第34話 VSデュラン その二



「いけーっ! お兄さまーっ!」


「やったれりっく~ん!」


「陛下ーっ! そこですわ!」


「‥‥‥リオン様」


「‥‥‥」


 場所はクレプスクルムの作戦会議室。


 エルナの力、【真血覚醒ブラッディ・アギト】——”この血が私にノブレス・流れている限りオブリージュ”でリオンと視界を共有し、さらにその視界を会議室にいる全員に共有させながら。


 エルナはこぶしを突き上げて熱烈に、めぐみは両手を握り締めて夢中に、アスタロッテは指を突き付けて興奮気味に、アンは祈るように感激に震えながら、ヴォルクは腕を組んで師として見定めるように、それぞれリオンの戦いを観戦する。


 最初、銃弾を撃たれた時は思わず悲鳴が上がったものだが、そこからまさかのトリッキーな反撃には、まるでラグビーワールドカップでトライが決まったような大歓声が響いたりしていた。


 今もまた、リオンが相手に追撃を仕掛ける度に全員の気分が湧いていく。


「すごい! すごすぎだよルナちゃんこれっ!」


 その中でも、ひと際テンションが上がってるのはめぐみだ。


 オールドデウスにやってきて、彼女は不可思議な体験ばかりしているが、その中でもこうやって自分が当事者になったのは初めてなため、リオンとの視界の共有という、まるでVRしているような、しかしそれよりもよほど現実感があってちゃんと自分の視界も見えるということにどんどん興奮していく。


 さっきから頬を紅潮させて握った拳が開かないくらいだ。


「ふふっ、そんなに喜んでもらえると嬉しいです。——あら? どうやらフロガとシルファもお兄さまのところに着いたようですね」


 それからエルナは自分のこめかみをトントンと指で叩いて。


「せっかくなので、二人の視界も借りて外からの視線でもお兄さまの戦いを見ましょう!」


 瞬間、めぐみの瞳に自分の視界、リオンの視界、そしてフロガの視界と三つの視界が混濁することなく映しだされた。


 同時に三つの画面を見ているような感覚。


 その中の一つ、リオンの戦いをその場で眺めるフロガの視界は、リオンの戦う表情とか、人間離れした動きとか、とにかくかっこいいところがよく見れて思わず釘付けになる。


(りっくんの視界も躍動感があって良かったけど、こっちのほうが‥‥‥というか!)


「ねぇ、ルナちゃん! これ録画できないかな!」


「へきゃっ!?」


 と、鼻息荒く目をキラキラさせて詰め寄ってくるめぐみに、エルナは驚いた声を出す。


「りっくんの雄姿を見れるのがこの場限りなんて勿体ないよ! 何回も見れるように録画しないと!」


「え、えーっと‥‥‥ごめんなさい、めぐみさん。魔道具ならできますが、これは私の能力なのでできないです」


「そ、そっかぁ~‥‥‥」


「すみません‥‥‥。でも、録画とは盲点でした! 確かにお兄さまのお姿を保存し、いつでも見れるようにするのはとてもいい考えです! 自分の力をもっと研究してみて、できるようにしてみます!」


「おお~! あたしも手伝うよ~! なら今のりっくんは絶対忘れないように目に焼き付けなきゃ!」


「はいっ! お兄さまファイトーっ!」


 めぐみにとってエルナは、こっちにやってきてからできた可愛い妹分。


(ルナちゃんと仲良くなれてよかったな~、りっくんのことで話も合うし~)


 元気にリオンを応援するエルナの横顔を見ながらめぐみはそう思い、そして自分もリオンを応援しようとして。


「‥‥‥ん?」


 ふと、誰かに見られたような気がして扉の方を見る。


(気のせいかな?)


