー!」

 またか。

 おやっさんは外に出ると、藁半紙を受け取った。

 それを見るなり、大きく目を見開いた。

 描かれていた人相書きは、間違いなく、あの武将のものである。

 それが容疑者ではなく、死体として河原に転がっていたというのだ。


 辻斬りが用いたのは、自分が打った刀『有明』ではなかった。

 あの夜、部屋に忍び込み、その事実を自らの目で確かめた。

 それを知って胸をなで下ろしていた所だったのに、まさか本人が死体になってしまうとは。

 歴戦の武将だった。

 幾度となく死線を潜り抜けた兵である。

 記事には、首を落とされた以外、新しい傷はなかったと書いてある。

 となると、辻斬りの正体は、その武将をはるかに上回る猛者ということか。


 巷ではまた、様々な憶測が飛び交った。

 全く的を射ていないものから、核心に近い噂まで、様々である。

 それから程なくして、一つのお触れが出された。

 将軍様の五男が、地方城主に転任になったと。

 布告文によれば栄転であるが、事実上の左遷である。

 そうして辻斬り事件は幕を閉じ、やがて人々の生活は元に戻っていった。


 ただ一つ。

「あの鍛冶屋の打つ刀は、妖刀である。人の血を吸う、悪魔の所業だ」

 という噂だけを残して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る