エピローグ

 時間は遡る。

 拓真が香里奈の部屋に初めてお泊まりした日の夜へと。


 場所は赤坂家のリビング。そこでは姫子がイカソーメンを食べながら日本酒を瓶でそのまま飲んでいた。


「そっか。やっぱり拓真はあの子を選んだんだ。これも因果と考えるべきなのか……」


 姫子はそう呟きながら今度は、近くにあったミカンの皮を剥き出す。その時、廊下へと続くドアの枠が光り輝いた。


「やっと帰ってきたか」


 やがてその光が消えると、カチャっと音をたてて扉が開いた。


「ただいま、姫子」

「おかえり、壮馬そうま。半年ぶりだな──ってそのままで家に入るんじゃない。汚いぞ。後から掃除が大変なんだ」

「ん? あぁ、悪い悪い。つーかお前もすっかり主婦だな」


 扉から出てきたのは赤坂壮馬。彼は拓真と和真の実の父親。そして壮馬の身なりはヤケに汚れている鎧姿。しかし壮馬が一言「リ・ムーブ」と言うと鎧は消え去り、ツナギ姿へと変わった。


「う、うるさいな。今は壮馬の奥さんなんだから当たり前だろ。で、はどうだった?」

「だいぶ落ち着いてきたな。あのクソ女神が滅ぼした国や街は今はかなり復興してきてる。そろそろアイツらを連れて行けるかもな」

「エミリアの……あの子達の本当の母親の墓にか?」

「あぁ。こっちにあるのはただのハリボテの墓だからな。ちゃんと会わせてやりたい。あと、そういう言い方はやめろ。今はお前だって母親だろ? それにしても……向こうの世界で邪神として崇められていたお前が今では家の汚れを気にするとはなぁ」

「う、うるさいな! それを言うなら壮馬だってすっかりオッサンじゃないか! あの頃はもっと格好よかったのに」


 姫子は少し照れながら手にしていたミカンを壮馬に向かって投げつけた。


「おっと。あのな? それが老けるってことだ。人は老けるんだよ。お前だって人間なんだからわかるだろ?」

「うっ……確かに。というかあの時、お前たちを庇って消滅したはずの私が人間に生まれ変わるなんて思ってすらいなかったんだけどな。それもまさか壮馬のいた世界にだなんて……」

「それは俺だって驚いたさ。あの戦いの後、エミリアが亡くなってから子供達と一緒にこっちの世界に戻って来たら、邪神がまさかの女子高生をやってるんだからな。しかも電車の中でいきなり抱きついてくるもんだから一緒にいた同僚への説明が面倒だったんだぞ?」

「そ、それはすまないとおもっている……。けどあの時は自分を抑えられなかったんだ。壮馬を見た瞬間に邪神だった頃の記憶を一気に思い出したから……」


 姫子はそう言いながら耳まで赤くしていた。


「で、和真と拓真は?」

「和真は今は声優の仕事が忙しいみたい。そうそう、この前なんか彼女連れてきたんだぞ? それで拓真なんだが……」

「和真が彼女? さすがは俺の子だ。で、拓真がどうかしたのか?」

「……壮馬、落ち着いて聞いてくれ。私達の仲間だった大賢者オルシウスを覚えてるな? あの、女神に執着されていた」

「仲間だったんだ。忘れるわけないだろ。旅の途中のあの国で出会った第三皇女のリカリナ様と恋仲になったアイツは、嫉妬に狂ったクソ女神に国ごと……クソっ! 今思い出してもイラつくぜ」

「そのオルシウスなんだけど……どうやら生まれ変わってるみたい。この世界に」

「なん……だと!? なんでそれがわかるんだ!? いや、それよりも今その話をするってことはまさか……」


 壮馬の顔は驚愕の表情を浮かべ、それを見た姫子は深く頷いた。


「そのまさかね。拓真は……オルシウスの生まれ変わりだよ。実は私、壮馬に会って記憶を取り戻してから少しずつあの頃の力を取り戻してたんだ。そしてその力のうちの一つ、【魂感知】がオルシウスの魂を拓真から感じたんだよ」

「ま、マジかよ……。アイツが俺の息子として生まれ変わったってことかよ……。つーか姫子お前、力を取り戻したって……」

「ホントだ。ほら──【ブレイド・オブ・アビス】」


 姫子がそう言って手をかざすと漆黒の剣が目の前に浮かんだ。


「確かにこの剣はあの頃のお前が使ってたやつだ……」

「ちなみに身体能力もなんだ。そして力を取り戻した私の動きに拓真はなんでもないかのように簡単についてこれた。これがどういうことがわかるか? なぁ、聖女と結ばれて子を為した様?」

