第35話 決着



 ——痛ってぇぇぇぇぇぇぇえええええっ!!


 向こう側が見えるほど抉られた自分の腹部からとめどなく血が溢れていく。


 負傷したのは腹なのに、まるで全身が痛むような激痛に視界が赤くチカチカして、叫びたいのに声すらあげられない。


「ぐふっ‥‥‥」


 なんとか立ち上がろうとして、しかしこみ上げてきた吐血に耐えられず、膝をつく。


【自動回復】で治り始めてるけど、流石にこれほどの大怪我は直ぐには治らなそうだ。


「リオン様!? てめえっ!」


「私たちも参戦します!」


 膝をついた俺に見かねたのだろう。


 フロガとシルファのそんな声がして、今にもデュランさんに襲い掛かろうとするのを、俺は慌てて手を伸ばして制止させた。


「だめ、だ!」


「なんでだよ! オレ様たち三人でやれば!」


「そうです! リオン様!」


 視界の端でデュランさんがゆっくりと近づいてくるのが見えて、俺も立ちあがる。


 傷はまだ全然塞がってないけど、感覚がマヒしてきたのか、それともあまりの痛さに脳がシャットアウトしたのか動けるくらいには痛みが引いてきた。


 ウェスペルを構え直して、俺は改めてフロガとシルファにそこで見ているようにと目で制する。


「これは俺の戦いだから。二人はそこで見ていてくれ」


 そう、デュランさんは俺だけで倒さなきゃいけないんだ。


 俺がけじめをつけて、胸張ってお前たちと戦場を共にできるようになるために。


 今までクレプスクルムのみんなだけに戦わせてたこと、そのつもりが無くても一緒に戦うということを事実として騙す形になってしまっていたこと。


 みんなは気にしないって言って、笑って許してくれたけれど、やっぱりまだ俺の気持ちはなんだか突っかかりみたいなものが残っていて。


 だからこそ、ここでデュランさんを倒して、晴れて俺もみんなと同じ場所に立ったってことを証明したい。


「もう一度言う、見ていてくれ」


 今度は二人だけじゃなく、二人を通して見ているだろうエルナ達にも伝えるつもりで言った。


 エルナ達はどうかわからないけど、フロガとシルファに俺の気持ちがちゃんと伝わったようで、前のめりにしていた身体を戻して静観の姿勢を見せる。


 二人から目線を外して正面を向くと、ちょうどデュランさんがお互いの間合いの一歩手前で立ち止るところだった。


「ふん、どんな想いがお前を意固地にするのか知らないが、今のままでは俺に敵わないぞ?」


「‥‥‥」


 ‥‥‥それはデュランさんの言う通りだな。


 俺の【真血覚醒ブラッディ・アギト】を使えば一気に戦局を変えれるだろうが、俺一人じゃ発動できないから、それはしない。


 一度、俺が一人でって決めたんだから、貫き通さないと。


 まぁ、いくら志を高く持ってもジリ貧なのは変わらないのだけど。


「それでもなんとか打開策を考えるさ。で、さっそく打開策一つ目だけど、これはどうかな?」


 言いながら、俺はパチンと指を鳴らす。


「月華流剣術・二十六夜——”有明月ありあけつき”」


 瞬間、デュランさんのすぐそばの空間が歪んで、斬撃が現れる。


 さっき吹き飛ばされながら咄嗟に仕掛けた設置型斬撃だ。


「小細工だな」


 最初から、その”強者の勘”で見抜いていたんだろう。


 デュランさんはそれを特に驚きもせずに、楽々と受け止める。


 まぁ、もともとこれで仕留められるとは俺もはなから思ってない。


 しかし接近はできるはずだ。


 俺は身をかがめて素早く駆けると、デュランさんに向かって下から上に切り上げるようにウェスペルを振るう。


「月華流剣術・上弦月じょうげんのつき——”空明くうめい”!」


 空間そのものを断絶する防御不可避の絶対斬撃。


「甘いッ! ”ロウラ”!」


 しかし、それはサーベルから放たれた力強い大波で封殺され、一傷も与えられずそのまま鍔迫り合う。


 だが、今度は刃を合わせても弾ける水で吹き飛ばされることはなかった。


 どうやらデュランさんがサーベルを振るうたびに起こる”スプラッシュ”とやらは、技を放てば相殺できるようだ。


 まずは第一に、デュランさんに近づくことが必要だったからこれなら何とかなる。


「どんどん行くよ!」


 そして始まったのは、技と技との応酬。


 輝く月光の斬撃と、激しい水流の斬撃が幾重にもぶつかり合って、一進一退の攻防を繰り返す。


 その度に、未だ傷が開いたままの腹の穴から血が零れて、鋭い痛みに下唇を噛んで堪えた。


 少しでも気を抜いて放つ技を間違えたり、一歩‥‥‥いや、半歩の間合いを見誤ったり、足運びを絡ませれば命を刈り取られることが肌でピリピリと感じ取れる。


 それくらいデュランさんの技は激しく、的確で、飲み込まれそうになるくらい強大だ。


 対して、俺の技は——。


「月華流剣術・十日夜——”水月すいげつ”っ!」


 右肩から左わき腹にかけての袈裟斬り。


 さらにその逆の左肩から右わき腹にかけての袈裟斬りを同時に放った。


 一太刀が二太刀に鏡合わせの様に増える斬撃を、デュランさんはサーベルで打ち払おうとする。


 けれど迫る斬撃は二本で、一本のサーベルだけでは同時に対応するのは不可能だ。


「くそッ!」


