ゴブリンのボボとニンゲンの少女

黒豆ベアー

第1話 ゴブリンのボボと少女

 ゴブリンのボボは族長の家からトボトボと帰宅する。ボボは族長に今年の年貢の減額をお願いしに行ったのだ。ボボは村唯一のツボ職人で、ツボを納める代わりに普通の村人より納める年貢の量が少ない。族長は今年、例年よりも多くのツボをボボに要求した。そのため、ボボは農業にかけられる時間が例年より少なく、結果としてボボの今年の収穫はいつもより少なかった。しかし、族長はボボの今年の年貢の量を減らすつもりはないらしい。ボボはしょぼくれながら自宅に帰還する。

 そもそも、自分は冷遇されているのだとボボは思う。ボボは村唯一のツボ職人で、村のみんなは全員、ボボの作ったツボを毎日使っている。しかし、村の住民はボボのことを、まともに農業もしない穀潰しだと後ろ指を指すのだった。ボボは稲科の植物を干した寝具の上に丸くなり、目を閉じた。


  翌日、ボボは近くの森に来ていた。焼き物をするための薪を切りにきたのだ。ボボは手斧を担いで、一息つく。昔は森はもっと近かった。しかし、村の拡大とともに、森の伐採が進み今となっては森は遠くなってしまったのだ。ボボが一息ついて座り込み、辺りを見渡すと一人のニンゲンの少女が木陰に座っていた。ボボは思わず息を呑む。

「ニンゲン⁉︎」

ボボは慌てる。ゴブリンとニンゲンが戦闘になった場合、ゴブリンに勝ち目はない。ゴブリンの平均身長は100cm、対してニンゲンの平均身長は170cmほど。力関係も、その体格に応じている。

ボボは息を潜めて、逃げ道を探す。しかし、ニンゲンはこちらに気がついたようで、立ち上がり近寄ってきた。

「貴方、誰?」

「へっ?」

「貴方の名前は? どうしてここにいるの」

ボボは慌てる。ニンゲンに話しかけられるとは思っていなかったからだ。

「私は……」


 ボボは最初、おっかなびっくり話していたが、話すうちに少女と打ち解けた。少女はボボのことを馬鹿にはしなかったし、ボボの話すことを村人たちより理解しようとしてくれたからだ。

