第2話

 これが今から30年ほど前の話です。


 父は狂奔の夜から3ヶ月後に亡くなりました。まず左目を失明し、次に右の脚が完全に動かなくなり、全身の機能をまるで罰のように奪われ続けて死にました。


 また、その後私と凛子のあいだには女児が生まれ、7つの年に亡くなりました。弦儀つるぎという名前でした。その時にも鈴の音が聴こえていたのを覚えています。


 その子の弟が氷差ひさしで、末っ子ですね、今はもう20代の半ばになっている彼は先日帰省して来たところで、不意に私の部屋を訪れこんな風に尋ねるのです。

「じいちゃんてさあ、結局なんで死んだんだっけ?」

「俺が撃った」

 隠すようなことでもないので正直に答えました。


 全身の機能をひとつひとつ奪われた父は、門を叩いたすべての病院に匙を投げられ、最期は凛子と稟市が隠れていた部屋で寝たきりになっていました。

 最期の日。今でも覚えています。鈴の音を聴きながら私は父のもとへ向かい、仰向けに寝る彼の口に銃口を捻じ込み、引き鉄を引いたのです。


「連れて行かせるわけにいかんかったからな」

 我が家にはもう女児はいません。また、母と妻以外の女性もいません。長男の稟市は結婚はしないと公言しています。次男の氷差も、交際相手をこの家に連れてきたことはありません。

「オヤジ」

 父が息を引き取った部屋で父の猟銃の手入れをする私の背後に立ち、氷差が言いました。

「今度さ、俺と撃ちに行こうか」

「なにを」

 あぐらをかいて座る私の右肩に、氷差が顎を乗せました。あの日、私は右耳の聴覚を失いました。間近で発砲音を聞いたせいなのか、それ以外の理由なのか、別にどうでも良い話です。

 ただ、鈴の音が聴こえます。私には、私たちには聴こえないはずの音が激しく、荒れ狂うように、鳴り響いています。

「あだ討ちしようぜ」

 氷差の手が私の左肩を抱き、右手は銃の形を模して前方に突き出されています。なるほどそれはとても、良い案だと思うのです。市岡が末代を迎えても、狐の加護がなくなっても、誰しも皆勝手に生きたり滅びたりすれば良い。私たちには私たちの終わらせ方がある。それを阻むことは誰にもできないのです。

 父のように長く伸びた黒髪をひとつに縛り、神殺しか、それもええな、と私は呟きます。鈴の音も獣の声も恐ろしくはありません。私の傍らには息子が、背中は父が守ってくれています。


 神様。生まれてきたことを、後悔させてやる。

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神を討つ 大塚 @bnnnnnz

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