第37話 戦いが終わって



 浮遊感を感じなくなってそっと目を開けると、ちょうど別世界に行くときに軍を展開していた場所に戻ってきていた。


 いったいどんなシステムなのか、左胸に空いた穴も、治りかけていた腹の傷も、ズタズタだった足も何事もなかったように治っている。


 そして、俺以外のみんなもしっかりと戻ってきているようで。


「ちょっとリオン! 私のところまで敵が来たんだけど! どういうことよ!」


 と、ちょうど行くときに隣にいたセツナに責め寄られた。


 セツナが怒るのは当然のことなので頭を下げる。


「いや、攻めきれず、守り切れなかったのは悪かった。完全に俺の落ち度だ」


「な、なによ‥‥‥そんな素直に謝られると調子狂うわね。まぁ、今回はいいけど次から気つけて頂戴」


「あぁ。けど、セツナは抵抗できなかったのか?」


 俺たちが戦ってる間、セツナは「主神である私は玉座の間にいるのが相応しいわ!」とか言って俺の玉座に堂々と座っていた。


 それは別にいいんだけど、敵が来た時にセツナは権能を使わなかったのだろうか?


 気になって聞いてみると。


「抵抗したわよ。権能も使ったけど、言ったでしょう? 私の権能はまだ全力に発揮できないって」


 確かに言ってたな‥‥‥それでも、誰かを呼んでその間の時間稼ぎくらいはできたんじゃ。


「大きな声も出して誰か呼ぼうとしたけど誰も来てくれなかったし‥‥‥やっぱり私、もともと敵だったからみんなに嫌われてるのかしら‥‥‥」


 そう、ちょっと落ち込んだ雰囲気を出すセツナ。


「あ~‥‥‥それは、別にそういうことじゃないと思うぞ」


 実際はみんな、俺の戦いに夢中になってて、ていう勘違いを、なんともそのまま言うのは照れくさくてなんて伝えようか悩んでると。


「うわぁぁぁぁぁぁあああっ! お兄さまぁぁぁぁぁあああっ!!」


 そんなに負けたことが悔しかったのか、未だにギャン泣きが止まらないエルナの声と共にこっちに向かって走ってくる姿が見えた。


 その後ろには同じように落ち込んだ姿が目立つヴォルク、アン、アスタロッテ。


 他の孤高の十二傑たちも全員やってきていて、最後方に少し遅れ気味でめぐみが息を切らせている。


「お兄さま‥‥‥エルナは‥‥‥エルナのせいでまけて、ごめんなさい‥‥‥ひぐっ」


 エルナは俺に抱き着いてくると、そのまま俺の身体に顔を押し付けてきて嗚咽を漏らし始めた。


 確かに悔しかったのもあるのだろうけど、責任感の強いこの子のことだ、自責の念に駆られてるんだろう。


 エルナのせいじゃないってただ慰めるのは簡単だけど、それじゃあ意味がない。


 実際に敵の侵入に気づけなかったっていうことは、エルナの落ち度であることは確かだし、それに彼女は強い子だ。


「その気持ちがあれば十分だよ。エルナなら次に活かすことができる」


 だからそう言って、そっと頭を撫でておくことにとどめた。


「お前たちも、そういうことだ。今回のことはいい経験になったと思おう」


 デュランさんからの言葉を、俺の間に俯いて跪いているヴォルク、アン、アスタロッテに伝える。


「——はっ! それは当たり前のことです。しかし陛下、我らは失態を犯した身。故に罰をお与えください」


「あ、アンは、リオン様のメイドを、辞める覚悟も、で、でき、できておりま、す」


「どんなことでも受け入れる所存ですわ」


「‥‥‥」


 最初は、マゾか? って思ったけど、真面目なヴォルクのことだから、こうでもしないと納得できないんだろう。


 アンなんて言葉とは裏腹に、声はブルブルで必死に涙をこらえて、本当にメイドを辞めろなんて言ったら今にも崩れ落ちそうだ。本職じゃないのに。


 フロガとエルドラドも後れを取ったとかで直ぐに罰を求めて来たけど、そんなに堅苦しくしなくていいのに。


 そう思いつつも、信賞必罰が大切なことも理解してるため、少し考えて俺は直ぐに結論を出す。


「それじゃあ、エルナと俺を含めた五人でヴォルクの修行を受けよう」


 そう言うと、抱き着いていたエルナは表情が抜けたように愕然と俺を見上げ、アンとアスタロッテは顔を若干蒼くさせる。


 あー、やっぱそういう反応になるよね、分かる分かる。


 ヴォルクの修行は本気で死ぬんじゃないかってくらい厳しいからなぁ。


 それでも、撤回する気はない。


 ちゃんとためにはなるし、これは罰だからな。


 どんなことでもって言った手前、受け入れるしかないだろう。


 誰からも文句は出てこなかった。


 ‥‥‥いや、正確には一人。


「陛下、それでは我の罰にはなりません。他の者はそれでいいですが、我には別のを」


 ヴォルクだ。


 確かに、ヴォルクの修行なんだから、いつもそれをこなしてるヴォルクには罰にならないか‥‥‥ていうか、本当に真面目だなぁ。


 黙ってればそれでいいのに。


「う~ん、別のか‥‥‥じゃあ、一週間俺と散歩禁止——」


「くぅん‥‥‥」


「——は、重すぎか」


 そんなに落ち込まれると言い出せないわ!


