序、白長の神
妖怪退治の伝説なんてろくなもんじゃないよ。
大抵の昔話はとんでもなく強い旅人が訪れて、村人に乞われて恐ろしい化け物を倒して、褒美をもらって帰っていくだろう。
何でお話が大団円で終わるかわかるかい。旅人はその後の村のことなんて知らないからさ。
考えても見なよ。
村に何十年も巣食っていた化け物だ。村人が一度も倒そうと思わなかった訳がないだろ。ふらっと立ち寄った旅人なんかよりもっと強い奴を鍛えて殺そうと考えたことだってあるはずだ。
そうしなかったのは報復が恐ろしいからだよ。それか、既に試して酷いことになった経験があるからさ。
うちの村にもそういう話がある。
大昔、村には清水の湧く谷があった。地震があったせいで山が崩れて、今はの地下の大穴になっているが、昔は摺鉢状の谷山だったらしい。
そこに大百足がいたんだと。
白くて長い、二十四の節がある、巨大な百足だ。
大百足は清水を人間に使わせてやる代わりに、年に一度生贄を求めた。
ある年、村の長者の娘が生贄に選ばれた。何とかして可愛い娘を守りたかった両親は、偶々通りかかった弓の名手に、大百足を討ってくれるよう頼んだ。
旅人は快く引き受け、長者の手を借りながら、一晩の死闘の末に化け物を倒した。
旅人は褒美を受け取って帰ったが、その後、長者の夫婦は大百足の毒によって、背中に大きな瘤が出来て死んでしまった。両親の死を悲しんだ娘は清水の湧く谷に身を投げて後を追ったそうだ。
大団円だと思ったか、それとも、悲劇だと思ったかね。
どっちだっていい。ここに住んでる人間にとってはただのお話じゃ済まないんだ。
うちの村には代々清水の谷を守る役目の家があるんだ。
私がそうだよ。
十三のとき、父親に連れられて地下に降りた。
冷え切った真っ暗な地下で、雫が石を穿つ音しか聞こえない。
私が父に縋りついてもう帰ろうと叫んだら、父は静かにしてよく聞けと言われた。
嫌々耳を澄ますと、しゅるりと帯を解くような音が聞こえた。
それからざらついた舌で水を啜るような音、竹箒の先に似た細いものが岩場の壁をかさこそと掻くような音も。
暗闇に目が慣れて、見えてしまったんだ。
真っ白な長いもんが岩場のそこら中を這い回っているのを。
妖怪退治なんてろくなもんじゃない。
もっと恐ろしいことになるに決まっている。そのときは誰に頼れっていうんだい。
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