第33話 VSデュラン



(お兄さま、アンとアスタロッテのところは終わりまし‥‥‥ちょっと、うるさいですよ! 今お兄さまと話して——)


 フロガたちがいた部屋から出てすぐのところにあった螺旋階段を登りながら、エルナから繋がってきた念話で話してると、突然声が聞こえなくなる。


 どうしたんだろう? って思ったら、次に聞こえてきたのはエルナではなくアスタロッテの声だった。


(——陛下! わたくしが戦った相手が散々でしたわ! 常にヘラヘラヘラヘラして、わたくしのことをマブいとかなんとか! わたくし、いくらサキュバスとはいえああいう薄っぺらい殿方はごめんです! しかも、ここに戻ってきてみればエルナ様もアン様もメグミ様もなんだか幸せそうで、聞けば陛下に頭を撫でてもらったとか! ずるいですわ! 戻ってきたらわたくしもしてくださいまし!)


 うへぇ‥‥‥長い長い!


 これは念話だから直接頭に声が聞こえるようで、アスタロッテが一気にまくしたてるから、キンキンした声に脳を揺さぶられそうだ。


 アスタロッテは迎撃を任せた第四船団長であるラカムとかいう男に相当鬱憤が溜まっているらしい。


 プンプンした感情が、流れ込んでくるのが分かる。


(陛下? 陛下っ!? ちょっと、聞こえておりますの!!)


「き、聞こえてる! 分かった、分かったからもうちょっと落ち着いて‥‥‥」


(約束ですよ! 約束ですからね! あ、ちょ、エルナ様やめて! 髪を引っ張らないでくださいまし! ——うるさいですよアスタロッテ!)


 と、言い争うキャンキャンとやかましい声が聞こえたと思ったら、再び念話の主導権を奪い返したのか今度はエルナの声が割り込んでくる。


(お兄さま、アンとアスタロッテ、カイの迎撃部隊は敵を撤退に追い込みました。ウェルテクス、エルドラド、シルファの海上戦もあらかた終わり、シルファがそちらに向かっています。フロガの戦いも‥‥‥あ、今終わったようです!)


 ということは、後は俺のところだけってことか。


(‥‥‥あの? めぐみさん? はい、そうですけど‥‥‥——あ、りっく~ん?)


 エルナからの報告を聞いて現状把握をしていると、今度はめぐみののんびりした声が聞こえてくる。


「めぐみ?」


 めぐみは魔法とか使えないから、本来なら念話なんてできないだろうけどエルナか誰かが補助してるんだろう。


 それでも初見で意思を伝えられるのは、なかなかめぐみには才能があるかもしれないな。


(なんか、不思議な力でみんなりっくんと話してるからあたしも混ぜてもらっちゃった~。りっくんの声が頭に響いて変な感じ~)


「まぁ、そうだろうな。それで、どうした?」


(う~ん、特に何かあるわけじゃないけど~‥‥‥頑張ってね! ——あ、お兄さま! エルナも応援してます! ——陛下、ファイトですわっ! ——リオン様、早く戻って来‥‥‥あっ! ——アン!? アンちゃん!? アン様っ!?)


 最後にぽつりと、なんだかアンの心情が零れた気がして、プツンと念話が切れる。


 各々の局面で勝利をあげたからか向こうはなかなか賑やかそうだ。


 これで俺が負けたらちょっとみんなに合わせる顔が無いな。


 そんなことを思っていると。


「話は終わったか?」


 正面から声がかかる。


 どうやら念話で話している間に螺旋階段を終えて、それなりの広さがある部屋に出ていたらしい。


 そこにいたのは、海軍の軍服を着たヨーロッパ系のナイスガイ。


「悪いな、待ってもらって」


「気にするな。それより、構えろ。始めるぞ」


 急かすようにそう言って片手にサーベル、片手にピストルを持って相対するのは、海王神ポセイドンの眷属代表で≪海軍提督≫デュラン・ドレイク。


 イングランドの英雄フランシス・ドレイクの生まれ変わり‥‥‥らしい。


 そんな英霊とも呼べる伝説の偉人であった彼に勝てるのか、正直未知数ではあるものの、俺は自然と負ける気はしなかった。


 デュランさんの声に従って、俺もウェスペルを正眼で構える。


「では、お手並み拝見だ——シッ!」


 瞬間、短い呼気と共にデュランさんの姿が消えて、俺の正面からサーベルが迫っていた。


「——っと!」


 フロガが戦っていた人もシルファが戦っていた人もそうだけど、やはり一瞬だけ姿が掻き消えるような動きは、強者にとって当たり前らしい。


 だからと言って見えてないわけではないため、俺は危なげなくウェスペルでサーベルを受け止める。


 キンッ! と、金属同士がぶつかり合う音が響いて、その場を中心に衝撃で風が吹き抜けた。


「やはり、余裕でついてこれるようだな」


「まぁ、これくらいなら。次は俺から行きますね」


 そう言って俺は、力を込めて思いっきり前に踏み込んでデュランさんの体制を崩すと、自分の身体を細分化して、その場から靄のように消える。


「——なっ!?」


 デュランさんが驚いているのを尻目に、彼の後ろに移動し、再び実体化。


 デュランさんの頭上を目掛けて、真っすぐにウェスペルを振り下ろす。


霧化ネブラ】と合わせた不意打ちだ。


 まるで吸い込まれるように向かって行く刃は、その頭を真っ二つにしようとし——。


 ——パァンッ!