 それから俺は、もう少し考えて。


「‥‥‥一週間おやつ禁止にしよう」


「ぐっ‥‥‥わか、り、ました」


 いつものハキハキした受け答えが無いことから、これでも十分罰になるみたいだ。


 他の者はみんな微妙な顔してるけど、そもそもヴォルクにはめぐみを守れという命令をしていて、それはちゃんと果たせているんだからこれくらいでいいと思う。


「修行のことも頼むな」


 そう言って、俺は次にヴォルクたちの後ろに控えてる他の孤高の十二傑たちに視線を向ける。


「みんなも今回の戦いで色々と感じることがあったと思う。それぞれ足りないと思ったことを中心にこれからも強くなっていってくれ」


「「「「「「——はっ!」」」」」」


「うんうん、それからフロガ、シルファ、エルドラド、ウェルテクス、及びそれぞれが束ねる部隊には今回の戦いを称して褒章を与えようと思う」


「「「「——はっ! 有難くいただきます」」」」


 特にフロガとシルファはそれぞれ第二船団長と第三船団長を倒してるからな、これくらい当たり前だろう。


 流れでなんとなく始まった軍議だけど、話すべきことはこれくらいだろうか?


 他に何かあるかな? って考えてると、息を整えながら静観していためぐみが手をあげた。


「めぐみ?」


「りっくん、お話終わったかな~? それならあたしからりっくんにお話があるんだけどな~」


「うん?」


 何のことかわからず首を傾げてると、めぐみは俺に近づいてきて、左胸をお腹に指を差す。


「こことここ、穴が開いてたよね~?」


「あっ‥‥‥あ~‥‥‥」


 理解。


 思わず目を背けようとすると、逆側にはエルナがいた。


「そうです! 無茶しすぎですよお兄さま! 何度あの場から飛び出しそうになったことか!」


「あ~あ~、何のことだっぺー?」


「りっく~ん?」


「お兄さまっ!」


 誤魔化そうと目を逸らし続ければ、逃がさないとばかりに二人とも詰め寄ってくる。


 誰か助けて!


