第36話 ここにきてまさかの



「‥‥‥あ、力が——」


「「リオン様っ!!」」


 デュランさんを倒したことに気が抜けたのか、途端に膝の力が抜けそうになって、今度こそ体が倒れそうになる。


 けど、その前にフロガとシルファに両側から支えられた。


 俺は二人に向かって笑いかける。


「おー、二人とも、俺は勝ったぜ」


「おう! 流石リオン様だな!」


「お見事でした。‥‥‥でも、こんなに無茶をして、何度もハラハラさせられました。特に最後のなんて帰ったらエルナ様に怒られますよ」


「あー‥‥‥あはは」


 そうだった。


 エルナたちにも見られていることをすっかり忘れてた。


 相当心配かけただろうし、シルファの言う通り、帰ったらお説教させられそうだ‥‥‥エルナからもそうだけど、特にめぐみに。


 心配かけないようにしようと思ってたけど、これはやっちまったなぁ。


 後のことを考えて、顔を引きつらせてしまう。


 そんな中、倒れたままのデュランさんから声をかけられた。


「さっきのは、なんだ‥‥‥」


 抽象的なその問いは、たぶん左胸を貫かれたことを言ってるんだろう。


 今も赤い染みが広がるその部分は、確実に心臓がある場所だから。


 どんな人間でも心臓を失えば死ぬし、吸血鬼でもそれは変わらない。


 けれど俺は、満身創痍ながらこうして生きている。


 何故か? では、何が起こったのか、俺が生きているネタばらしをしよう。


「まぁ、言ってもそんなに難しいことじゃなくてシンプルなことだけどね」


 言いながら俺は、右胸をトントンと叩く。


「——かはっ!」


 瞬間、臓器が移動する感覚に吐血がこみあげてきて、地面に血をぶちまける。


「あっ、リオン様の血が‥‥‥なんて勿体ない」


 ‥‥‥え?


 何故かすごく残念そうな表情をして、「でもまだ三秒たってませんし‥‥‥」とか言って、床に吐いた血を指で舐めようとするシルファ。


 てか、実際に舐めてすごい恍惚した顔してるし。


 え…‥‥怖い怖い怖い!


 フロガは知ってたのか、なんだか呆れたような顔をしてる。


 今まで知らなかったシルファの思わぬ一面に戦慄している間に、デュランさんは答えに行きついたらしい。


「‥‥‥そうか、心臓の位置を右胸ずらしていたのか」


「そ、そういうこと。デュランさんなら絶対に外すことが無いと思ったから」


 と、とりあえずシルファは置いておいて、だ。


 デュランさんの言う通り、俺は自分の心臓をずらしておいたから左胸を穿たれても死ぬことが無かったというわけ。


 やり方はピストルの銃弾を抜いたときと同じで、心臓を流れる血を操作して無理やり動かす。


 そうすれば、かなり苦しいけれど数分の間だけ心臓の位置を右胸に変えることができる。


「つまり俺はまんまと嵌められたというわけか‥‥‥」


「よく昔から勝ったと思った時こそ最後まで油断をするなって言うしね」


「くっくっく‥‥‥言うじゃないか」


 俺の言葉がお気に召したのか、デュランさんは静かにひとしきり笑ったあと、倒れたまま鋭い眼光を飛ばしてきた。


「断言しよう。お前たちは新人としては相当強い。俺が保証してやる」


 それは先輩からのありがたい言葉だからか、自然と背筋が伸びる気がした。


「一人一人が強力な個体で、弱点はあれど隙はなく、気持ちの面でも確かなものを持ってる。それらの強さは、これからもっと成長していくはずだ。もしかしたら俺たちだってすぐに抜かれるかもな」


「ご謙遜を。デュランさん、本当はもっと強いでしょう?」


「まぁな、新人に本気を出すのはどうかと思ってな」


 特に否定しないことに、やはりと頷く。


 これは戦ってて何となく思ってたことだけど、デュランさんの武器は並のものだった気がする。


 ピストルもすぐ壊せたし、デュランさんほどの強者がそんな脆い武器を使うだろうか?


 多分だけど、ちゃんと本名の武器があるはずだ。


 それに、今回出張ってきた向こうの人数だけど、第一船団の団長がいなかった。


 最初はデュランさんだと思ってたけど、それならそう名乗ると思うし、第一船団の団長は他にいるんだと思う。


 そもそも海王神ポセイドンが持つ眷属たちが第五船団までしかないとも思えないし。


 まぁ、俺もまだ隠してる力はあるし、そこはお互い様だろう。


「次戦うことがあったら、ハンデは無しだ」


「望むところ、次も俺が勝つよ」


「ふん、大した自身だ。楽しみにしてる」


 そう言ってデュランさんは手だけを動かして拳を向けてくる。


 最初はなんだか分からなかったけど、すぐに求められてることを理解して、俺も自分の拳を合わせた。


「お、おぉ……」


 なんだこれ、いいな!


 再戦の約束を交わすライバルみたいで!


