赤いきつねと緑のたぬきのばかし合い

司弐紘

赤いきつねと緑のたぬきのばかしあい

 最近のきつねさんは怒っていました。


「どうして、きつねは『赤い』ことになっちゃったんだろう?」


 と。


 今までお稲荷いなり様として、人々のお願いを聞いてきたきつねさんは、ここのところ、そんな愚痴ばかりです。


 それを最初はうなずきながら聞いていた、たぬきさんも、あまりにきつねさんが繰り返すので、ぐったりしてきました。


 たぬきさんも「緑の」なんて言われて、それがよくわかっていないのです。そんなモヤモヤもあって、たぬきさんは一計を案じることにしました。


               ※


「それがね、きつねさん」


 いつものように愚痴を並べ始めたきつねさんに、たぬきさんは話を持ちかけました。


「なんだい、たぬきさん」

「実はね。元々は『緑のたぬき』が先だったみたいなんだよ」


 その、たぬきさんの言葉に、きつねさんは吊り目をぱちくりさせました。


「それはどういうことだい?」

「聞いてくれるかい?」

「聞こうじゃないか」


 きつねさんは調子よく請けおいました。


「まず、『たぬき』って言葉が出てくる意味から始めるよ。これはね、きつねさん。暗号だったのさ」

「暗号だって?」

「子供たちが、ときどき見ているなぞなぞの本があるだろう? そこにオイラ、たぬきの絵が描かれてる暗号があるじゃないか」

「ああ、確かに見たことがあるね。文章から『た』を抜こうってシャレだろ?」


 有名な暗号なので、きつねさんはすぐに思い当たります。


「あれと理屈は同じなんだよ。それでね、『緑のたぬき』には“かきあげ”が入っているよね」

「確かに確かに」


 きつねさんが前のめりでうなずきます。


「その“かきあげ”という言葉からは、もう『た』が抜かれていたんだよ。だから『たぬき』なのさ」

「すると、どういうことになるんだい? 元の言葉は?」


 きつねさんは、もう興味津々です。

 たぬきさんは、しめたものだと思いながら、話を続けます。


「それがね、きつねさん。元は『かたきあげ』っていう言葉だったみたいなんだよ」

「ああ、なるほど。確かに『た』の座りが良い感じだね。でもこれはどういう言葉なんだい」


 たぬきさんは、そこで空中に文字を書き始めました。

 きつねさんもたぬきさんも半分神さまみたいになってるので、これぐらいは出来るのです。


 そして、たぬきさんがポンと大きなお腹を叩いてから書いた文字は、


「仇揚げ」


 でした。


 それを見てきつねさんは顔をしかめます。


「穏やかじゃないねぇ」


 それはそうでしょう。

 「仇」とは、ぎゃふんと言わせたい「敵」の事なのですから。

 どうしても、話が乱暴になってしまいます。


 ですが、たぬきさんの話はもっと過激になりました。


「わざわざ暗号だからね。こうやって、憎い仇に『覚悟しろ』とやってるのが『緑のたぬき』というわけさ」

「待てよ? してみると『緑の』はどうなるんだい?」

「そこだよ、きつねさん」


 たぬきさんはお腹を揺すりながら、もったいをつけます。


「これはなかなかわからなかった。でもね、きつねさん。やっとわかったよ。これは『春』って意味なんだよ」

「春だって? もしかして、春になったら酷い目に遭わせるぞ、ってことかい?」


 ここでたぬきさんの話は「ごぎょうしそう」に飛びました。

 何しろ半分神さまみたいな、きつねさんとたぬきさんなので、こういう難しい話もしたりするのです。


 それでどうにか「緑」に春という意味があることが、きつねさんも納得できました。


 けれどそうなると……


「もしかして『赤』もそういう理屈なのかい?」


 きつねさんが気付きました。

 けれどこれでは話がおかしいのです。


「『赤』ってことは『夏』ってことだろ? じゃあ順番がおかしいくないかい?」


 確かに「ごぎょうしそう」だと「赤」は「夏」になります。

 季節の順番で考えると「春」の次は「夏」。

 ところが夏であるはずの「赤いきつね」は、春の「緑のたぬき」より先に世に出ているのです。


 これではあべこべになってしまいます。 

 しかし、たぬきさんにぬかりはありませんでした。


「そうなんだよ。でも先に『緑のたぬき』が出てしまうと、暗号に気付いてみんな怖い思いをするだろ? でも『赤いきつね』をあらかじめ出しておけば、みんな気付かない。それに気付かれても、もう『春』が過ぎて『夏』になってるんだから、きつねさんは無事。みんな安心できるんだ」

「酷い目にあわされそうだったのは、オイラだったのかい?」


 きつねさんはびっくりします。


「きつねさんは、誤解されやすいから。ほら『九尾きゅうびきつね』とか」

「あれには困ったよ」


 その妖怪の名前を出されると弱いきつねさんでした。


「それで人間たちが気の毒に思って、全部無しにするために『赤いきつね』を先に出したってわけなのさ」

「なるほどねぇ」


 と、きつねさんは深々とうなずきました。

 たぬきさんは、仕上げにかかります。


「こんな風に、人間たちに好かれるなんて、さすがはきつねさんだよ。人間たちの願い事を聞いていた甲斐がむくわれたね」

「そ、そうかい?」

「だから『赤い』ぐらいはゆるしてあげなよ。からっと揚げた、あぶらあげが泣くよ」

「そうだねぇ。考えてみると『赤い』ぐらいどうって事は無いねぇ」


 どうやら、たぬきさんのたくらみは上手く行ったようです。

 これで、きつねさんの愚痴も収まるでしょう。


 たぬきさんは一安心です。


 たぬきさんは、本当にすごいきつねさんが『赤い』と言われただけで、ずっと愚痴を言っているのが、悲しかったのです。


 でもこれで、ひさしぶりにきつねさんと楽しくお話しが出来そうです。

 たぬきさんはおもいきりよく、お腹を叩いて喜びました。


 悪役になってくれた、かきあげもありがたくいただこうと、たぬきさんは決意するのです。


               ※


 たぬきさんとさよならして、きつねさんは「やれやれ」と胸をなで下ろしました。

 これで、たぬきさんの悲しい顔を見なくて良さそうだ、と。


 きつねさんは、わざとたぬきさんにだまされていたのです。


 なぜなら、きつねさんも悲しんでいたのですから。


 たぬきさんは口に出しませんでしたが、


「どうして『緑』なんだろう? 『かきあげ』なんだろう?」


 とモヤモヤしていることに、きつねさんは気付いていたからです。


 そこできつねさんは、わざと「赤い」を気にすることから始めました。

 そして、人間たちのやることを気にないで済むような理由を、たぬきさんに自分で考えてもらったのです。

 

 それがきつねさんのたくらみでした。

 

 これで、たぬきさんが悲しむことはないでしょう。

 きつねさんのおもわく通りです。


 きつねさんは、良い気分になってきつねうどんのお揚げを、ジュンと出汁にひたしました。


 それは本当に、きつねさんの優しさが染み込んでいるような、温かいお揚げでした。


 おわり

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赤いきつねと緑のたぬきのばかし合い 司弐紘 @gnoinori

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