第19話 三四郎の死

 あまねは三四郎が運ばれた病院のロビーのイスに呆然と座っていた。当然だが三四郎には会えなかった。三四郎の死が朝の終業式で校長から伝えられた。何人かの生徒は泣いていた。しかしあまねは泣かなかった。いや、あまりにも急な出来事に涙も出なかった。そうしてあまねは終業式が終わった後、病院に向かったのだ。

 あまねは三四郎に会いたかった。春の頃みたいに笑いながら話しがしたかった。しかし三四郎の姿はもうこの世からなくなっていた。ロビーでは女の看護師があまねのそばで寄り添ってくれた。看護師が「あまりにも突然の出来事でびっくりしたね」とあまねに言った。あまねの頬から透明の雫がこぼれ落ちた。ロビーのテレビではあまねの学校が映されていた。黒く焼け焦げたグラウンドが映されている。男のアナウンサーが事件の詳細を早口で述べている。ロビーにいた人たちはテレビの内容には興味がなさそうだった。あまねはその事実にまた悲しみがこみ上げてきた。三四郎の死は世間の人々には関心のないことなのだ。

 ロビーのイスに座っているあまねに近づいてくる女性がいた。年齢は四十歳ぐらいだろうか。細身で背がスラッとした女性だ。

 「ごめんなさい、あなた三四郎の学校の子ですか?」

 あまねはその女性の目を見て「はい」と言った。

 女性はよく見ると目の縁が赤かった。女性はあまねの隣のイスにゆっくりとした動作で座った。

 「私、宮本三四郎の母です」

 驚いた。あまねは目を丸くした。

 「そうなんですか…なんと言ったらいいのでしょうか…この度は…」この人が三四郎の母なのか

 三四郎の母は頷き「そんなにかしこまらなくてもいいのよ」と言った。あまねは口を閉じた。この場面でなんという言葉を口にすればいいか思い浮かばない。

 しばらくふたりは黙ったままだった。三四郎の死を報じる昼のワイドショーでコメンテーターがあれこれ三四郎の心の内を解説していた。それはすべてそのコメンテーターの頭の中の想像を話しているに過ぎない。あまりにも適当だ。あまねはそのことに腸が煮えくり返るぐらい不満を感じていた。

 おもむろに三四郎の母が口を開いた。

 「私は三四郎を見捨てたんです。私は三四郎が六歳のときに夫と離婚しました。私の不倫が原因です。当時の会社の社長と不倫したんです。私は社長の秘書でした。そのことに夫は怒り家を出ていきました。夫も外で女を作っていたようでした。三四郎はその夫が大好きでした。いつも休日になると三四郎と夫はキャッチボールをしていました。野球もよく観に行ってました。しかし夫がいなくなってから三四郎は人が変わったように性格が変わりました。よほどショックだったのでしょう。あたりまえですが三四郎は夫に見捨てられたと思っていたようです。三四郎は中学生になると統合失調症という病気に懸かりました。私の離婚と学校でのいじめが原因でした。三四郎は病気のせいでおかしくなってしまいました。すべて私の責任です。私は三四郎が中学一年のときに三四郎を捨て家を出ていきました。三四郎の病気の世話に耐えきれなくなったのです。病気になった三四郎を見ていると私はおかしくなりそうでした。私は育児を放棄したのです。その後、三四郎とは電話で話をする程度でした。もう親失格です。三四郎にはお金だけ送っていました」

 そこまで話すと三四郎の母親は声を震わせた。「三四郎が死んだのはすべて私に責任があります」

 あまねは悲痛な心情になった。三四郎は背負いきれないほどの重荷を背負っていたのだ。

 三四郎の母親は封筒を鞄から取り出した。

 「この封筒は一昨日、三四郎から送られてきました。三四郎の遺書と絵が入っています」

 三四郎の母親は封筒からルーズリーフを取り出しそこに書かれた絵をあまねに見せた。

 あまねは驚き声が出なかった。喉の奥から声が出てきそうだがうまく言葉にすることができなかった。


 ルーズリーフにはあまねが図書室で本を読んでいる姿が描かれていた。その絵を見て、あまねは号泣した。

 「三四郎さんっ、なんで死んだんよっ」

あまねは言葉にならない台詞を絵に向かって叫んだ。

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みにくい女のコ 久石あまね @amane11

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