 しかし、視線を向けてもそこには誰もおらず、半開きになった扉が部屋の熱気に揺られているだけだ。


「う~ん‥‥‥?」


「おおっ! すごいですお兄さま! めぐみさん! 今の見てましたか! お兄さまがまたてきとーに撃ったと思った魔法が当たりました!」


「えっ! 見てなかったよ~!」


「もうっ! 目を離しちゃだめですよ!」


「わかってるよ~!」


 エルナに言われてめぐみはまたリオンの戦いを見ることに戻っていく。


 その時にはもう、さっき感じた違和感は気にならなくなっていた。



 ■■



「月華流剣術・十六夜——”雨夜月あまよつき”!」


 ”紫電の槍ラディオランス”、”闇の弾丸ダークバレッド”、それからただ魔力を圧縮して放つ魔弾を使って、再び演算して当てることで隙を作り、とどめの技を繰り出す。


 俺がウェスペルを一突きすれば、たちまち幾本もの月の光の刺突が伸びて、デュランさんをめった刺しにしようと迫る。


 もっとも、とどめをさすつもりで放った技だけど、これでデュランさんが倒せるとは思ってない。


 そしてその予想通り。


「——シッ!」


 と、短いかけ声とともに、残像が残るくらいの速さで腕を動かし、デュランさんは俺の攻撃をサーベルでほとんど打ち消した。


 まぁ、流石に崩れた態勢ですべて避けることはできなかったようで、足や肩の致命傷とならないところには傷つけることができたけど。


「ふぅ‥‥‥なるほど、段々と慣れて来たぞ」


 肩で荒く呼吸をしながら、しかし向けてくる剣筋にはまったくのブレが無くデュランさんは言ってくる。


「お前の技は確かに厄介だが、どうやら決定打にはならないみたいだな? それどころか、一つ一つは無視できる威力だ」


「‥‥‥」


「図星か」


「‥‥‥まぁ、そうだな」


 デュランさんの言う通り、俺の”演算技術”は実戦で使ってみて十分武器になることが分かったけれど、まだまだ未完成だ。


 というのも俺はまだ、威力がうまいところに調整できないでいる。


 壁に反射させるっていうひと手間を加えるためには、どうしても壁の耐久度を魔法の威力が上回ると、魔法が反射せずに壁が壊れてしまうからだ。


 一応、撃つたびに少しずつ魔力を込めて威力を上げているものの、チキンレースが怖い。


 それに、未完成な理由がもう一つ。


 それはまだまだ演算で使える魔法の選定が終わっていないこと。


 俺は数々の魔法を使えるけれど、今のところそこそこの威力で、壁に反射しても消えずにいる魔法は”闇の弾丸ダークバレッド”しか検証が済んでいない。


 なんとなくどういう系統の魔法が‥‥‥っていうのは予測できるけど、反射の時の威力の減衰するパーセントが未知数だから、うまく演算を活かして使えないのだ。


 だからまだ、未完成。


 痛いところを突かれた。


「やっちまえ! リオン様!」


「リオン様、頑張ってください!」


 そう応援を送ってくれるのは、さっきここにやってきてから部屋の隅で俺の戦いを観戦しているフロガとシルファ。


 デュランさんは二人の方に視線をチラっと向けて。


「手伝ってもらわなくていいのか? 三人がかりなら今すぐに俺を打ち破れるかもしれないぞ?」


「確かにそうかもしれないけど、デュランさんは俺が一人で倒すよ」


 普通の敵同士の戦いなら迷わずそうしたけど、これは練習試合みたいなものだ。


 だからせっかくだし、俺一人の自分の力が何処まで通用するのかを試してみたいし。


 それに——。


「ふん。その心意気は買うが、後悔することになるぞ?」


「さぁ? それが分かるのはもうちょっと先じゃないかな」


「いいや——今すぐ分かる」


 デュランさんがそう言った瞬間、彼の纏う空気が様変わりする。


 あれは、覇気のようなものだろうか? 


 デュランさんの内側から陽炎のようなものが溢れ、メラメラと揺れている。


 そして変わったのはそれだけではなく、デュランさんの持つサーベルとピストルに、どこから湧き出たのか水が渦巻いていくのにも気が付いた。


「それは‥‥‥」


「主神の力を使えるのが自分たちだけだと思ったか? 【神格の加護】——”海王之神ポセイドン”」


「——っ!?」


 刹那、さっきまでとは一段も二段も上がった速さで切り付けてくるデュランさん。


 反応に遅れた俺は避けることは早々に諦めて、切り結ぶためにウェスペルを合わせる‥‥‥が。


「それは悪手だ! ——”スプラッシュ”っ!」


「なっ——うわぁっ!?」


 刃を合わせた瞬間、デュランさんのサーベルに渦巻いていた水が弾け、まるで砲撃に撃たれたような衝撃に吹き飛ばされる。


「どうした! 遅いぞ!」


 自由落下中で、がら空きの隙だらけになった俺に向かって、デュランさんは間髪入れずに追撃の突きを放ってくる。


「——くっ!」


 それを顔面スレスレの危機一髪のところでウェスペルで何とか受け流して。


 しかし、再び弾ける水に巻き込まれて吹き飛ばされる。


「くっそ! ”闇の弾丸ダークバレッド”っ!」


 吹き飛ばされながらも、今度は追撃を防ぐために牽制の魔法を放つ。


 やられっぱなしじゃいられない。


 同時に、しかしすべてが別々の方向へ飛んでいく四つの闇の弾丸は、最終的にこっちに向かってきているデュランさんに当たるように計算してあって、狙い違わず襲撃する‥‥‥が。


「小細工はもう効かん——”リプル”!」


 しかし、それはデュランさんが回るように切りつけたサーベルから、波紋のように広がる水の刃によってすべて無効化された。


 そしてそのまま、お返しとばかりにサーベルとは逆の手に持ったピストルを撃ちこんでくる。


「——”ボルテックス・ショット”」


 銃口から放たれる弾丸はサーベルと同じように水流を纏い、明らかに普通のピストルよりもはやい速度で、俺に向かって流れるように飛んできて。


「‥‥‥かはっ!!」


 身体を捻って何とか避けようとしたものの、避けきれずに俺の腹に大穴を開けて行った。



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