 今までにない経験をして、思わず感激してるとデュランさんは「最後に」と言って、再び睨んでくる。


 おっと、まだ話は終わってないらしい。


「お前たちはこれから沢山の強敵と戦うことになるはずだ。もしかしたら、俺たちよりも強い奴らと殺り合うかもな」


 正直、デュランさんたちより強い奴らってあんまり想像つかないけど、今回の戦いで色々足りないところも見えて来たし、修行あるのみかな。


 そう思いながら俺はデュランさんの言葉を静かに待つ。


「……」


「だから、これだけは忘れるな。いいか――」


 デュランさんはニヤリとした笑みを浮かべる。


 俺はどんなありがたい言葉が聞けるのかと、思わず息を飲んで。


「――


「………………はい?」


 いや、それさっきを俺が言ったこと――。


 その時だった。


 突然、頭の中に無機質な声が響いてくる。


【世界の言葉】だ。


『【神々の黄昏ラグナロク】が終わりました。海王神ポセイドン対遊戯神セツナの【神々の黄昏ラグナロク】は海王神ポセイドンの勝利です。繰り返します、海王神ポセイドンの勝利です』


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はい?」


 理解が及ばず、困惑してると、今度はセツナと海王神ポセイドンの声が聞こえてくる。


『タンマ! タンマよ! 降参するからぁっ! 『お、やっと諦めてくれったすね~』』


『はっはっはっ! どうやら俺たちの勝みたいだな! ま、先輩なんだし勝って当たり前だがな! はっはっはっ!』


「「「え、ええええぇぇぇぇぇぇぇぇええっ!?」」」


 フロガとシルファにもセツナの情けない声が聞こえたんだろう。


 図らずも、同じ驚愕の声を叫んでしまった。


「ふっ、勝負には負けたが戦いでは勝ったようだな? ラカムがやってくれたらしい」


 デュランさんがニヤリと笑って言ってくる。


 ラカムってあいつか! アスタロッテが相対してアンがヘルプに向かった。


 だが、エルナからの報告では撤退したって‥‥‥。


「あいつはピエロだからな。そう思わせて侵入したんだろうよ」


 確かに、「俺っち~‥‥‥」とかなんとか言って、掴みどころがないというか、胡散臭いというか、常にヘラヘラしてておかしなやつだと思ってたけど、そんなことを狙ってたのか。


「しかし、城にはエルナ様とそれにヴォルク様もいたはずです」


 シルファの言う通り、あの二人を突破するなんてなかなかできることじゃないが‥‥‥。


「その二人がどれくらい強いのかは知らないが、ラカムは気配を隠すことや変装して騙すのが得意だからな、きっと接敵しなかったんじゃないか? それに船団長も任されてるから実力は確かだ」


「いやいや、それでもヴォルクさんを欺けるなんてオレ様には思えねえよ」


 フロガも信じられないみたいだ。


 俺も全く同じ感想だし。


 吸血鬼ヴァンパイア×月狼マーナガルムであるヴォルクは音とか匂いで気配にも敏感で。


 それこそ、周りがおろそかになるほど何かに気をとられてた、り‥‥‥‥‥‥まさか!?


 と、俺がその可能性に思い至った時、【世界の言葉】と違って、今度は感情豊かな声が頭に響いてくる。


 エルナの念話だ。


『お兄さまぁっ! エルナはやってしまいました‥‥‥お兄さまの戦いに夢中になりすぎて、敵の侵入に気づかず‥‥‥うわあぁぁぁぁあああんっ!?』


『‥‥‥陛下、我もです。この失態の罰は如何ほどでも受けます』


 あ、やっぱりかぁ‥‥‥フロガかシルファを通して見てると思ってたし。


 二人とも無力さを感じているのだろう。


 エルナのギャン泣きは止まる気配を感じないし、ヴォルクの声にも覇気が無い。


 きっと狼耳をペタンとさせて、尻尾も萎れてると思う。


 そして、この二人と同じかそれ以上にショックを受けている者があと二人いた。


『ルナちゃん、ほら泣き止んで、ね? 大丈夫だから。アンちゃんもルナちゃんに何か言って——アンちゃんっ!?』


『‥‥‥あ、ああ、アンが、仕留めそこなったから‥‥‥メイド、失格』(パタリ)


『ど、どうしましょうどうしましょう! わたくしはこの失態をどう責任を取れば‥‥‥っは!? これはもう陛下にこの身を捧げるしか‥‥‥あ、でも、それじゃあわたくしにはご褒美になってしまいますわ!』


『ロッテちゃんも何言ってるの!? あーもう! りっくん! りっく~ん! 早く戻ってきて~!』


 まさに作成会議室は阿鼻叫喚でめぐみ一人じゃ収拾できなくなってるらしい。


 責任のなすりつけ合いみたいなことはなってないけど、誰もが自分に非があると思ってるみたいだ。


 まぁ、誰も非が無いってことは無いだろうけど、でもそれを言うなら俺だって。


「だから言っただろう? 手伝ってもらわなくていいのかって」


 そう、デュランさんの言う通りだ。


神々の黄昏ラグナロク】の勝つ条件は主神を倒すこと。


 それなのに俺は目の前の戦いに集中しすぎてすっかりそのことを忘れてしまっていた。


 フロガとシルファと三人がかりなら、もっと早くにデュランさんを倒せただろうし、先を越されることもなかったかもしれない。


 俺の意地が敗北につながったと言ってもいい。


「ま、今回はいい経験になっただろう? 次からは気を付けることだな」


「‥‥‥はい」


 俺は素直に頷いた。


 その通り過ぎて反論できません。


 でも、本当に海王神ポセイドンが練習で【神々の黄昏ラグナロク】を開いてくれてよかった。


 負けたから海はもらえないけど、これが本当に敵だったら色々なものを根こそぎ持っていかれていたかもしれない。


 たとえ勝負に勝ったとしても戦いに勝つまで気を抜かない。


 改めて、そう心に刻む。


 そうしてると、ここに来た時と同じように淡い燐光を放つ光りが身体を包み始めているのに気が付いた。


「どうやら、もうお互いに元の場所に戻る時間らしい」


 見れば、俺だけじゃなくフロガとシルファ、そしてデュランさんも同じように光に包まれている。


「そっか。デュランさん、色々とありがとう」


「ふん。まぁ、せいぜいがんばれよ」


 最後にお互い、ボロボロの格好で握手をして、視界すべてが光に塗りつぶされた。


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