「…………拓真は勇者、聖女、大賢者の力をその身に宿してるってことか」

「そうだ。そしてその拓真は今夜、とある女の部屋に泊まりに行ってるんだよ」

「……は? 待て待て待て。なんでいきなりそんな話に飛ぶんだ!? しかも拓真はまだ学生だろ!?」

「壮馬は愛が因果と運命を超える事を信じるか?」

「なんだよいきなり」

「私は信じる。だからこうして壮馬と出会えたのだから」

「そ、それはそうだけどさ。けどそれが拓真とどう関係するんだ?」


 姫子は大きく息を吸い、それを吐くと壮馬の質問に答えた。


「この前三者面談に行って気付いたんだ。拓真の担任の先生なんだがな? オルシウスの恋人のリカリナ姫の生まれ変わりだったんだ。そして拓真が今日泊まってるのはその担任の先生の家なんだ……」

「う、嘘だろ? いや、仮に本当だとしても生徒が担任ととかって……」

「わかってるんだ。こっちの世界の倫理観と世間体的な事を考えれば止めるべきだった事は。だけど、天から降る光に飲み込まれたあの時の二人を思い出すと、壮馬と出会えた自分と重ねてしまってどうしてもそれが出来なかったんだ……」

「…………」

「ごめん、壮馬……」

「いや、謝ることじゃないさ。そうだな。生まれ変わってまで出会えたんだ。俺たち位は応援してやらないとな」


 涙ぐんで自身の肩を抱く姫子を壮馬はそっと抱きしめた。


「ありがとう壮馬。それともう一つ……」

「まだあるのか!?」

「オルシウスが旅の途中で無自覚無意識に堕としてきた女神に滅ぼされた国の女騎士団長オリーミアと魔導具研究家のフィフルーナ、それと精霊族のメルクナーオもこっちに転生してる。しかも拓真の傍にいるんだ」

「…………生まれ変わってもなのか?」

「……そうみたいだ」

「拓真のやつ、いつか刺されないか心配になるんだが?」

「それ言った」

「「…………」」


 二人の間になんとも言えない沈黙が流れる。

 するとやがて壮馬が何かを思い出したかのようにポツリと呟いた。


「そうなるとあのクソ女神がどうなってるのか心配になるな」

「どういうことだ?」

「いや、確かに俺達はあの女神を討ち滅ぼした。それは確かだ。だけどそれは世界に顕現していた肉体を持った姿を滅ぼしただけ。それに一応神だから概念は残り続ける。あの後上位神が俺達の前に現れて神界に永久封印するとは言ってたんだが……」

「心配か?」

「そうだな。一応念の為に神殿に行って上位神に報告しておくか」

「え、また行っちゃうの?」


 突然普通の女の子の様になり、壮馬の服をギュッと掴む姫子。


「あぁ、急いだ方がいいだろ?」

「せっかく戻ってきたのに……寂しい」

「あ、うーん……って待てよ? 今までは力がない姫子を連れていくと危険だったから連れていかなかったけど、今の姫子なら大丈夫なのか?」

「今の私、結界くらい張れるよ? だから連れて行って欲しいの。お願い……」

「わかった。なら、あっちでの服を用意したらすぐ戻ってくる。そうしたら一緒に行こうか。月曜の昼でいいか?」

「待ってる。それと……」


 姫子は壮馬の耳元に口を近づける。


「力が戻ったから、女神にかけられてた不妊の呪い解けたよ? だから今なら……ね?」

「っ!」

「私も子供欲しいな♪ ──きゃっ!」


 姫子がそう言った瞬間、壮馬は姫子をお姫様抱っこすると寝室に向かって無言のまま歩いていく。


「え、そ、壮馬?」

「俺をその気にさせたんだ。今夜は寝れないことを覚悟しろよ?」

「…………はい♡」


 そして二人の寝室のドアは閉じられた。



「…………あっ♪」



 ◇◇◇



 そしてその翌日、拓真と野村美来が窓越しに目が合ったあとの事だ。


 美来はその場から立ち去りながら口を歪ませて笑う。


「ふふ、ふふふふふ……。やっと見つけたワタクシの大賢者様。天界から脱界してこの体に転生してやっと魂が馴染んできたわ。今なら僅かにだけど力も使える。今度こそ、今度こそ体も心も全てワタクシのモノにしてみせる……」


 と、その時だ。


「そんな事させると思っているの? クソ女神」

「だれっ!?」


 美来が振り向いたその先にいたのは美織、伊月、奈央の三人。


「あなたみたいな人に拓真くんを渡すわけないじゃん。あの日、体を貫かれた痛みをボクは生まれ変わっても忘れてないんだから。──顕現せよ、魔導兵器マジックウェポン【ディザスターデリート】」