「つまり、焼くときの温度が重要なんです。特に温度を一定に保つには苦労も多くて--」

「へえ、壺を作るのにそんなに手間が掛かるなんて思わなかったわ」

「そうですかね」

「そうよ。そんなに大変なら、貴方はとても周りの人から尊敬されているんじゃない?」

「いや、それは……」

ボボは思わず顔を顰める。尊敬の眼差しをくれる少女に村人たちが自分に向ける態度について教えたくはなかったからだ。

「そういえば、薪を切りにきたんです、私」

「あらそうなの。仕事の邪魔をして悪かったわね。私はもう帰るから、仕事に戻って」

「はは、すみませんね」

そうして、ボボと少女は別れた。


 次の日、ボボは用事もないのに、また森へ向かった。ボボはまた少女に会えるのかもと思ったからだ。そして、少女はまた同じ場所にいた。

「あら、こんにちは。また会えて嬉しいわ」

「へへ」

ボボは嬉しくなって思わず笑ってしまう。

「貴方にこれを渡したくて来たの」

少女はポケットから白い物体を取り出した。

「なんですそれ?」

「これは私たちが使ってる食器よ。昨日聞いた話だと、貴方たちと私たちが使ってる食器はだいぶ違うと思ったから」

少女はそれをボボに向けて差し出す。それは、白く、滑らかで、光沢があった。ボボはそれを受け取る。見た目通り、ツルツルしている。硬くて、薄くて、しかも軽い。

「これはね、陶器って言うの。ねっ、貴方たちのとは違うでしょ」

「違いますね……」

ボボは思わずそれに見惚れる。

「それね、端が少し欠けてしまってゴミに出すところだったの。だから、お家から持って来ちゃった」

「はい……」

ボボはそれを撫で回す。

「……温度が高い? 表面に何か焼く前に加工されてる? 水は全然染み込まない感じか?」

「大丈夫?」

「あっ、すみません」

ボボは自分がブツブツと独り言を言っていたのに気づいた。

「ちなみに、これの作り方とか知ってます?」

「知らない。私はそういうのは作らないから」

「ですよね」

ボボはその答えに少し気落ちするが、すぐに心を立て直した。

「これは貰っても?」

「いいわ。そのために持って来たんだし」

「ありがとうございます」

ボボはそれを手持ちの布切れに包んで、懐にしまった。

「それじゃあ……」

少女が立ち去ろうとすると、近くの茂みが揺れて3人のゴブリンが飛び出した。ゴブリンたちは槍で武装している。

「何を!」

ボボは彼らを見てさけぶ。彼らは村のゴロツキで、少女に槍を向けたのだった。

「貴方たち何?」

「へっ、俺らの縄張りに入って来たんだ。金目の物、全部置いてけ」

ゴブリンたちは槍を少女に突きつける。少女は軽蔑した眼差しで、何かを呟いた。

瞬間、少女の指先から稲妻が走り、3人のゴブリンを貫いた。

「ぎゃー!」

ゴブリンは槍を放り投げて、地面を転げ回る。そして、慌てて逃げていった。

「凄いですね……」

ボボは思わずつぶやく。

「あら、もっと強力な魔法も使えるのよ。なんせ、私はパパより魔法が得意なんだから」

「魔法ですか?」

「あら、貴方たちは魔法を使わないの?」

「いえ、村の祭司とかは魔法を使えますが……」

しかし、あそこまで強力な魔法は使えない。魔法にも種族差があるのだろう。

「でも嫌ねぇ。暴力的で」

「すみません」

ボボは思わず頭を下げる。

「なんで? 貴方は悪くないでしょ」

「いえ……」

「帰るわ、私。また来るから」

「はい……」

ボボは早足で去る少女を見送った。


「あいつ、ニンゲンと一緒にいたってよ」

「ニンゲンの仲間をしてたってよ」

ボボが村に帰ると、ゴブリンたちはヒソヒソとボボの噂をしていた。

「あっ、あいつです。族長!」

ボボが家に帰ろうとすると、さっき少女を襲おうとした三人のゴブリンがやってきた。ボボはその三人に手荒に引っ張られ、族長の前にぐいっと押し出された。ボボは族長の大きな体の前で体を小さく縮こまらせた。

