第二部
序、蓋を押す神
地獄の釜が開くぞぉ、ってなあ。今の子どもはもう知らないか。
怖い話じゃない。
ほら、地獄ってのは血の池だとか針の山とかいろいろあるだろう。そんな中に、悪いことした奴らをずっと煮ておく釜があるんだと。
四六時中休みなく炉を焚いてずっと煮立ててるんだが、お盆だけは恩赦ってやつだな、その釜の火を止めて、この日ばっかりは悪い奴らでも子孫に会いに行けるように釜の蓋を開けてやるんだよ。
要は、地獄の獄卒も休みを取るんだから、野良仕事に追われっぱなしの俺たちもちっとくらい休もうぜって話だな。
まあ、そんくらいの意味なんだ。普通はな。
ああ、うちはちょっと違う。
あんた、ここに来てからちょっと暑くなったと思わなかったか?
なあ、普通はこんな山奥に来たら涼しくなるもんなのに茹だるみたいに蒸し暑いだろ。
じゃあ、この村に入ったときに変なもの見なかったか?
ないか。そりゃあよかった。あんなもんは見ないに越したこたあない。
ありゃあ人間かどうかもわからねえからなあ。
俺なんかはずっとこの村に住んでるから、子どもの頃から嫌ってほど見たよ。
何と言ったらいいかなあ。ひとの形には似てるんだがな。焼けて溶けてぐずぐずになっちまったみてえな奴らだ。
俺にもよくわからんが、まあ、ろくなもんじゃねえってのは確かだよ。
ああ、あそこに山が見えるだろ。
あそこは火山でさ、俺の曾祖父さんの代の頃に一回噴火したらしい。
その頃は火口が真っ赤に燃えておどろおどろしいからって、地獄の入り口なんか呼ばれてたらしい。
実際見なきゃ信じられないだろうが、あの山のてっぺんには大きな蓋があるんだよ。
マンホールみてえな丸いデカい鉄の蓋がな。
おかしいよな、普通火山にそんなもんつけねえだろ。
もっとおかしいのが、その蓋がな、四六時中ずっとガタガタ鳴ってるんだよ。
あそこは休火山だ。噴火しねえのにそんな音がするはずはねえ。
第一噴火なら蓋くらいじゃ収まらねえ。
気色悪いだろ。
奴らはそこから来てんのさ。
年寄りの迷信だと思ってるだろうが、実際奴らを一目見てみりゃあすぐわかる。
あんな奴らがいるのは地獄の他ねえよ。そうだな。奴らはきっと地獄の釜で煮られてる連中じゃねえのかなあ。
ああ、でも、安心しな。
地獄もありゃあ、神も仏もあるもんだ。
信じねえだろうなあ。
でも、行きゃあわかるよ。
あの山のてっぺんの蓋のあるところは森に囲まれてよく見えないが、近くまで行くと木とは違う二本のぶっとい棒みたいなもんがあるはずだ。
何だと思う?
腕だよ。
そう、ここの守り神様の腕が、蓋が空いて悪いもんが出てこないように、ずっと押さえつけてるんだよ。
なあ、盆で人間も地獄も休むときにも御構い無しにずっとこの村を守ってくれてるんだ。
ガタガタ言う音を聞いても村で怖がる奴はいねえ。
ああ、神様が今日も守ってくださってるんだって思うだけさ。
本当にありがたいと思うよ。
信じねえだろうなあ。
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