 デュランさんは、小さく悪態を付きながらもう片方の手で握っていたピストルで、反対から迫る月光の斬撃を受け止める。


 当然、ピストルで真正面から受けられる攻撃ではないため、ピストルは綺麗な断面を見せて割れてしまった。


 デュランさんの厄介な攻撃手段を一つ封じることに成功したようだ。


 どうやら、俺の技もまだまだ捨てたもんじゃないらしい。


 ピストルを無くし、僅かでも隙を作ってしまったデュランさんは慌ててバックステップで距離をとろうとする。


「逃がすか!」


 俺はすぐさま足に力を込めて、地面がひび割れるほどの勢いでデュランさんに肉薄する。


「月華流剣術・十三夜——”りん”っ!」


 思いっきり横に薙いだ斬撃は、俺を中心に円形に広がって部屋の空間を真っ二つにして。


「外したか!」


 しかし手ごたえを覚えず、気が付けばデュランさんの姿がその場から消えていた。


 そしてビリビリと感じる殺気の行方は、右でもなく、左でもなく‥‥‥。


「——上か!」


 気が付いた瞬間、思いっきり振り上げられたサーベルが豪快な動作で振り下ろされる。


「よく気づいた! ——”キャラテクト”ッ!」


「月華流剣術・三日月——”天心てんしん”っ!」


 大滝が落ちるような激しいうねりと、天を貫くような眩い燐光が空中でぶつかり合う。


 見えた交錯は一瞬で、弾ける衝撃が部屋一面を真っ白に染めあげる。


 俺はその場に立っていられずに、思いっきり吹き飛ばされた。


 そのまま地面に落ちるほんの数秒で、ふと思う。


 俺を信じて見守って、全力で応援してくれる仲間がいる。


 今持てる力を本気でぶつけ合って、血が沸くようなギリギリの接戦をできるライバルがいる。


 ‥‥‥あぁ、なんて楽しい。


 一人でカチャカチャとキーボードとマウスを叩いていたあの部屋に比べて、今はなんて充実しているんだ。


 だから、次に訪れるだろう瞬間が、とても残念で仕方がないよ。


 俺はゆっくりと倒れる身体を持ち上げた。


 腹は抉れたまま、足はピストルの弾痕と裂傷でズタズタ、腕と肩は技を連続で放ちすぎてうまく動かない。


 肉体はもう、【自動回復】が間に合わないくらい満身創痍の状態だ。


 痛い、痛くて痛くて仕方ない。


 だけど、それは目の前で立ち上がろうとするデュランさんも同じで。


 お互いにこれが最後だと、その予感を何も言わずとも感じながらそれぞれの獲物を構える。


 次に繰り出されるデュランさんの技は、この戦いで最大最高の一撃だろう。


「行くぞ!」


 大きな掛け声とともに、デュランさんはサーベルを水平に構える。


 刃が纏う水流は、この戦い史上最も激しくうなりを上げていた。


「望むところだ!」


 俺も負けじと叫び返し、ウェスペルを握り締める。


 そして——。


「——”メイルシュトローム”!!」


「十五夜——”天満月あまみつき”!!」


 穿つように放たれた、全てを飲み込む巨大な大渦と、振りぬかれて視界を埋め尽くす月光の奔流が、真正面からぶつかってせめぎ合う。


 俺とデュランさんの丁度真ん中で激しく拮抗して、とてつもない衝撃波が吹き乱れた。


 それは一瞬のようにも、長時間のようにも感じるもので。


 次の瞬間に見えたのは、月光の奔流を裂くようにして突き進んできて、サーベルを水平に引くデュランさんの姿だった。


 慌てて、俺も構えようとするも。


「もらったッ!」


 そんな裂帛の叫びと共に伸ばされたサーベルは、ウェスペルを砕きながら真っすぐ伸びてきて——。


「——っ!」


 寸分の違いなく、俺の左胸を貫く。


「うそ、だろ‥‥‥」


「リオン様‥‥‥」


 フロガとシルファの悲痛な声が聞こえてきて、やっと自分の状況が頭に追いついてくる。


 ——あぁ、俺は刺されて‥‥‥。


「俺に【神格の加護】を使わせたのはお前が久しぶりだ、誇っていい。だが、詰めが甘かったな」


 デュランさんがそう言って、左胸から生えていたサーベルが引き抜かれる。


 それはどこの誰が見ても、確実に命を刈り取る致命傷だ。


「——かはっ‥‥‥」


「吸血鬼は心臓を貫かれたら再生できまい。勝負は俺の勝ちだ」


 俺はこれでもかと血反吐を吐いて、そんな既に自分の勝利を確信したような言葉を聞きながら、足に力が入らずに身体が前のめりに傾いて‥‥‥。


 そうだよ。


 吸血鬼は心臓を貫かれれば再生できずに灰になって死ぬ——、ね?


「月華流剣術・奥義——」


 倒れながら、俺は狙いがうまくはまったことに思わず口角を吊り上げる。


 そのまま大きく一歩踏み出して。


 この戦いで、最大最高の一撃を放った。


「——”月詠つくよみ”!!」


 重なるのは一瞬、最速の抜刀術。


 指先から滴る紅で、新たに顕現させた”天夜ウェスペル”。


 それはまるで時間が止まったような一時の間に、デュランさんを狙い違わず切りつける。


 ゆっくりと振り向けば、まるで時を思い出したかのように切り口から血が噴き出し、デュランさんの身体が後ろにばたりと倒れた。


 どうやら完全に勝負はついたみたいだ。


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