 何も無い空間から禍々しい巨大な大筒を取り出した伊月はそれを構えてそう言う。


「たっくんは殺させない。識別範囲結界【愛の揺籃~ラヴァーズシェル〜】これであなたはたっくんに何も出来なくなった」


 奈央が両手を上に上げると周囲を目に見えない壁が包んだ。


「な、何者なんだお前達は! 消えろ!」


 美来は背中に白き両翼を広げると、そこから羽根をまるで弾丸のように三人に向かって飛ばした。

 しかし、それは美織が手にした剣を一振りすることで全て吹き飛ばされてしまう。


「覚えてないのかしら? 覚えるわけが無いわよね。貴女が無慈悲に滅ぼした国のことなんて」

「なっ! まさかお前達は……」


 そこでようやく美来は気付いた。


「そうよ。私は……私達は女神だった貴女にの世界で殺された者達。その生まれ変わり。そして愛しい人を……大賢者様を目の前で殺されたことを決して忘れない。──起きなさい。【永炎氷姫えいえんひょうき〜マーダープリンセス〜】」


 美織が手にした剣にキスをすると、柄に埋め込めれている宝石がまるで生きているかのようにドクンと鼓動を始めた。


「覚悟しなさい。とは言ってもこっちの世界じゃ殺人は犯罪。そんな事したら拓真に会えなくなっちゃうから安心して。この剣は相手の魂だけを切り裂くの。だから貴女が本来の力を取り戻す前に──倒すっ!」


 そして美織は剣を握りしめて足を踏み出した。

 その背後から伊月の大筒から魔力の散弾が美来を襲う。


「ぐうっっっ!! 貴様らァァァァ!!!」


 美来はそれらを硬化させた羽根で防ぐが、その衝撃までは消せなかった。


「拓真を!」

「拓真くんを!」

「たっくんを!」

「「「今度こそ守ってみせるっ!!!」」」

「邪魔をするなぁ! くっ! 蓄えていた力をほとんど使ってしまうが仕方がない。コイツらはここで始末しないと危険だ。閉塞せよ! 【女神の籠】」

「「「!?」」」


 そして四人は宙に浮かんだ巨大な鳥籠ような物の中へと姿を消した。それは誰にも見えない──。


 それから六日後。突然その鳥籠にヒビが入ったかと思うと、パリンと乾いた音を立てて砕け散る。その中から出てきた三人の姿は皆満身創痍だった。

 ただ一人、美来だけは意識を手放していたが


「はぁっ、はぁっ……やった……!」

「やったねミオリン!」

「これでたっくんはもう大丈夫」

「そうね。ただ女神の魂は滅ぼせたけど依り代だった野村さんが心配だわ」

「とりあえず病院に連れて行ってあげよ?」

「そうね。それから拓真の所に行きましょう。伊月、拓真は今どこにいるのかしら?」

「ちょっと待ってね。えっと……え?」

「どうしたの?」

「拓真くん、またリカリナ様……じゃなくて先生の所にいる……」

「「っ!?」」


 美織はすぐに美来を抱き抱えると病院に向かって走り出した。


「ミオリン!?」

「急ぐわよ! 前世でも持っていかれて今世でも持っていかれてたまるもんですか!」

「う、うん!」

「ちょ〜ダッシュ!」


 そして美来を病院に預け、その足でそのまま香里奈のマンションに向かった三人が目にしたのは手を繋いで外に出てきた拓真と香里奈の姿。


「「「(また)寝盗られたぁぁぁぁぁぁ!!!」」」


 三人の叫びは、雲一つない青い空へと吸い込まれていったのだった──。



 ◇◇◇



 う〜ん? なんであの三人は崩れ落ちてるんだろう? まぁいっか。


「先生、行こう」

「へ? あ、放っておいていいの?」

「いいんです。それより歩くの大丈夫ですか?」

「ん、まだちょっと違和感あるかも。車で行こ?」

「そうしますか」


 そして僕は助手席に乗り、運転する先生の横顔を眺めながらふと思ったんだ。


(出会えて良かった)


 ってね。先生とはこの学校に入って初めて会ったのに不思議な事もあるものだね。

 さて、お昼は何を食べようかな〜。






〘完〙




 ━━と、いうわけで完結です。最後まで読んでくれて本当にありがとございました。

 ちなみにこのエピローグですが、実は最初から決まってました。というかこの話の前半を一話に入れるつもりだったんですけど、入れない方が読者様がびっくりするだろーなーって思ってエピローグにしました。だってこれラブコメですからね。

 そして続きの話ですけど、一応考えてはいます。けど書くかどうかはまだわかりません。カクヨムコンの結果次第かなー?とは思ってますが……。


 それでは最後に、お礼を──


「え? ちょっと待って? 私の恥ずかしいのとかも全部読まれてるの!? うそっ! 赤坂くぅ〜ん……」

「はぁ……いったいなんなんですか? 今、先生の洗濯物干してるんで待っててください」

「きゃぁぁぁ! 下着は自分で干すよぉぉぉ!」



 ………あ、えっと、ありがとうございました。



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ハーレムに憧れてたけど僕が欲しいのはヤンデレハーレムじゃない!〜彼氏(?)をNTRされたと言い張る女ばかり寄って来るんだけど僕をざまぁの道具にするのはやめてくれません?〜 あゆう @kujiayuu

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