序、辻褄合わせの神

 私はもうお迎えが近いですから、そろそろ神や仏に縋って見ようと思ったもんですが、やはりこの歳になっても天国も地獄もどうしても信じられんのです。



 無神論者というのは違うんでしょうね。むしろその逆です。私の村の神様はちゃんと信じていますよ。他のものは何にも信じられないんです。

 うちの神様だけですよ。お天道様も仏様もなぁんにもしてくれませんが、うちの神様だけは全部見ておいて、この世でやったことのツケを払ったり払わせたりしてくれるんですから。



 天国とか地獄っていうのは元々、弱いひとが信じるものでしょう。馬鹿にしてるんじゃないんですよ。弱くないひとなんていませんから、いわばみんなね、信じたいものかもしれません。


 何か悪いことに家族や友人が巻き込まれて、何があっても絶対に犯人を捕まえてやるぞと思っても、人間ですから限度がありますね。待てど暮らせど何年経っても犯人が見つからないことがあります。そういうときに、今生では逃げ果せても地獄で必ず閻魔さまの裁きを受けるぞと思ってどうにか気持ちを落ち着けるんでしょう。


 反対に、ずっと善良に、悪いことは何もせず生きてきたのに死ぬ間際に人生を振り返っていいことなんか何もなかったってひともいるかもしれません。そういうひとは、天国で生きてたときの分まで目一杯楽しむぞと思って、やっと安らかに旅立てるんでしょう。


 でも、死んだ後のことはわからないですからね。うちの神様はちゃぁんと生きてるうちにそれを見せてくださいますから。



 うちのお父さんは昔会社をやっておりまして、貧しいうちから身ひとつで立ち上げた会社がやっと大きくなったってときに、秘書の女に全部お金を持ち逃げされてしまったんですよ。

 悔しい悔しいって毎日警察に行って何か進展はないかって聞いて、でも、何もわからなくて、日に日に痩せ細ってしまって見てられませんでした。

 でも、ある日、秘書が捕まえたって警察から電話があってね。


 それが、お父さんの持ってた竹藪で見つかったって言って。そんなところに隠れてやがったのかって警察に行ったら、秘書の女が亡くなってたんですよ。

 取り調べの最中に急に苦しみ出してバタッと倒れたって。もう逃げられないとわかって毒でも飲んだかと思って司法解剖にかけたらしいんです。


 そうしたらね、お腹の中から、それはもう胃がいっぱいになって食道から喉の辺りまで純金が出てきたらしいんですね。ちょうどそれを全部出すと、お父さんが盗まれたお金と同じ額になったんですよ。



 そういうことが何度もありましたね。

 信心深い女のひとがいて、とても気立てのいい方でしたが不妊だったんです。その方はあるお屋敷でお手伝いさんをしてまして。お屋敷のお子さんを自分の子みたいに大事に大事に可愛がっていたんです。

 でも、その家の奥様が亡くなられた後入ってきた後妻と連れ子がひどいもので、いつも跡取りになるのが気に食わないって、最初の奥様の息子さんをいじめてたらしいんですね。


 お手伝いさんがいつも慰めていたんですが、とうとうそのお子さんがある日自ら命を絶ってしまいました。そのお屋敷の旦那様は棉織物の商売で財を成した方なんですが、その反物を使って納屋で首を吊って亡くなってしまってね。

 お手伝いさんは我が事のように哀しんで暮らしていたんですが、もう諦めていた子宝を授かったらしいんです。

 十月十日経っていよいよお子さんが生まれますからお暇をいただいた日に、お屋敷の後妻と連れ子は綿を吐いて急に亡くなったそうです。

 そして、お手伝いさんの女性に生まれたお子さんは男の子だったんですが、首の周りにぐるりと、赤い痣があったそうです。



 うちの村の神様は天国や地獄に代わって、いいことも悪いことも全部帳尻を合わせてくれるんですよ。

 私も随分神様にはお世話になりましたからね。

 どういうことで、ですか?

 それはちょっと、申せませんね。

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