 そいう念を込めてみんなを見ても触らぬ神になんとやら、サッと逸らされるばかりで逃げ場がない。


「うっ‥‥‥わかり、ました」


 抵抗できないと悟った俺が、そう諦めて素直に正座しようと膝を曲げた時だった。


 救世主が現れたのである。


「リオン様! 孤高の十二傑の皆様もできれば来てください! 緊急事態です!」


 叫びながら走ってきたのは近衛騎士団の一人だ。


「合点招致! いくぞお前ら!」


 俺は直ぐに立ち上がって、これ幸いにと呼ばれたほうに駆けていく。


「あ、ちょっとりっくん!」


「お兄さま、まだ話は終わってませんよ!」


 当然、二人は呼び止めてくるけど、俺は無視することにした。


 人の噂も七十五日のように、人の怒りも時間が経てば収まるものだ。


 しばらくはおとなしくしておこう。


 そう思いながら、呼びに来た近衛騎士に案内されてみんなで緊急事態だという所にやってきた。


「うわあっ! 海だあっ!!」


 そう言うのは、ウェルテクスだ。


 そしてその通り、その場所には正確には湖のようだけど海と見間違うほど広大な水辺が広がっていた。


「これは‥‥‥」


 ここはもともと森が広がっていたはずだ。


 それがいきなり湖に変わっているなんて‥‥‥考えられる可能性としては。


「先輩が何かしたのかしら?」


 セツナもそう思ったのだろう。


 ポツリと呟いたその時だ、頭に海王神ポセイドンの声が聞こえてきて、推測が合ってることを裏付ける。


『今回はおまけだ! 俺の眷属たちにもお前たちとの戦いはいい刺激になったからな、選別と思ってくれてもいい、その海はやるよ!』


「先輩、ありがとう」


『いいってことさ! じゃあな!』


 それ以降、海王神ポセイドンの声は聞こえなくなった。


 いやぁ、本当にデュランさんといい、何から何までありがたいものだ。


 こんど向こうが困ってることがあったりしたら、必ず手を貸そう。


 そう思いながら、とりあえず突然現れた海のことは謎も解けたし、そのことは置いておいてだ。


 この場には、もう一つ緊急事態といか異常事態が起こってる場所がある。


 そこには魔物の死体が山のように積まれてあって、その傍でしゃがみこんでテンション高く観察してる小柄な人影が一つ。


「きししっ、見たことない魔物! 突然現れたでっかい湖! 本当にこの世界は面白いのだ!」


「アルディリア」


 瞳と同じ鈴色の髪をサイドポニーに結んで、袖が余るほどにサイズがってないぶかぶかの白衣を着た少女。


 第四軍団長で孤高の十二傑の一人、≪鈴機血プラータ≫のアルディリアがこっちを向いて駆け寄ってくる。


「おぉ! 陛下~、やっと戻ってきたのだ! いや~ウチも行こうと思ってたんだけど、実験が終わらなくて間に合わなかったみたいな? きししっ」


「いや、まぁ、それはいいんだけど‥‥‥この山なに?」


「そうであった! なんかウチが遅れてここに来た時に、ちょうど大群でやってきたから退治していたのだ!」


 大群で‥‥‥?


 よく見れば、アルディリアの白衣には返り血と思われる染みがいくつかできていた。


「それから一人、獣人の子を保護したのだ! なにやら陛下にお願いごとがあるそうなのだ!」


「獣人?」


 アルディリアはそう言うと、直ぐにその獣人とやらを連れてくる。


 服とも呼べないような薄ボロを纏った、俺と同じくらいの女性だ。


 狐の獣人さんだろうか?


 汚れでくすんでいるものの、こがね色の毛並みの三角の耳としっぽが見える。


 紫紺の瞳には影が揺蕩うように見えて、どことなく不安定な印象を感じた。


「あなたが、この国の‥‥‥?」


 まぁ、自分と同じくらいの若さで皇帝とかにわかには信じられないか。


「そうだよ、クレプスクルム帝国皇帝、リオンだ」


 なるべく安心させるような笑顔を浮かべて名乗る。


 すると、女性はその紫紺の瞳に涙を浮かべて、俺の足元に縋りついてきた。


 突然の行動に止めようとヴォルクが動こうとしたのを、手で止まるように伝える。


「お願いします! 助けて、ください! みんなを! 仲間たちを! お願いします、お願いします‥‥‥」


 女性はとにかく必死だった。


 助けて。お願いします。


 と、何度も何度も続けて。


 落ち着くように背中をさすっても、話を聞こうにもどうにもならなくてほとほと困った。


 とりあえず、城に戻るかって思って女性を立ち上がらせようとした時。


「これ、どれくらい深いのだ?」


「よし! それじゃあ僕が見てくるよ! ——とうっ!」


 そんな話し声が湖の方から聞こえて見てみると、ちょうどウェルテクスが飛び込んだところだった。


 ‥‥‥え、飛び込んだ‥‥‥ウェルテクスが!?


「全員退避ーっ!!」


 それは誰の声だったのか、俺かもしれないし、他の者かもしれない。


 とにかく、次に起きるであろう大災害を予測して一刻も早く逃げ出す。


 俺も足元にいた女性を抱き上げて全力で駆けだした。


 背中には何故かアルディリアがくっついてくる。


 途中で鈍足のめぐみを拾っていくのも忘れない。


 そしてついに、先の戦いではポセイドン船団にも襲い掛かった大津波が迫ってくる。


「できる奴は障壁を‥‥‥ごぼぼぼぼぼ!」


「お儀兄さま!」「「「陛下ーっ!」」」「「「リオン様ーっ!」」」


 しかし、発生した場所があまりにも近すぎたのか、俺は簡単に巻き込まれてしまった。


 めぐみと女性とアルディリアも抱えて、ぐるぐるぐるぐると波の藻屑にされながら思う。


 こうして度々パニックに陥りながら、俺はこれからも仲間たちと過ごしていくんだろう。


 それは何事にも代えがたい俺の大切なものになる。


≪孤高の天才≫なんてもてはやされていた俺は、ここにはいない。


 俺はもう一人じゃないから。


 そのことを実感できるようになって、ここに来て本当に良かったと思ってる。


 ここから先、色んな困難が降りかかるだろうけど、みんなとならきっと何とかなるはずだ。


 ま、でも、さしあたってはこの津波だな。


 それから、助けを求めてきた女性のこと。


 俺は新たな波乱の幕開けを感じながら、とりあえず津波を吹き飛ばすことにした。


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孤高の天才が神々の代理戦争に参戦するそうです! ~俺が育て上げた吸血鬼軍団は全世界最強~ しゅん@ものづくりファンタジー執筆中 @shunki04040430

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