 しかし、そんな軽い発砲音が聞こえて、俺は咄嗟に身体を大きく後退させた。


「ぐふっ! まじか‥‥‥」


 左わき腹が燃えるように熱く、目線を下げれば赤い血がどくどくと溢れ出してきている。


 そしてその原因であろうデュランさんを見ると、左手に持つピストルを反対の脇の下から後ろに向けていた。


 その銃口からは小さな煙が立ち上り、辺りに硝煙の香りが漂う。


 どうやら俺は、人生で初めて銃で撃たれたらしい。


 しかも目視すらされずに。


「いったい、どうやったんです?」


 俺の攻撃は初見殺しといってもいい完全に不意打ちの攻撃だったはずだ。


 気になって聞いてみると、ピストルの弾をリロードしながらデュランさんは一言。


「勘だ」


「‥‥‥なるほど」


 それはどうしようもないな。


 ”強者の勘”。


 それは、今までゲームのシステム的に強かった俺には持ってない、実戦でのみ培えるものだ。


 納得した。


「俺からも聞きたいが、全く効いていないようだな? 撃たれればかなりの痛みのはずだが」


「まぁね、それは——」


 言いながら俺は、体内の血液を操作して鉛玉を体の中から摘出しつつ、【自動回復】で傷が勝手に治っていくのを待つ。


「なるほど、吸血鬼か。他にも竜やエルフ、海怪物に炎精霊‥‥‥本当に羨ましいくらいバラエティにとんでるな。確か心臓を狙うんだったか? 吸血鬼退治はしたことないが、何とかなるだろう」


 すぐ俺の正体に気が付いたのは、たぶんなんとなく察しがついていたんだろうな。


 それからお互いに武器を構え直し、二度目の攻撃の機を伺う。


 ツンと張り詰めるような静かな空気の中、視線の攻防を繰り返し、何通りもの攻撃パターンを思い描いていく。


 にしても、”強者の勘”ってやつは、本当に厄介だ。


 たぶんだけど、さっきみたいな不意打ちはほとんど通用しないと思った方がいいだろうし。


 そして俺の使う剣術、ヴォルク仕込みの月華流剣術は不意打ちというか、剣筋をぼかしたり、見えなくしたりと、そういう感じの隙を狙う技が多いからあまり期待できない。


「ま、それならそれで別のやりようはあるけどね——”闇の弾丸ダークバレッド”!」


 先に動いたのは、今度は俺の方だ。


 バスケットボールほどの大きさの闇を圧縮した弾丸を放ち、俺はデュランさんを中心に円を描くように駆けだす。


 それなりの威力の闇の弾丸だが、ただ真正面から打っただけなので、デュランさんは難なくサーベルで受け流していた。


 弾かれた闇の弾丸は、井に激突し、跳ねてあらぬ方向へ飛んでいく。


 それを走りながら確認しつつ、俺は再びデュランさんに向けて掌をかざす。


「”闇の弾丸ダークバレッド”! からの”闇の弾丸ダークバレッド!」


 再び同じ魔法を二発。


 しかし、デュランさんそれに対して身体を動かすでもなく、サーベルで弾くでもなく、ただ立ってるだけで避けた。


 当たり前だ、そもそも俺はデュランさんを狙って打ったわけではないのだし。


「そしておまけにもう一発!」


 俺は最後に誰もいない自分の背後にも打ち込んで。


「何をしている」


 と、そこで流石に怪訝に思ったんだろう。


 デュランさんが俺に向かってサーベルで切り付けてくる。


「別に、ちょっと外しちゃっただけだよ」


 答えて、俺もウェスペルを構えて受け止めた。


 四つの闇の弾丸が跳ねまわる空間で、迫りくる剣撃を時に受け、時に躱し、時に反撃しながら俺は思考を巡らせる。


 ——1発目が弾かれた角度が72度‥‥‥あの魔法はバウンドする度に10%ほど速度を落とすから‥‥‥タイミングは約8秒後で‥‥‥1、2、3——。


 確かに、身体が頑丈になったり力は強くなっても、戦闘なんてしたことなかった俺には”強者の勘”なんてものは感じられない。


 しかし、だからと言ってこれまでの人生で何も培っていないわけではない。


 踊るような剣撃を繰り返し、指定の場所に着いたその時。


 俺は押されるサーベルに合わせて、そのまま体制を崩すように後ろに倒れる。


「ぬかったな!」


 デュランさんには、俺が隙だらけに見えたんだろう。


 実際その通りだし、デュランさんがそんな絶好のチャンスを逃すはずがなく、迷いない剣筋を落としてくる。


 が、俺は余裕の笑みを絶やさない。


「忠告しておくけど——その位置は危ないよ?」


 瞬間、四つの闇の弾丸が四方から同時にデュランさんへと迫り。


 ——ドカァァァァァアアアアアンッ!!


 俺に攻撃しようとして逆に隙だらけのその身体に直撃した。


「くはっ!? な、に‥‥‥」


 何が起きたのか理解できてないような声を聞きながら、俺は倒れそうになる身体に無理やり力を入れて体制を直す。


 デュランさんが”強者の勘”培ってきたように、俺がこれまでの人生で培ってきたもの、それは——”演算技術”。


 俺の無駄に頭のいいこの脳みそは、空間を把握し、どの角度でモノを放てば、何度反射して、いつ敵にぶつかるのか、それが瞬時に計算できる。


 それによって放たれた攻撃は相手の死角から迫り、普通に攻撃をするよりずっと動きが読みにくく、殺気も感じないだろうから勘も鈍り、更には一度避けたという思い込みはなにより油断を誘いやすい。


 これが俺の持つ”強者の勘”にも匹敵する武器だ。


 ま、勘が大事っていうのは分かるから、そのうち俺も感じられるようになりたいけどね。


 そんなことを考えながら、俺は怯んだデュランさんに追撃を仕掛けるために再度ウェスペルを構えた。



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