間章

間章

 領怪神犯特別調査課に与えられた場所はない。



 唯一存在が許されているのは、膨大な資料を保管する特別機密用の書庫のみだ。

 調査員たちの会議や報告はその時々の空室をあてがわれ、行われる。


 その際、扉にかけられたホワイトボードに書かれるのは「会議中につき、立入禁止」のひとことだけだ。

 それだけで、役所内に静かな結界が生まれる。


 ノックの音が、その静寂を破った。



「今、会議中だから……」

 資料を手にした片岸かたぎしが言い終わる前に扉が開く。

 見覚えのないスーツ姿の男が立っていた。

 鋭い目つきと、背筋を伸ばし、足を肩幅に開いた立ち方は刑事か軍人のようだと片岸は思う。

切間きるまさん」

 宮木みやきが小さく目を丸めた。



「知られずの神の調査結果は? また異状なし、か」

 切間と呼ばれた男はふたりを睥睨する。

「あの村に行って何も感じなかったのか」

 詰問するような低い声と視線は宮木に向けられていた。片岸は一歩前に出る。

「報告書に書けるようなことは何も」


 男は嘲笑とも失望とも取れる息をついた。

「宮木、何か掴んでくると思ってたんだがな」

「ご期待に添えず申し訳ないです」

 宮木は眉を下げて苦笑する。


 片岸は資料を机に押しつけた。

「なあ、悪いがあんた誰だ? 立入禁止って書いてあっただろ。部外者が面白半分で口を挟む領分はねえぞ」

「片岸さん」

 取り成そうとした宮木を見て、男は肩を竦めた。


「宮木が知ってるはずだ。俺が誰かちゃんとわかってればの話だがな」

 男はそう言い残し、音を立てて扉を開けると立ち去った。



 再び沈黙が戻った部屋に、揺れるホワイトボードが扉を掻く音だけが響く。


「何だ、あの野郎。若造みたいだが随分偉そうだな」

 片岸は吐き捨てた。

「切間さんはまだうちが警察の管轄だった頃、前身の領怪神犯対策本部のときのメンバーですよ。二十年前くらいですかね」

「最古参じゃねえか。ってことは四十近いのか?」

「ええ、そう見えませんけどね。昔からずっと変わりませんよ」

 宮木は机の資料を掬い上げる。


「昔からって、知り合いか?」

「はい。私の両親とも面識があったらしくって。進学の資金とかでお世話になってました。私の父親は蒸発しちゃってますから」

 宮木は事も無さげに笑った。

「お前、苦労してたんだな」

「よくある話ですよ。パトロンがついてたんですからうちは全然いい方です」


 片岸は溜息をつき、鋼鉄の扉の向こうを睨んだ。

「めちゃくちゃ関係者で上司じゃねえかよ。部外者って言っちまった」

「タメ口でしたしね」

 宮木は声を上げて笑った。



 男は暗い廊下を進む。

 蛍光灯が音を立てて明滅し、男は窓のブラインドを無造作に指で押し下げた。


「異状なし、か……」

 男は低く呟いた。

「ない訳ねえだろうよ」



 窓の外には二十年前から何も変わらない東京の空が広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る