「それで、どうした」

族長は重々しい声で告げる。

「こいつがニンゲンの味方をしたんです!」

「そうです! 族長」

族長は目を閉じて、そして口を開いた。

「どうして、ニンゲンと交戦になった?」

「そっ、それは……」

「こいつらがニンゲンを先に襲ったんです」

ボボはそう族長に告げる。

「ああっ⁉︎」

三人は怒って、ボボを押さえつける。

「やめろ!」

それに族長は一喝した。

「四人ともニンゲンには関わるな。特にボボ! お前はニンゲンに関わるきっかけを作った。よって、特に厳しい処分が下されると思え」

族長はそう言うと、立ち去る。

「チッ、俺らまで怒られたじゃねーか」

三人のゴブリンはボボを突き飛ばすと、不貞腐れて去る。ボボは突き飛ばされて、その場に突っ伏したまま全員が立ち去るのを見送った。


 翌日。ボボは再び、あの場所で少女に出会う。

「こんにちは。元気ないわね」

「へへっ、そうですかね」

ボボはねだるような目つきで少女を見る。

「あのー、魔法を使えると言いましたよね」

「使えるけど?」

「そのー」

ボボは恥ずかしそうに頭を掻いた。

「魔法を見せてはいただけませんかね」

少女はぱちくりの目を瞬かせると、頷いた。

「どんな魔法を見せて欲しいの?」

ボボの案内で森の中の少し開けた場所に移った少女は尋ねる。

「炎の魔法、火を見せて欲しいのですが」

ボボは伺うように少女を見る。

「なんだ、簡単ね」

少女は指先からろうそく程の炎を出す。

「おお」

ボボは指先の炎に見惚れる。職業上、炎を扱うことが多いが、火起こしには苦労が多い。それを少女はいとも容易く行うのだった。

「もっと、大きな炎を出すことも?」

「もちろん!」

少女は数メートル先の地面を指さす。すると、地面に炎が吹き上がった。

「おお!」

「もっと、もっと大きな炎も出せるわ」

「それは、何度も出せるんですか?」

ボボはぎらついた瞳で尋ねる。

「出来るけど、あんまりはやらないわ。炎を出すときは風向きとかに気をつけないと自分も危なくなるから」

「たしかに、そうですよね」

炎を扱う危険性はボボもよく知っていた。

「例えば、風向きとかに気をつけさえすれば、家を燃やしたりもできたり?」

ボボは尋ねる。

「出来るけど、お父さんに危ないからやらないように言われてるわ」

そこで、少女は少し黙り込む。

「でも、お願いされたらやってみてもいいかも」

ボボはニヤリと笑う。

「でしたら、燃やして欲しいものが……」


 ボボと少女は丘の上にいた。そこからはゴブリンの村が一望できる。

「ここから、あそこら一帯に炎をお願い出来ますか?」

「いいけど、風向きとかは大丈夫なの?」

「ええ、風向きは大丈夫です。ここら一帯にはこの時間、いつも後ろの山から村に向かって吹き下ろすような風が吹きますから」

「わかったわ」

少女は腕を振り上げる。

「撃ち込む地点は、あそことあそこを最初にお願いします」

ボボは村長の家と、前から燃え広がり易いと目星をつけていた住宅の密集地域を指さした。

「わかった」

少女は頷くと、腕を振り下ろす。村に火柱が上がった。村人たちは燃えながら逃げ惑うが、少女は次々と火柱を作り出す。しばらくすると、肉が焦げるような酷い臭いが立ち込めた。少女は鼻をつまみながら、火柱を撃ち込む。しばらくして、住居も村人も灰と煤に変わる。ボボは目を輝かせた。

「ありがとうございます!」

ボボはそう言って、少女の手を握ると焼け焦げた村に向かって走り出す。先ずは、村長の家を掘り出す。死骸だか、家の柱だかをどかして、村長が大事にしていた銀貨や、その他、燃え残った貴重品を掘り返す。次は村外れの倉庫だ。そこだけは燃やさないよう指示していた。ボボは億万長者だ。これだけの宝を持っていけば、近くの他のゴブリンの村に行っても歓迎されるに違いない。それに、ボボは焼物の技術まで持っているのだ。ボボはニタニタと笑いながら村中を走り回った。


 湖畔の屋敷に少女は帰る。すると、父親がやって来た。

「どこに行っていたんだい? 心配したんだよ」

「ゴブリンと会っていたの」

少女の言葉に父親は森の方を見る。

「森は危ないから行ってはいけないと教えただろう?」

「ごめんなさい」

「それに、ゴブリンと会うのもダメだ」

「なんで?」

少女は無垢な瞳で父親に尋ねる。

「危ないし、彼らの生活を壊してしまうからさ」

「どういうこと?」

「彼らは、昔の私たちと同じような生活を今でもしているんだ。だから、私たちが行くと彼らは私たちの暮らしを真似したくなってしまうだろう?」

「それはいけないことなの?」

「そうだよ」

父親は諭すように少女の頭を撫でた。

「それは、いけないことをしてしまったわ」

「どうしたんだい?」

「ゴブリンにお皿を挙げてしまったの」

「そうなのかい?」

「ええ。でも、割れたお皿一枚だけよ」

少女は許しを乞うように父親を見つめる。

「うーん。それならきっと大丈夫だ。彼らもお皿作りの技術を簡単には真似できないだろうし。きっと、棚の上にでも飾られるぐらいじゃないかな」

「そう?」

「ああ、大丈夫だ。でも、危ないからもう森には行ってはいけないよ。さあ、もうすぐ夕飯だ」

そう言って、父親は少女と手を繋ぎ家の中へと入った。






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